金曜日の魔女と魔女見習い
店内は海だった。
海というよりも海底、いや、海底よりも水族館で見るような『海底っぽい』水槽の雰囲気が広がる空間だった。透き通った水色の空間に、ごつごつした岩や揺れる海藻があって、その上をすいすいとたくさんの魚たちが行き交う。
海底で過ごしてるみたい。でも、とても明るいから絶対海底じゃないし、それ以前に服も髪も濡れなくて難なく呼吸すらできる。本当に不思議な場所だ。
「おーい、こっちこっち!」
不思議な店内を観察していると、いつの間にか奥に進んでいた金曜日の魔女が私を呼ぶ。金曜日は少し開けた白砂の広場のようなところにいて、そこには濃紺の丸テーブルと同じく濃紺でシンプルなデザインの椅子が二脚置いてあった。他に席は見当たらないし、私たち以外に客と思しき人影もないけれど、ここは本当に喫茶店なんだろうか?
「さ、座って座って! メニューは、本日のケーキとおすすめのコーヒーのセットしかないんだって。コーヒーは飲める?」
どことなく師匠のようなあどけなさを感じる金曜日の魔女。彼女に従って席につきながら「コーヒーは好きです」と答えると、「よかったー!」と彼女の笑みはさらに明るくなった。
「じゃあ、ケーキとコーヒのセット二つで!」
金曜日がくいっと見上げていうと、私たちの頭の上を通過していた大きなマンタがこぽこぽっと泡を吐いた。どうやらオーダーが通ったようだった。
「魔女には慣れた?」
ケーキとコーヒーを待つ間、赤いタツノオトシゴがおしぼりと一緒に持ってきてくれた背の高いグラスに入った水を飲んでいると、いきなり聞かれた。慣れたかどうかと聞かれると、慣れたような気もするし、まだまだ慣れていないような気もする。私は返答に困ってしまった。
「ごめんごめん、まだ何年も経ってないのによくわからないよね。実際、私もよくわかってないことだらけだし」
金曜日が明るい口調でそう言ってくれたおかげで、私は少しほっとした。魔女でもよくわかっていないことがあるというのが、なんだろう……親近感がさらに強まる。
「あの、私、魔女見習いになったんですけど、そもそも魔女が何なのかよくわからないんです」
思い切って言ってみた。師匠はそのうちわかると言っていたけど、私にはまだよくわかっていない。そのうちっていつ? まだわからなくて大丈夫? そんな疑問が頭から離れずずっと不安を感じていた。
「わかるわかる! 水曜日は『そのうちわかる』とか、『そういうものよ』みたいなざっくりした説明しかしてくれないもんね」
「そう! そうなんですよ!」
私はつい身を乗り出して賛同してしまった。私が勢いよく立ち上がって大きな声を出してしまったもんだから、私たちのそばを泳いでいた魚たちがばっと身を翻して離れていった。
「すみません、つい興奮しちゃって。でも、そうなんですよ……」
「まあまあ、落ち着きなよ。でも、わかるよその気持ち。私も同じだったから」
だめな後輩を慰める先輩のような、温かさを醸しながら金曜日が笑いかけてくれた。「慣れるまではさ、もっとわかりやすく説明してほしいよねーほんと」とため息混じりに言う彼女を見ていると、やはり金曜日に他の魔女よりも私に近い雰囲気を感じた。
「そうだ! 私がわかる範囲にはなるけどさ、せっかくだし説明してあげよっか? 魔女について」
「え、いいんですか?」
「もちろん!」
任せなさい、とでも言いたげに胸を張る金曜日が、私には心強い先輩に見えた。