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去年の最優秀賞作品

 雪の東京タワーをしっかりと目に焼き付けた後、私たちは雪まつり会場を歩いて回った。そして、雪のタワーは本当に市民チームレベルなんだと思い知らされた。

 雪の大きな建築物は他にもごろごろあった。宮殿に城、様々な歴史的建造物に名前は忘れたけどどこかで見たことがある有名なタワーなどなど、たぶん実寸大で作られていた。中でも私が手が凝っていると思ったのはサグラダ・ファミリアだ。リアルタイムで今作られているところまで反映しているらしい。どうやって反映しているのか尋ねたら、雪うさぎの棟梁はにまりと笑い逃げてしまった。これが企業秘密というものだろうか。サグラダ・ファミリアを作った建築会社 雪うさぎ組の技術力には脱帽する。

「ねえ、あっちも見てみない?」

 私がサグラダ・ファミリアに見入っていると師匠から声をかけられた。師匠はパルテノン神殿を指差しているけれど、たぶん見たいのはその向こうなんだろうな。神殿があるからよく見えないけれど、師匠が指差す方向からは何やら熱気のようなものを感じる。

 もう少しここで建設途中の教会を見ていたいけど、熱気の正体が気になった私は「そうですね、行きましょう」と返事をした。すると師匠は「やった!」と言って指をパチンと鳴らし、その瞬間音もなく白い木のドアが現れた。

 行きたいところにすぐに行けるドア。これは完全に某猫型ロボットの世界のものだよなあ。そんなことを思いながらも私は師匠に続いてドアをくぐる。まあでもこのドアがないと大きな作品が多いお祭り会場を見て回るのは骨が折れる。私は心からこの魔法があってよかったと思う。


 ドアをくぐった先にはコロッセオがあった。ただ、これは今日見てきた作品たちとは明らかに何かが違った。だって中からすごい歓声が聞こえるから。私の隣では「へー、ここまで再現してきたか」と師匠が感心している。

「単に雪でコロッセオを作っただけじゃなくて、ちゃんと闘技場としても使えるよ! って観客を入れてアピールしてるんですかね」

 観客はエキストラなのかな? かなりお金を注ぎ込んでアピールしてるんだなあと思った。でも、私の考えに対して師匠は「半分正解。でも、半分はたぶん不正解かな」と言った。半分不正解、どういうことなんだろう? 首を傾げる私に師匠は「見ればわかるわよ」と言ってコロッセオの中に入って行ったので、私は慌てて後に続いた。

 師匠に続いて闘技場の観覧席に出ると、私は自分の目を疑った。だって観覧席に大勢いる観客も、アリーナで戦う闘技者も全て雪像だったから。

 全てが雪なのに、戦いに熱狂する観覧席からは熱気のようなものを感じるから不思議だ。屈強な男二人の白熱した戦いも気になるけれど、それに熱中する観客たちの盛り上がりからも目が離せない。

「これは一昨年まで大会二連覇をしていた鬼の大工たちの作品みたいよ。ここま再現するなんてやっぱり優勝候補はすごいわね」

 鬼の大工。鬼と聞くと日本っぽいイメージだけどコロッセオはイタリアだしなんだかちぐはぐな感じ。でも、そんなことより雪が動いてるんですけど?

「どうして雪がこんなに生き生きと動いてるんですか?」

 聞いても私が求めるような答えは返ってこないとは思いつつも、私は堪えきれなくて聞いてしまった。そんな私に対して師匠は「ほら、昔から鬼は橋を架けるのがうまかったでしょう? 今も大工仕事が得意なのよ」と、にこりとしながら言った。

 闘技者達の戦いが激しくなるにつれて、観覧席の熱もまたどんどんと上がっていく。大工仕事が得意。この作品が大工仕事の延長線上にあるのかどうなのかは私にはわからない。なので私は「そうなんですね」としか言えなかった。


 コロッセオを出だ時、私は一つ気になることがあった。

「一昨年まで二連覇ってことは、去年はどのチームが優勝したんですか?」

 こんな大作を作っているチームが三連覇を逃すって、去年はどんなチームの作品が最優秀賞になったんだろう? 私はすごく気になった。

「見に行く? たしか毎年最優秀賞作品は一年間保管されてたはずなのよね」

「お願いします!」

 雪像を一年間保管するなんて、本当にこのお祭りは私の知るお祭りの規模とは全然違う。やっぱり冬の土地だから雪像を一年間保管することも簡単なのかもしれない。まあ、前に行った夏の土地と同じく冬の土地がなんなのかはよくわからないけど。私はとりあえず思考を放棄し、師匠に続いて師匠が指を鳴らして出してくれた新しい扉をくぐった。


 滝だった。

 扉をくぐった先にあったのは今まで見たことがないようなスケールの滝だった。幅は広すぎて端が見えないし、落差は高層ビルを優に超えそうだ。そしてスケールもそうだけど音も凄まじい。大地を震わせるような轟音共に飛沫が煙のようにもくもくと上がっている。でも、なにより一番衝撃なのが、目の前の景色全てが雪でできているということだ。

 滝を流れる水はもちろん、下から上がる水煙も、滝の周りの自然も全てが真っ白の雪だった。私が何も言えずに固まっていると、師匠が「これは去年初エントリーの北風チームが作ったヴィクトリアの滝よ」と教えてくれた。

「あの……大き過ぎません?」

 もっといっぱい感想はある。でも、情けないし悔しいけれど、今の私に言語化できたのはそれだけだった。

「そうね、これまで雪まつりに大きさの制限はなかったんだけど、これはやりすぎってことで注意されてたわ」

「なるほど……」

 これはやりすぎ、なんとざっくりした注意なんだろう。ということはこれよりも少し小さければ問題ないのかな。そもそも北風チームはどうしてこれを作ろうと思ったんだろう。瀑布を見ながらあーでもないこーでもないと考えていると、私は轟音に飲み込まれて自分と外の世界との境界がわからなくなっていった。

「ハル、ちょっと! ハル、そろそろ戻るよ」

 師匠の呼びかけで我に返る。

「すみません、ちょっとぼーっとしてました」

 しっかりしなきゃ、私が何度か瞬きをして自分を保とうとしていると、師匠が小さな子どもを見るような優しい目で「やっぱりこの作品は強すぎるのよね、惹きが」と呟いた。そして、「さあ、戻りましょう」と言ってコロッセオ前に繋がる扉をくぐっていった。先に戻った師匠を見て、ちょっと後ろ髪を引かれたけれど、私も師匠に続いて扉をくぐった。


 コロッセオの前を通過して、オコジョの学生チームによる雪の動物園の中を歩く。

「そうだ、北風チームの今年の作品はどんな作品なんですかね?」

 私はせっかくなら見てみたいと思った。

「前年の最優秀賞チームの作品は、お祭りが開催されるまで非公開なの。でも、多分今年も北風チームが優勝するでしょうね」

 前を歩く師匠。師匠は雪のゾウがのそのそと歩くのを横目に少し残念そうに言った。

「え、どうしてですか?」

「だってコロッセオもだけど、どのチームも人工物を作ってたでしょう? 雪像を作るお祭りだから別に何を作ってもいいんだけど、みんなまだ『像』っていう漢字に引っ張られてるみたいなのよね。にんべんがついてるからかしら……」

 確かに東京タワーもパルテノン神殿もサグラダ・ファミリアも人が作ったものだ。もちろんこの動物園だってモデルになった園があるんだろう。

「自然を再現した作品には人工物をモデルにした作品じゃ勝てませんか?」

 やはり自然の前では人が作ったものなんてちんけなものになってしまうのかな。そう思うとちょっと寂しい気持ちになる。視線を感じて師匠を見ると、師匠は温かい目で私を見つめながら「そういうことでもないの」と言った。

「新参者の北風チームは去年これまでにない自然の再現で勝負をしてきたの。規模もそうだけど圧倒的な自然の再現に審査員が魅力されて最優秀賞になったわけだけど、まあ言ってしまえば真新しさがあったわけ」

「真新しさですか?」

「いつも同じ味付けのご飯じゃ飽きちゃうでしょ? 魚の煮付けばっかりだった晩御飯にお刺身が来たらみんな喜ぶじゃない。それと同じよ」

 師匠はわかるようなわからないような例えをしてきた。でも、たしかに同じ味付けばっかりのところに新しい味付けが来たら嬉しいのはわかる気がする。

「去年の北風チームの作品を見て、どのチームも工夫を凝らしてきたんでしょうけど、一年ぐらいじゃなかなかずっと続けてきたスタイルは捨てきれないのよね。となるとまだどこも変わろうとしている、もしくは変わりたいと思ってけどまだ動けてない状況なの。逆に北風チームはまだ自然の再現が独壇場ってわかってるから今年も同じ手法で来ると思うのよね。まあ、それがいつまでも通用するようなお祭りじゃないから、彼らもこれから頭を使わなきゃいけないけれど」

 そうか、私たちは眺めているだけだけど、このお祭りに参加するチームはそれぞれ色んな試行錯誤や挑戦を経てここに来てるんだ。変わるため、変わろうとするため様々な事を考えている。そんなの当たり前のことなんだけど、なんだかすとんと腑に落ちた。そしてお祭りの参加チームにぐっと親近感が湧いた。

「じゃあ、このお祭りはもっと面白くなりそうですね」

 私が言うと師匠はわかってるじゃないとでも言いたげな顔をした。

「そう、もっともっと面白くなるわよ。人工物と自然再現の掛け合わせなんて、たくさん可能性があるんだから。今はちょうど過渡期ってところかしら」

 過渡期か。私はお祭りが大きく変わっていく場面に遭遇することができたみたいだ。来年、再来年お祭りがどんどん変わっていくことを考えるとわくわくしてきた。

「あ、そうだ、せっかくだからホットワインでもどう?」

 師匠が『いいこと思いついた!』とでも言いたそうな顔をしている。無邪気な笑顔の師匠からのお誘い。こんなの断れるはずがない。

「何を見ながら飲みますか?」

 師匠に聞く私の頭の中は、既にホットワインに合うおつまみのことでいっぱいになっていた。


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〜鞠目からのお知らせ〜
連載のきっかけとなった短編があります
水曜日の魔女と金曜日の魔女の出会いのお話です

↓短編はこちら

水曜日の魔女、銀行に行く
― 新着の感想 ―
なろうも、斬新な作品が投稿されたら大人気になって、環境を変えるということがたまにありますもんね( ˘ω˘ )
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