雪まつりへ遊びに
「師匠、これって雪まつりですか?」
そう言わずにはいられなかった。だって私が知る雪まつりと違いすぎたから。
「ハル、ちょっと何言ってんのよ。これが雪以外の何に見えるの?」
右隣に立つ師匠は愉快そうに笑っている。
「いや、雪なのは分かるんですけどスケールが大きすぎません?」
足元にある雪は普通の雪でそれはなんの問題もない。そんなことより私は前方に立つタワーの足の部分から目が離せないでいる。霧が広がっているせいではっきりとは見えない。でも、ゆっくりと見上げてみると、空に向かってそびえ立つタワーはなんだか空まで届きそうだ。あと、このシルエットには見覚えがある。これって……。
「高さはたぶん……約333mね。ざっと見た感じ」
隣を見ると師匠が空に向かって目を凝らしている。どうやって把握したんだろう? まあでも方法はさておき師匠の測定結果を聞いて、私の中に浮かんでいたある答えに自信が持てた。
「その高さってことは、これってやっぱりこれは東京……」
あともう一秒あれば言い切れたのに。私が言い切る直前に強い風が吹く。思わず身構えて顔を右手で庇いながら私は目を閉じてしまった。
風が落ち着いてそっと目を開ける。すると霧が晴れていて目の前にいたのはやはり見たことのあるタワーだった。色は白いけどこれは……。
「東京タワーね! 本当にすごい高さのものを作ったわね」
師匠が目をキラキラさせて見上げている。やっぱりそうなんだ。でも、雪でこの高さって再現できるものなの? 倒れてこないの? 私は不思議で仕方がない。
「これ、ホッキョクグマの市民チームの作品みたいよ。ほら!」
師匠が指差す方向を見ると、タワーの足元にぽつんと立て看板が設置されている。そしてそこには『私たちがつくりました!』と書かれたポップと共にたくさんのホッキョクグマが写った集合写真が貼ってあった。私たちは立て看板に近寄りじっくりと写真を見てみた。晴れやか表情の屈強なクマたち。確かにこのメンバーならできるかもしれないと思い始める自分がいる。
でも、このスケールを数十頭で作れるものなの? しかも、プロチームじゃなくて市民チーム。クマたちはどうやって作ったんだろう? 製作期間二ヶ月と書かれた雪のタワーを見上げながら、私は作っているところを見たかったなと思った。
雪のタワーにはかなり驚かされた。サイズもクオリティも本物そっくりで、感動のあまり私はもう気分的にお腹いっぱいだ。でも、この時はまだ私は知らなかった。タワーの衝撃はまだ序の口だということを……
ピーナッツバターを塗ってこんがり焼いたトーストとカフェオレ、それから千切ったレタスにミニトマトとツナを乗せたサラダ、ブルーベリージャムを乗せたプレーンヨーグルトという、今朝の朝ごはんはシンプルな献立だった。理由は簡単、私がちょっと手抜きをしたかったから。
乱暴に一言でまとめると『宇宙規模のお家騒動』と言われるSF映画シリーズを一気見したいという師匠に付き合い、私たちはここ数日夜更かしをしていた。外伝的な作品含めやっと全作見終えた私たちは、そこそこの達成感と想像以上の疲労感を抱えて昨夜は深夜3時にベッドについた。
ただいまの時間は朝11時。なかなか遅い朝ごはんだ。もさもさと朝ごはんを食べる私たち。ふとテーブルの向かいに座る師匠の顔を見ると、師匠は目の下に少し深めのくまができている。もちろん私の目の下にもくまがある。二人の魔女を……いや、一人の魔女と一人の魔女見習いをここまで夢中にさせるあの監督はすごいと思う。やはり『俺の宇宙では音が出るんだよ』と言った人は違う。そんなことを考えていると師匠が「本当にそうよねー」と言った。
「師匠、勝手に心を読むのやめてもらえます?」
私が呆れながら言うと師匠は「あ、ごめんごめん」と言ってくれたけど、師匠は心ここに在らずな顔をしていた。そして、はっと我に返ると「ねえ、雪まつりに行かない? 確か明日からなんだけど、前夜祭的な感じで今日から見に行けるんだよね」と言った。
「雪まつりって、雪像がたくさん並ぶやつですか?」
雪まつりと聞いて思い浮かぶのは、ニュースで何度か見たことがある雪像が立ち並ぶあのお祭りだった。テレビでは見たことがあるけど実際にはまだ見たことがない。
「そう、それそれ! でも、たぶんハルが知ってるやつよりも少し規模が大きいかも。冬の土地でのお祭りだから、人間のお祭りよりも色々とでっかいんだよね」
色々とでっかい、ということは雪像のサイズが大きいってことだろうな。そんな想像をしながら私は「いいですよ。行きましょう」と返事をした。
「じゃあ、朝ごはんを食べ終えたら早速行きましょ! 上着はそうね、せっかくだし新しいの出しちゃうわね」
師匠はそう言って指をパチンと鳴らした。すると、ぱふん、というなんとも軽くてゆるい音と共にダウンコートが二着ふんわりと現れた。二着とも厚みのある木製のハンガーに掛かっていて、師匠の背後、何もない空中に浮かんでいる。
もちろん二着は同じシルエット、丈はロングで色は一つがブラックでもう一つはダークネイビー。フードのところに付いているファーがアクセントになっている。流石師匠、仕事が早い。
「でしょう? サイズもぴったりなはずよ」
今にもえっへん! とまで口に出しそうな師匠。また勝手に心を読んでいる。そのことを指摘しようとしてはたと気がついた。
「いや、なんで私のサイズがわかるんです? 師匠、どういうことですか?」
私は師匠をきっと睨んだ。すると師匠は顔に『いっけねぇ』という文字を浮かべると、大慌てで朝食をかき込み、「お先にー」と言って黒のダウンを片手に自室へ戻っていった。
ため息を一つついてから、一人になったテーブルで私もいそいそと朝食を済ます。そして、「ごちそうさまでした」とちゃんと手を合わせた。
私は椅子から立ち上がると、『食器洗い、よろしく』と心の中で唱えながら台所に向かって指を一度鳴らした。師匠ほど軽快ではないけれど、パチンと軽い音が部屋に響く。すると、テーブルに置いてあった食器たちがふよふよと宙に浮き、流しへとゆっくり進み始める。
一ヶ月ほど前、ふと思いつきでやったらできた魔法だ。ただ、まだ力加減がうまくできず、途中で作業が止まってしまうことがある。私は食器たちが流しにゆっくりと着地し、蛇口から一人でに水が流れ出すの見届けてから、身支度をするために私はダークネイビーのダウンを片手に部屋へ戻った。
蛇口から水が出るところまでいけばもう大丈夫。そこまでいけばあとは勝手に食器たちが洗剤を被って水浴びをし、そしてふきんたちに拭かれて食器棚へと戻ってくれる。食器洗いは嫌いじゃない。でも、急いでいる時はこの魔法がすごく助かる。
部屋に戻ってダウンコートを羽織ってみた。師匠が言った通りサイズはぴったりだった。なんだかもやっとした私は、顔が勝手にむくれるのを感じた。
連載を再開します。
10万文字程で完結する予定です。
よかったらまたお付き合いくださいませ。