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うさぎの看病

「どうも、魔女見習いのお嬢さん。到着が遅くなり申し訳ございません。私のせいでお部屋が洪水になってしまいましたね」

 喋るうさぎ。服は迷彩柄。でも、口調はすごく紳士的。今も後ろ足でしっかりと立っているから、たぶんいつも二本足で歩いているんだろうな。でも、いつ部屋に入ってきたんだろう? 全く気配がしなかったのに。私は目をぱちくりしながらうさぎを見る。

「お詫びと言ってはなんですが、よろしければ洪水の後始末を私に任せていただけませんか?」

 洪水? さっきも言っていたけどどういう意味だろう。うさぎは床を眺めながら洪水と言った。気になったので私は何とか体を起こして床を見る。

 ああ、なるほどそういうことか。床には5cmほど水が溜まっていて、目を凝らすと小さな魚の群れが泳いでいるのが見えた。洪水というよりこれは池みたいだ。

「インテリアとしてこのままにするのもありですが、数日後には床板が朽ちてしまいますのであまりおすすめいたしません」

 うさぎが足で水をぴしゃぴしゃしながら言った。

「じゃあ……お願いします……」

 乾燥のせいでしわがれた老婆のような声になってしまった。でもうさぎはそのことについては気にする様子もなく、「かしこまりました」と言い、鼻を一度「ぷう」と鳴らす。

 かわいい音の余韻が消えると、うさぎの足元に黒いお風呂の栓のようなものが出てきた。うさぎがそれを引き抜くと、床に溜まった水がするすると流れ去った。水が流れ切るとうさぎは再び栓を閉める。そしたら栓は輪郭をぼんやりとさせていき、最後は消えてしまった。栓が消えると一緒に床に残っていた水滴や魚たちも消えた。


「さて、水も無くなったことですしそろそろお見舞いの品でも見ていただけませんか?」

「お見舞いの品?」

 水を抜いてくれたことにお礼を言おうとしたのに、私が口を開く前にうさぎが言った。何かもらえるのかな? ちょっと期待してみる。うさぎを見ると背負っていたリュックを下ろして何やらごそごそし始める。

「さあ、まずはこちらをお召し上がりください」

 うさぎはリュックから片手サイズほどの小さなガラスボールを取り出すと私に手渡した。小さな匙と共に渡された透明のボールにはすりおろしたりんごがたっぷり入っている。

「風邪にはこれが一番です。喉がお辛いでしょう? これは私のとっておきなんです。食べてみてください」

 私は素直にこくんと頷くとボールを受け取り食べてみた。すりおろしたりんごはとても美味しく、音楽隊のようだった。スプーンですくった時はなんでもないただのすりおろしたりんご。なのに舌の上に乗ると甘さと瑞々しさが弾けて明るい何かが口の中を満たす。そして音楽隊のように小気味良くその明るい何かが喉を通っていった。

「美味しい」

 声が自然と出た。老婆のような声じゃなく、私の元々の声だった。驚く私を見てうさぎは満足そうに頷いている。私はうさぎに礼を言うと黙々と夢中でりんごを食べた。りんごを食べるとどんどん喉が潤い体に力がみなぎってくる。ガラスボールが空になる頃には私の熱はすっかり下がり、空腹も少し満たされていた。

「ありがとうございます、本当に助かりました」

 私は改めて頭を下げる。でも、うさぎは目を閉じて首を横に振り、「お礼を言っていただくようなことは何もしていませんよ」と言う。いやいや、本当にお世話になったのになと困惑する私。そんな私にうさぎは「お見舞いの品はまだ始まったばかりです。それにまだお嬢さんは本調子までは戻られていませんよ。調子が戻るまでパレードでも一緒に見物しませんか?」と提案をしてきた。

「パレードですか?」

「はい、パレードです。楽しいですよ」

 楽しいのか。それはいい。

「じゃあ、お願いします」

「かしこまりました」

 そんなこんなで私はパレードを見ることになった。


 パレードを見るって言ってもどこでどうやって見るんだろう? 私が気になっているとパレードは突然やってきた。

 私の部屋のドアが勝手に開いたと思ったら、「下に〜、下に」という掛け声と共にドアの隙間からぞろぞろとたくさんの動物が入ってきた。入ってきたのは私の膝丈ほどの背丈のうさぎ、さる、かえる。みんな二足歩行で白黒だった。

 白い和紙に墨で描かれた絵のような彼ら。彼らはみんな人間のお侍のような装いをしている。そして綺麗な列を作り、厳かにゆったりとこちらへ歩いてくる。これって……

「こちらは、鳥獣戯画の動物たちによる大名行列の再現です」

「やっぱり、そうなんですね」

 再現しているのはたぶん大名行列の本陣だ。お殿様が乗っているであろう駕籠を中心に、護衛のさるが演じる武士役、うさぎが演じる身の回りの世話係がいる。かえるは長い槍を掲げながら歩き、行列を目立たせている。私は家紋に詳しくないからわからないけど、『下に〜、下に』の掛け声がしたから御三家という設定なんだろう。

 行列は私がいるベッドの側まで来ると、止まることなくゆっくりと折り返し、私とうさぎに背を向けてドアの方へと戻っていった。

「お殿様は誰が演じてたのかな」

 行列が私の部屋から出ていくのを見送る時、はたと気になった。駕籠は開くことがなかったので最後まで誰が乗っているのかわからなかった。もしかして誰も乗ってなかったのかも。そんなことを考えていると、「きつねですね。前の殿様役はかえるでしたので、順番で考えると今回はきつねのはずです」と迷彩柄の服を着たうさぎが言った。

 きつねだったのか。どんな格好か見てみたかったな。頭の中でお殿様の格好をしたきつねを想像していると、行列が出ていったドアから何頭かのきつねがひょっこり顔を出す。もちろんどのきつねも墨で描かれた絵のような顔をしている。

「あの、今見てもらったのは大名行列の本陣再現なんですが、ご希望でしたら先払から輜重隊までの大名行列全体を見ていただくことも可能です。どうなされます?」

 うさぎが私に少し首を傾げながら聞いてきた。全体ってなるとかなりの長さな気がする。私は「見たらどれぐらいの時間がかかります?」とうさぎに聞いてみた。

「そうですね、少し早めに歩いてもらっても三時間ほどでしょうか」

「そうですか……じゃあまた次の機会にお願いします」

 時間に怯んで私がお断りすると、ドアの隙間から顔を出していたきつねたちが項垂れるのが視界の端に映った。ごめんよ。心の中で私は謝った。


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〜鞠目からのお知らせ〜
連載のきっかけとなった短編があります
水曜日の魔女と金曜日の魔女の出会いのお話です

↓短編はこちら

水曜日の魔女、銀行に行く
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