終わりを告げる者
「日曜日はね、魔女だけじゃなくてもう一つの肩書きがあるの」
「もう一つの肩書き?」
ワッフルを食べ終えてのんびりとコーヒーを飲んでいると月曜日が言った。
「終わりを告げる者」
「終わりを告げる者?」
初めて聞く肩書きに私の頭の中に大きな疑問符が浮く。何者かはわからないけどなんだか終末とか終焉とかに似た空気を感じる。
「そう、わかりやすく言うと、なんだろう……ピリオドを打つ人って感じかな」
それ、わかりやすくなったかな? 私の中のイメージが、終焉からノートに黒い点を打つ人になっただけで意味はわからないままだった。研究室みたいな無機質な部屋の中、ノートにボールペンでぐりぐりと点を打つ日曜日の姿が浮かぶ。なんかシュールだ。
「そうね、なんて言えばいいかな……ずっと先延ばしにしている問題があるとするでしょう? それにズバッと終わりを持ってきてくれる感じかな。まあ、役割はそれだけじゃないんだけど」
ああ、なるほど。だから私のところに来てくれたのか。私は妙に納得してしまった。
「例えば、付き合って十年になるし結婚しようかな、でも今更プロポーズって……と悩んでるカップル。肌寒くなってきたしこたつでも出そうか、でも出すのが面倒だなと思ってる一人暮らしの男子大学生。活動休止中の推しがいつか活動を再開してくれるかもしれないと願いつつも、可能性が低そうで、ファンクラブからの脱退を悩む乙女。何十年も前に犯した大きな罪を自ら告白しようかと悩む男。そういう人に決断のきっかけを与えるの」
「レベル感がばらばら過ぎません!?」
草原に私の声が轟く。馬たちが一斉に怪訝な目で私を見たので私は恥ずかしくなり顔が熱くなった。
「あの、それ全部並列にして大丈夫ですか?」
恥ずかしかったけど月曜日に気になったことを聞いてみる。だってどう考えても具体例の問題の深刻さに差があり過ぎる。
こたつはもう今すぐに出せば済む話だし、たとえ先延ばしにしていても寒さが厳しくなれば出さなきゃいけなくなる。あと、ファンクラブ脱退を悩む乙女も自分で考えてくれって切り捨てていいだろう。でも、残りの二つは方向性は違えど重た過ぎるし、部外者が口出ししていい問題ではない気さえする。
「どういう基準で選んでいるのかは私も知らない。でも、日曜日は問題から目を逸らし続ける人たちに、今のままじゃいけない、と変化を迫って現状維持の時間を終わらせるの。日曜日から聞いて、私が個人的に面白いなと思った案件は、『お前はそこの河川敷で拾った子だよ』と言ったら子どもがそれを本気で信じてしまい、いつ訂正するか悩む母親かな」
「悩みの内容もすごいけど、その悩みにピリオドを打ちに行く日曜日もすごいですね」
何がすごいのかはわからない。けど、なんとなくすごいと思った。うん、本当に何がすごいのかはわからないけど。
「ハルは魔女見習い。見習いってことはいつか魔女になるってこと。ハルは魔女になりたい?」
「ええ、今はまだ力不足で難しくてもいつかは……」
「でも、ハルはもう気づいているでしょう? ハルがどんなに力をつけてもそれが難しいことを」
「魔女は七人しかなれない……そうですよね?」
私の問いに月曜日が無言で頷く。消える前の師匠や日曜日との会話で察しはついていた。やはりそうだった。私は今まで魔女は曜日の名を持つ魔女しか知らない。最初は他にもいるのかと思っていたけど、金曜日と初めて会った日に言ってた。昔、四人だった魔女たちは今のままじゃ中途半端だからと残りの三人を探すことにしたって。ということは魔女は七人しかなれないんだ。
「水曜日はハルを弟子にした。別に魔女が弟子を取ってはいけないという決まりはない。でも、ハルは魔女になりたいでしょう?」
月曜日の問いに私は「はい」と頷く。
「弟子といっても永遠に魔女見習いという道もある。でも、ハルは魔女になることを望んでいるからその道はない。だから水曜日はハルを魔女として育てなきゃいけない」
「でも、どれだけ育てたとして私は魔女にはなれない」
「そう、残念だけどね」
月曜日の顔が曇る。月曜日は何も悪くないのにこんな顔をさせてしまったことが申し訳なくなる。
「あの、魔女が七人しかなれないのは、七つの曜日にもう魔女がいるからですか?」
私が聞くと月曜日は「そう、そういうこと。金曜日はまだ魔女になって日が浅いからどこまで理解していたかはわからないけど、少なくとも金曜日以外の魔女はわかってるはず。もちろん水曜日も」と言った。
曜日の席は埋まってる。だから魔女になれない。席がないなら作るしかない。でも、魔女は長生きだから欠番が出ることもまあないだろう。それなら新しく席を作るしか……。
「ごめんなさい。私はあなたたちの師弟関係の歪さに気がついていた。でも、あなたたちの関係を見て何も言えなかった。羨ましくすら思えるあなたたちの関係を壊す勇気がなかった。だから、私は日曜日が動くのを待ってしまった。嫌なやつでしょう」
「いや、そんな……」
私は否定したけど月曜日は首を横に振った。私が何を言おうと聞いてくれない、そんな空気が月曜日の周りに見て取れる。
「ハルは水曜日に会いたい?」
突然の質問に私は一瞬戸惑ったけど私の中に答えはすぐに出た。
「はい、会いたいです」
私は即答した。私は師匠に会って話がしたい。師匠がどうして私を弟子にしたのか。どうして姿を消したのか。聞きたいことは色々ある。でも、今はとりあえず顔が見たい。
「それなら会いに行くといい。私には水曜日の居場所はわからない。でも、ハルにはもうわかっているでしょう? たぶん既に心当たりがあるはず。そこに行けば会えるわ」
「本当ですか!」
「ええ、きっと水曜日もあなたが来るのを待っているはず」
月曜日の目は優しい。身にまとう空気も柔らかくて温かいブランケットのよう。でも、その中に罪悪感が潜んでいる。私は「ありがとうございます」と、礼を言いながら、これが長く生きる魔女がつくる空気なのかなと思った。
馬の嘶きが遠くで聞こえた。なんとなく、師匠が私を呼んでいるような気がした。