魔女について
「魔女、それは魔法が使える女。それ以上の存在でも、それ以下の存在でもないの。どうやって最初の魔女が生まれたのかはわからないけれど、最初の魔女は月曜日だったみたい。カレンダーみたいに日曜日が始まりじゃないんだって」
金曜日の話し方はすごく聞き取りやすい。テレビのアナウンサーのような、はきはきとした話し方ではないし、声優のように一音一音丁寧に発音しているわけでもない。でも、聞き心地のいいフランクな口調が、耳にすーっと流れ込んでくる。
きっとそんな口調のせいだろう。謎だらけな魔女の話を聞いているはずなのに「そうか、日曜日が始まりじゃないんだ」なんて何の疑問もなく受け入れている自分がいる。
「私が魔女になるずーっと昔のある日、月曜日がね、未来を見たんだって。それは避けようがない未来で、誰が何をやっても必ず大きな戦いが起きることがわかったの」
「戦いですか?」
「そう、戦いがあるんだって。残念ながら敵や正確な規模、いつ起きるかみたいな具体的なことまではわからなかったみたい。でもその時いた魔女たちは、起こることがわかったならせっかくだし備えとこうか、って話をしたそうよ」
せっかくだし備えておこう。大きな戦いが起こるというのに緊張感のない話だ。そもそも戦いってなんだ? 気になって聞こうとしたけれど、私が口を開く前に金曜日が話を続けてしまった。
「その当時、魔女は月曜日、火曜日、水曜日、それから土曜日の四人しかいなかったの。それで、今のままじゃ中途半端だから、まずは残り三人の魔女を見つけることになったんだって」
「本当にすごく中途半端な感じだったんですね」
色々と引っ掛かることはあったけど、私は一番気になったことを言ってみた。すると金曜日の魔女は「ねーほんと。不思議だよねー」とさらりと言いながら水を飲む。
「不思議ですね」
私も金曜日に続く。
「なんでばらばらだったのかはよく知らないけど、さらに不思議なのがさ、魔女は最初、月曜日の一人しかいなかったのに、気がついたら四人になってたんだって」
金曜日が腕組みしながらさらにややこしいことを言う。気がついたら四人だった? 私は理解が追いつかず金曜日に縋るような目を向ける。しかし、金曜日は私の求める表情をしてくれることはなく、目を閉じて首を横に振った。
「ごめん、どういう経緯で四人になってたのかは私にもわかんないや」
「そうですか……これも、魔女はそういうものってことですかね?」
「たぶんね」
「そうなんですね……」
少しだけ二人の間を気まずい沈黙が流れた。
「火曜日、水曜日、土曜日は、月曜日が特に探してもいなかったのに突然現れたんだって。でも、私含め残りの三人はなかなか見つからなくて、私なんて月曜日が戦いの未来を見てから何百年も経ってから魔女になったんだよ」
魔女にとって時間の概念はどうなってるんだろう? 月曜日の魔女も師匠も、何百年も生きていたなんて。一緒に過ごしていてなんとなくそんな気はしていたけれど、改めて聞くとどこか信じがたいところがある。でも、きっと本当だから信じるしかないのだけれど。
「あの、金曜日は魔女になってどれぐらいになるんですか?」
私は気になって聞いてみた。
「そうねー、たぶん数十年ぐらいかな」
そうか、だからか。
私はやっと金曜日に対する親近感の理由がわかった。金曜日は師匠よりも魔女の期間が短いから、私に近い人間らしい空気感があるんだ。私は「そうなんですねー」と言いながら、頭の中の靄が晴れてすっきりした気分になった。
「私は水曜日に見つけてもらって、七番目に魔女になったの。魔女になって少しは経ったけど、まだまだわからないことばかりだね」
そうか、魔女にとって数十年は『少し』なのか。時間の捉え方の違いに意識が遠のきそうになる。でも、魔女にもわからないことがあるんだ。私にはそれが想定外でとても新鮮だった。
魔女にもわからないことがあるのなら、魔女見習いの私にわからないことがあってもおかしいことはない。師匠は私に焦らなくていいっていつも言ってくれるけど、心の中に居座るちりちりと感じる何かを消すことができなかった。でも、金曜日と話していると、嫌な存在感が少し薄らいだ。
「そうなんですか。そうだ、魔女見習いの期間ってどれぐらいありましたか?」
「魔女見習いの期間? ないない。いきなり『金曜日の魔女』だったよ」
私の中で数秒時間が止まる。ないの? 嘘でしょ? だってみんな魔女見習いの期間を経て、魔女になると思っていたから。どれぐらい魔女見習いをしてから金曜日の魔女になったのかを聞けば、何か今後の参考になると思ったのに当てが外れた。
「え? なかったんですか?」
「なかったなかった。魔女見習いって言葉を聞いたのもハルさんが来て初めてだし」
金曜日は小声で「いや、聞いたのは初めてじゃないか。前にアニメで……」とぶつぶつ呟いている。そんなことは置いといて、魔女見習いの期間がなく魔女になるなんてきっと大変だったに違いない。でも、水曜日の魔女は「大変? うーん、どうだろう? そんな気もするけどいつの間にか慣れちゃってたな」と、にこっとしながら言った。そんな彼女の笑顔を見て、これが魔女と魔女見習いの差なのかもしれないと漠然と思った。