キャベツ泥棒と春キャベツ
今日、私たちは土曜日の魔女のキャベツ畑に来ている。
昨夜、師匠と二人で食後のワインを飲んでいた時に、春キャベツがそろそろいい具合だから収穫に行きたいと言われた。どこに行くのかと聞けば、畑仕事が好きな土曜日の魔女の畑だという。魔女の畑と聞くと、薬草やマンドレイクのようなものを連想するけど、まさか春キャベツまであるなんて。魔女には驚かされてばかりだ。
キャベツ畑は一瞬だった。師匠に言われるまま、家から出て目を閉じ、真っ直ぐ三歩歩くと畑の真ん中いた。
「……どうなってるんですか、これ?」
流石にかなり驚いた。突飛なことにも動じなくなってきたつもりだっけど、これはもう地理的な何かを無視しているし、何がどうなってるのかわからない。
「土曜日に内緒でね、道を繋げちゃったんだー」
「それ、いいんですか?」
「いいのいいの! いたずらはスピード重視でしょ」
スピード重視。まあ、移動が短時間で済むのは助かるけれど、引っかかるワードがあった気がした。
どの方向を見ても視界に入るのはキャベツのみ。そんな広い畑の真ん中に出た私たち。夕飯に食べる分だけならそんなに量はいらないし、いくつ収穫しよう? 私がそんなことを考えていると、師匠が「三玉ほどもらって行こう」と言ってどこからか大きな包丁を取り出し、足元にあった綺麗なキャベツを収穫した。
「立派な春キャベツだねー!」
目を輝かせる師匠。でも、こんな畑のど真ん中のを収穫していいのだろうか?
「こんな畑の真ん中のを収穫していいんですか?」
「いいの、いいの。いたずらは派手さが大事だからさ」
うん、確かに『地味ないたずら』と聞くと陰湿な気がするし、派手な方がいいかもしれない。でも、やはり引っかかる。
「あの、収穫する許可はちゃんともらってるんですよね?」
念のため聞いてみた。もう聞かずにはいられなかった。
「許可? 取ってるわけないじゃない。土曜日には内緒で来てるんだから」
あっけらかんと言う師匠。悪いことをしているという認識は無さそうだ。
「それ、後で怒られませんか?」
「いたずらってそういうものでしょ?」
子どものような笑顔で言われてしまい、私は何も言えなくなった。でも、これはいたずらと言うより泥棒なんじゃないだろうか。
師匠は「ほら、ハルも見てみなよ」と言って、ひょいとキャベツを私に渡してきた。うん、確かにとっても立派な春キャベツだ。葉っぱが青々していてすごく瑞々しい。だけど師匠、あなたは立派なキャベツ泥棒だと思う。
「立派なキャベツ泥棒だなんて、そんなそんな」
二玉目のキャベツを収穫しながら照れる師匠。
「いやいや、どうして照れるんですか! 褒めてませんし、勝手に心を読まないでください」
「ごめんごめん」
謝ってくれてはいるが心が欠片もこもっていない。その証拠に「次はどれにしようかなー」と品定めをしている。
師匠は春キャベツを三玉収穫した。畑の真ん中にぽっかりと収穫された跡が目立つ。
「やっぱりこれ、盗んだのが目立ち過ぎてません?」
聞くまでもないことだが、言わずにはいられない。そんな私を見て師匠がまたいたずらっ子のように笑う。
「わざと目立たせてるの。端っこのキャベツを盗んでバレなかったらどうするの?」
最初から隠す気が無かったのか。まさかそんな返答がくると思ってなかったので、「え、バレていいんですか?」と食い気味に聞いてしまった。
「そんなの当たり前でしょう。ばれて怒られるまでがいたずらなんだから」
衝撃だった。バレなかったらいたずらにならない、そんな当たり前なことを私は見落としていた。でも、一つだけ疑問が残る。どうして師匠はいたずらをしているんだろう? 土曜日に怒られたいのだろうか?
私が気になって師匠を見ると、「内緒」と言ってはぐらかされた。
「銀行辞めたんだって」
「え? 辞めた?」
夕飯のロールキャベツを作るために、キッチンで収穫したキャベツの葉をむいていると、「そうそう、こないだ連絡があったのよね」とのんびりとした声で師匠が話しかけてきた。主語がない。それじゃ誰の話かわからないじゃないか。
「誰が辞めたんですか?」
「金曜日」
「え?」
私は危うく手に持ったキャベツの葉を落としかけた。金曜日が銀行を辞めた? 踏み出せないっていたあの金曜日が? 私が金曜日とお話をしたのは一ヶ月前のことだ。
「新しいことがしたくなったんだって」
「そうなんですか。因みに何を始めるのか聞きました?」
「えっと、何だったかな……ちょっとど忘れしちゃった。でも、金庫番か金庫破りのどっちかだったはず」
「候補が正反対の仕事過ぎるでしょ!」
私は思わずつっこんでしまった。そんな私を見て師匠は楽しそうに笑う。
私がキャベツの葉を洗っていると、師匠が洗い終わった葉を一枚取ってつまみ食いを始めた。「やっぱり土曜日の春キャベツは甘いなー」なんて言いつつソファーに向かう。少しは手伝ってくれたらいいのに。
「金曜日、もしかしたらハルと話して何か変わるきっかけを掴んだのかもね」
こちらを見ずにキャベツを齧りながら師匠が言う。
「私、特に何もしてませんよ?」
「そうかもねえ。でも、何もしてないつもりでも、金曜日には刺激になったのかもよ?」
そうなんだろうか? 私が魔女を変えるきっかけになったのかな? 金曜日と過ごした時間を思い返すけど、そんな実感はない。その代わりに、金曜日が言った『魔女は囚われている』という言葉が胸に蘇る。
魔女は囚われている。でも、もしかしたら私がその状況を変えることができるる存在かもしれない、と金曜日は言った。
それが本当かどうかは私にはわからない。でも、もし本当なら師匠も……
私は頭の中が混乱し始めるのを感じて考えるのをやめた。今いくら考えてもわからないし、頭の中がぐちゃぐちゃになるだけだ。それならいっそのこと考えるのをやめて、今やるべきことに集中しなきゃ。私は一度軽く息を吐いてロールキャベツ作りに集中することにした。
今、私には師匠が何に囚われているのかわからないし、そもそも本当に囚われているのかどうかもわからない。でも、金曜日が言っていたから何かあるんだろう。私に何ができるのかわからないけど、やれることはやってみようと思う。
焦る必要はない。だって私は魔女見習いなんだから。時間はこれからたくさんある。
「師匠、ロールキャベツはいくつ食べますか?」
「五つ!」
元気な声がソファーの上から飛んできた。五つは食べ過ぎのような気もするけど、まあいいか。
私が今やるべきことはロールキャベツを作ること。そして、師匠と一緒に晩御飯を美味しく食べること。焦りたくなるけど、目の前のことをちゃんと一つずつ、確実に進めていこう。
囚われの魔女を救うのはそれからだ。
お読みくださりありがとうございます。
まだ書きたいことはあるのですが、この物語は一旦ここで幕引きとなります。
いつか続きを書きたいと思っているので、もし機会があれば立ち寄っていただけますと幸いです。
※2025年3月3日より第二章の連載を開始しました。引き続きお読みいただけますと幸いです。