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パレードの終わりは突然に

 大名行列が去ってから程なくして、次のパレードがやってきた。まあ、大名行列がパレードなのかどうかは私には判断が難しいところだけど。

 二番目のパレードはさっきと打って変わって人間だった。身長はさっきの大名行列のメンバーと同じぐらい。でも、服装はどこにでもいそうなカジュアルな格好をしている。男女比はたぶん半々で年齢層は幅広い。十代もいれば六十代ぐらいの人もいて、みんな怖い顔でプラカードを持ちながら何かを叫んでいる。行進に大名行列のように厳かな雰囲気はなく、動きにはまとまりもない。

「あれもパレードなんですか?」

 失礼ながらそう言ってしまった。だって、楽しそうな雰囲気が微塵もないんだもの。でも、うさぎは涼しい顔で「そうですよ」と言う。これのどこがパレードなんだろう。

「デモ隊ですね。みんな怒ってるんです」

 うさぎが頭をくしくしとかきながら言う。なんて物騒なパレードだ。私は呆れながらうさぎを見るが、うさぎに気にする様子はない。

「ほら、彼らの主張を聞いてください。そうすれば誤解は解けるはずですよ」

「誤解ですか?」

「ええ、誤解です」

 うさぎは私を見ることもなく言った。私の誤解って何? 仕方がないので私はデモ隊の主張に耳を傾ける。


「出演者ありきの映像化反対!」

「原作をもっと尊重しろー!」

「オリジナルキャラクター投入して、展開をぐだぐだにするなー!」


 何だこの主張は? なんだか思っていた主張と違う。これといった特定の想像をしていた訳ではないけど、少なくとも耳に飛び込んできた主張は想定外過ぎた。戸惑う私にうさぎが「あのデモは、アニメや漫画の実写化に伴う改変に対して抗議しているんです」と説明をしてくれた。

 なるほど、主張自体は物騒ではない。でも、みんな真剣に怒っているので穏やかな気持ちで見ていられるものでもない。

「あの、申し訳ないんですが……これはもう十分です」

 元気な時なら「私もそう思う!」と同調できそうなんだけど、今日は風邪のせいか少し重たい。

「あら、お気に召しませんか。個人的にお気に入りなんですけどね。じゃあ、これはなしで次にいきましょう」

 うさぎはそう言ってデモ隊に大きく手を振った。うさぎを見たデモ隊は進行をやめて回れ右をすると、わらわらとドアに向かって駆けていった。なんとなくだけどデモ隊の撤収姿には慣れと哀愁を感じ、少し申し訳ない気持ちが湧いた。


 デモ隊と入れ違いで入ってきたのは黒猫のマーチングバンドだった。タータンチェックの民族衣装を身にまとったたくさんの黒猫。彼らは一糸乱れぬ行進でこちらにやってくる。


 ドンドンドン ドドドドドドド……

 ドンドンドン ドドドドドドド……


 行進とともにリズミカルな太鼓の音が床から這い上がってくる。太鼓のリズムに乗るようにバグパイプの音色が空気を振るわせ、その振動を受けて部屋中の空気が緩んだり縮んだり動き出す。

 先頭は太鼓、その後ろにバグパイプ、そしてさらにその後ろには長いステッキを持つ猫たちが並ぶ。

 赤いタータンチェックのスカートがみんなよく似合っている。乱れることなく、歩幅を揃えて行進してくる彼らはとってもかわいらしい。

「上手ですね」

 口が勝手に動いた。でも、それは心から思ったことなので私は何も驚かなかった。

「そうでしょう? 色々あって一時は解散の危機もあったんです。でも、それを乗り越えてからは目指すべき方向が定まったんですかね。もともと素晴らしいパフォーマンスを見せてくれていたんですが、さらに磨きがかかったんですよ」

 うさぎは自分のことのように誇らしげに胸を張る。そんなうさぎも可愛らしくて私は思わず笑みが溢れた。

 先頭の猫たちが一歩進むごとに、彼らの足元にはすっと石畳が現れる。そして、石畳の出現のワンテンポ遅れでマーチングバンドの周りの景色が変わっていく。

 最初は目の錯覚かと思った。でも違った。マーチングバンドを優しく包む霞のように、チャコールグレーの街並みがぼんやり浮かび始める。石造りの洗練された雰囲気の中に、どこかごつごつとした荒々しさを感じる街並み。

 見覚えがあるなと思えば、たぶんこれは大学生の頃に旅行で行ったスコットランドの旧市街地だ。懐かしい光景が猫たちの周りで蜃気楼のように揺れて見える。

「本当に……本当に素晴らしいパフォーマンスですね」

 私の側まで猫たちが到着した時、私の部屋のドアからベッドまで、ミニチュア版のエディンバラの街並みが完成していた。エディンバラ、大学の卒業旅行で行った街だ。でも、変だな。大切な思い出なのに、卒業旅行でエディンバラに行ったはずなのに、なんだか記憶が曖昧模糊として確証が持てない。まあ、そのうち何かのきっかけで思い出すだろう。

 猫たちは壁際まで進むとゆっくりとUターンして再びドアに向かって歩き出す。ああ、演奏が半分終わってしまったのか、そんなことを思った時、部屋の空気に違和感が生まれた。

 見た目は何も変わっていない。でも、冬の朝の空気のような透き通った冷たさがどことなく漂う。なんだろう、私は気になって部屋中を見渡すけれど、やっぱり見た目の変化はない。部屋の中には相変わらず旧市街地が広がっていくけど、その変化とはまた違う何かの存在を感じる。

「困りますねえ。ちゃんと順番があるんだから、飛び入り参加はご遠慮いただけませんか?」

 私が違和感の正体を探っていると、うさぎが小さな声で、でも、空気を切り裂くようなはっきりとした口調で言った。

 うさぎの声の矛先を見ると、声に反応したかのようにドアが音もなく全開になる。そしてそこには白衣の女が立っていた。

 猫たちもたぶん女が視界に入っているはず。だけど、プロのパフォーマーだからなのか、一切動じることもなくパフォーマンスを続けている。

「相変わらず看病の仕方が個性的ね。でも、そろそろ代わってもらえる? 私も彼女に用があるの」

 年齢はわからない。たぶん、若く見えるけど私よりは上だと思う。さらさらで美しい金髪が印象的な白人の女。白衣の下はグレージュのスクラブだっけ? 医療従事者の人がよく着ている作業衣のような服が見える。女にはうさぎの言葉に怯む様子は見えない。

 うさぎの知り合いなのかな。そう思いうさぎに聞いてみようと思った時、女が部屋に入ってきた。女が入ってきた途端、一瞬だけど冷凍庫を開けたような冷気が部屋に立ち込める。冷気にびっくりしたのか、黒猫たちは一斉にぶるっと体を震わせると、演奏を中断して大慌てで部屋を出て行ってしまった。そして、黒猫の退場ともに部屋の中からエディンバラが音もなく消えた。ミニチュアの街並みをもうちょっと見ていたかったのに。私はちょっとがっかりした。

 ただ者ではないのはわかるけどこの人は一体誰なんだろう? 聞きたいけどどことなく聞きづらさを感じていると、姿勢を正したうさぎが口を開く。

「邪魔をしないでもらえませんか? 次は妖怪たちの百鬼夜行が入ってくる予定なんです。そもそも私はあなたをパレードにお呼びした覚えはありませんよ、日曜日の魔女」

 うさぎはさっきよりも強い口調だったけど、女はにこりと笑ってそれを受け流した。


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〜鞠目からのお知らせ〜
連載のきっかけとなった短編があります
水曜日の魔女と金曜日の魔女の出会いのお話です

↓短編はこちら

水曜日の魔女、銀行に行く
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