表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/37

春の遊園地

「どうしてこういうところのカツカレーって美味しそうに見えるんだろうね」

「そうですね。でも、醤油ラーメンもなかなか魅力的ですよ」

「たしかに……」

 私と金曜日は、小さな遊園地の中にある、カタカナで書かれた聞いたことのない名前のレストランに来ている。混み合う前にと思って開店と同時に中に入ったので周りには誰もいない。静かなレストランの中、入り口の側にある券売機を前に私たちは何を買うか真剣に悩んでいた。

 少し古びた券売機。洒落たメニューなんて一つもない。どのメニューも高めの観光地価格なのに、きらりと心惹かれる何かがある。

 レストラン前に貼ってあったメニュー表を見て、真っ先に目に飛び込んできたハンバーグステーキセットやてりやきハンバーガーは軽く受け流すことができた。ここを出てチェーン店に行けば同じぐらいの金額でもっと美味しいのが食べられるのは明確だ。だから私は無難なメニューで出費を抑えようと思いながらレストランに入った。そう、出費を抑えるつもりで入ったはずなのに……


「ねえ、ちょっと遊びに行かない? 行きたいところがあって一緒にどうかなと思ってさ」

 風邪をひいた日から二ヶ月ほどしたある日、金曜日が家に遊びにきてくれた。特に予定がなく、お菓子作りの本を眺めていた私はすぐに「行きます!」と返事をして身支度に取り掛かった。

 家を出る時、誰もいない家に向かって「いってきます」と声をかけた。当たり前だけど何の反応も返ってこない。もちろん師匠の声も。当然だ。日曜日が来たあの日から師匠は家に帰ってこない。


 日曜日が帰ったあと、気持ちを落ち着かせた私が部屋から出ると師匠がいなかった。最初はちょっと出掛けているのかな、なんて思って夕飯の支度をしながら待っていたけど師匠は帰ってこなかった。

 師匠がふらっと出かけることはこれまでもあった。だからそのうち帰ってくるだろう、なんて思いながら待っていたけど、今回は今までと様子が違い一向に帰ってこない。

 師匠がいない。考えられる理由は、私の日曜日との接触以外の他には何もない。日曜日が帰った直後は、日曜日から言われたことが頭に引っかかり、どんな顔で師匠と接したらいいんだろうと悩んだけど、いないのはいないで困る。だって師匠には聞きたいことが山ほどあるんだから。

 師匠の手がかりを求めて、私は師匠と一緒に行った所には全て足を運んだ。最初は行き方に自信がなかったけど、師匠がやってたことを真似してみたら意外と上手くいってちゃんと目的地に辿り着けた。

 春の休憩所に夜の高速道路、土曜日のキャベツ畑。どこもすんなりと行けた。キャベツ畑はすっかり様変わりしていて、畑にキャベツはなく、裏作としてもち麦がたわわに実っていた。でも、どこに行っても師匠の足取りの手がかりはなかった。

 手詰まりになり、こうなったら魔女の誰かに相談するしかない、そんなことを思っていた矢先の金曜日の訪問。それは私にとって渡りに船だった。

 金曜日が行きたいと言ったのは、山の中の小さな遊園地だった。どこか不思議な世界とかではなく、場所を聞いたら聞いたことのある地名だった。

 金曜日が家に来てくれた時、すぐに師匠のことを聞きたかったけど私の口は言うことを聞いてくれなかった。まだ違う、聞くのは今じゃない。そんな考えが頭をよぎり、口が反抗した。

 よく考えてみると金曜日がうちに遊びに来たことなんて一度もなかった。ということは、たぶん何かしら師匠が不在について知ってるんだろう。その証拠に、金曜日は家に師匠がいるかどうか聞くそぶりもしなかった。私はここぞというタイミングを待つことにした。

 そんなこんなでタイミングを見計らうことにした私。遊園地までの道中は最近食べたお菓子の話や、私がお米を研いでいる時に手を滑らせて流しにお米を流してしまった話、無洗米と普通のお米ならどちらが家計に優しいか、なんて話をしていた。

 無洗米なら水道代が節約できるけど、お米の研ぎ汁は化粧水にもなるのでお米を研ぐ行為は手の保湿にもなってるんじゃないか、と新たな可能性について議論し始めた時、私たちは遊園地に辿り着いた。


 春の日差しが柔らかく降り注ぐ遊園地。ぽかぽかの暖かい空気が遊園地の中の楽しい雰囲気と混ざり合い、歩いているだけでもわくわくしてくる。やっぱり遊園地で遊ぶなら春が一番いい季節だと思う。

 遊園地には色んなお客さんがいる。小さな子どもを連れた家族に、観光客と思われる若い男女のグループ、それから小学生の子どもとその保護者の団体客など、楽しそうに過ごす人たちが見える。ただ、立地のせいなのか、それとも遊園地が小さいからなのか、賑わっているというよりも、むしろ空いている印象を受ける。

 空いているというのは遊園地からすれば客不足で頭の痛い状況かもしれない。けど、利用者からすると写真が撮りやすく、アトラクションが待たずに乗れて、あくせくせずにゆったりと過ごせるのでちょうどいい具合だ。

「今日は絶好の行楽日和ね」

 隣を歩く金曜日が楽しそうに言った。

「そうですね。暖かいし風は気持ちいいし最高です」

 私も金曜日と同意見だ。園内には桜の木もたくさんあって、金曜日と私は空に向かって咲き誇る桜の花を眺めつつ、園内をゆっくり歩いていた。

 このまま園内をぐるりと一周するかと思っていたけど、私たちはメリーゴーランドの前で足を止めた。メリーゴーランド。子どもの頃に乗った記憶が朧げながらにあるけれど、これに乗るのは小さな子どもというイメージがあり気付けば乗らなくなっていた。

 もう何年も、いや何十年も乗っていないメリーゴーランド。たぶん前の私なら乗るのに抵抗があったはずだ。でも、魔女見習いになったからなのか純粋に乗りたいと思ったし、乗ることにあまり抵抗も感じなかった。

 ジェットコースターや観覧車、コーヒーカップに水上バギー。色んなアトラクションがあるのに今の気分はメリーゴーランド一択だった。ふと視線を感じて隣を見るとどうやら金曜日も同じだったみたい。私たちは頷き合ってメリーゴーランドに乗った。乗った人の中で大人は私たちだけだったけど、何も気にならなかった。

 数十年ぶりのメリーゴーランドは楽しかった。一定のリズムで上下に揺れながらぐるぐると回る。回る同じ景色の中、飽きがくるかと思ったけれどそんなことはなく、止まった時に名残惜しさすら感じた。同じことの繰り返しでも、楽しいものは楽しい、そんなことを考えさせられる。

「思ってたより良かったです」

 止まった木馬から降りる時に金曜日に言ってみた。すると金曜日も「ね、私も同じこと思った」と言った。

 私たちは見つめ合い笑みを交わす。

「混む前にお昼を済ませちゃわない?」

 金曜日が言ったので、私たちは園内にある小さなレストランに向かった。


 レストランの名前はどこの国の言葉かも見当がつかないカタカナの名前だった。あまりにもピンとこない名前だったので、一度見ただけじゃ頭に残らなかった。

 入り口のガラスの扉を開けるとすぐに券売機があった。観光地価格のメニューが並ぶ券売機。一番安いやつを探していた私は一つのボタンから目が離せなくなった。


 カツカレー


 凝ったスパイスカレーとかじゃなく、シンプルなカレー。小さな遊園地や古い体育館、市民プールにある食堂のカツカレー。味がすぐに想像ができるのに、それを前にすると私の心を掃除機のように吸い寄せる。

 ルーはたぶん業務用のレトルトパックのやつだろう。大学の学食の厨房で大きなパウチを開けているおばちゃんを見たことがある。学食のカツカレーも定番の味だった。入っているお肉はすごく小さくてお気持ち程度。カレーの上のカツも特別美味しいわけでもない本当に普通のカツで、スペシャルな要素は何もない。

 大学の学食の話は置いておこう。あそこで無性に食べたくなることはなかったから。でも、遊園地とか、体育館の食堂で見かけると理由なくすごく食べたくなるから不思議だ。そして、カツカレーの次に私を魅了して止まないのが醤油ラーメンだった。これもカツカレーと同じく特に理由はない。

「わかるそれ。すごく美味しいものでもないし、味も想像できるのになんでだろうね? 私の場合は一番が醤油ラーメンと味噌ラーメンで、次がカツカレーかな」

 金曜日もどうやら私と同じタイプの人間だったみたいだ。

「あ、味噌ラーメンも捨て難いですね」

「でしょう? なんなんだろうね、このジャンクの魔法は。強すぎるよね」

 ジャンクの魔法。確かに魔女一人、魔女見習い一人を魅了するんだからなかなかの強さだ。私たちは結局五分近く券売機の前であーでもないこーでもないと言い合い、最終的には金曜日が醤油ラーメン、私がカツカレーに着地した。


 レストランの壁にかかった丸い時計を見るとまだ十一時と十五分。食事時にはまだ早いからか、それとも空いているからなのか、食堂の中にはまだ私たちしかいない。私たちはそれぞれ注文した料理を受け取ると、広いフロアの真ん中の席に座った。

 カツカレーも醤油ラーメンも想像通りの見た目。定番のカレーライスにからりと上がったカツと赤い福神漬けがのっている。金曜日の前の醤油ラーメンからはもくもくと上がる湯気とともに醤油系のスープの香りが漂ってくる。

 二人ほぼ同時にいただきますをして料理に手を伸ばす。そして、食べた途端思い描いていたままの味が口の中に広がる。

「うん、やっぱりこの味だ」

「想像通りの味ですよね」

「そこがまたいいんだけどね」

「ですよね、この期待を裏切らない安定感がなんとも」

 がらんとした食堂で予定調和のような感想を言い合う二人。あまりにも予定調和過ぎて、私たちは思わず吹き出してしまった。私たちは今日もジャンクの魔法の前では無力だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〜鞠目からのお知らせ〜
連載のきっかけとなった短編があります
水曜日の魔女と金曜日の魔女の出会いのお話です

↓短編はこちら

水曜日の魔女、銀行に行く
― 新着の感想 ―
わかるぅ( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ