高速道路を上から眺める
それは綺麗な、光の大きな河のよう。
夜の暗闇の中、光り輝くのは高速道路を走る自動車たちのライトと、彼らの足元を照らす照明。何本もの高速道路が並走し、その上を大小様々な車たちが流れていく。深夜だというのに交通量は多く、大型トラックや高速バス、普通車に軽自動車やバイク、走っている車の種類はばらばらだ。
かなり上空で眺めているからか、車の音は全く気にならない。耳に入ってくるのはそよそよと吹き抜ける風の音ぐらいでとっても静かだ。
私は私の知る世界には存在しない不思議な高速道路の上空で、何もない所に腰掛けている。いや、何もないと言うと嘘になるか。目には見えないけれど椅子のような透明な何かがあってその上に座っているから。
「おしゃれでしょ? ハルにも見せてあげようと思ってさ」
私の右隣に座る師匠が言う。少し胸を張り「私、こういう素敵な場所を見つけるのが得意なのよね」と自慢げに話す師匠は、年上だけど少し可愛らしく見えた。
今、私たちは不思議な空間で晩酌をしている。
「ちょっと行きたいところがあるの」
ひじき入りの豆腐ハンバーグに、豆腐の味噌汁、豆腐と海藻の和風サラダに白和えと白ごはんという、豆腐づくしの夕飯を食べ終え、食器を洗っていると師匠からいきなり誘われた。師匠は私の隣で洗い終わった食器を布巾で拭いてくれていたはずなのに、いつの間にサボってソファーに座りこっちを見ている。
「ちょっと、師匠。サボらないでくださいよ」
私の文句を聞くと師匠は素直にこっちに戻ってきて食器を拭くのを再開してくれた。そして、また「行きたいところがあるの」と誘ってきた。
「どこに行きたいんですか?」
「高速道路」
「高速道路?」
「うん、今から行きたいんだよね」
「今からですか?」
思わず食器を洗う手を止め師匠を見ると、師匠はにやにやしながら私を見つめていた。
「冗談だと思ってるでしょ? でも、本当に高速道路なの、行きたいのは」
「なんでまたそんな所に?」
私には夕食後にわざわざ高速道路に行きたいという理由がわからなかった。そもそも高速道路は行く目的地じゃなくてどこかへ向かう時に通る道だ。私の頭の中が謎でいっぱいになる。
「行けばわかるからさ」
師匠は悪戯っぽく微笑むと、布巾を置いてソファーに向かった。いつの間にか右手には水が入ったグラスを持っていて、ソファーにどかっと座るとゆっくり水を飲み始める。
「師匠、そんなに堂々とサボらないでください」
私の指摘を聞いて、また師匠はこちらに戻ってくると流しに空のグラスを置いて食器を拭き始めた。拭いてくれるなら途中でサボらないで欲しいんだけどな。高速道路の謎は一旦頭の隅に置いといて、私はひとまず目の前の洗い物に専念することにした。
食器を洗い終えると、師匠は「さ、行くわよ」と言って玄関に向かった。仕方がないのでついていくと、廊下の途中で黒猫が寝ていた。
夕飯の時、満足そうに豆腐ハンバーグを食べていたけど、気がつけば黒猫の姿が見えなくなっていた。どこに行ったんだろうと思っていたらこんな所にいたんだ。丸くなった黒猫の下にはどこから持ってきたのか温かそうなブラウンのバスタオルが敷いてあった。すやすや眠る黒猫をかわいいなあと思って眺めていると、「ハル、早く早く」と師匠に呼ばれ私は急いで家の外に出た。
それにしても、今から出かけるって一体どこの高速道路に行くんだろう? そもそもこの家に車なんてないのに。そんな私の心配を他所に師匠はふらふらと二、三歩歩くと突然指をパチンと鳴らした。
指の音が鳴ったと思った次の瞬間、体にかかる重力がふわっとなくなったかのような、空中に浮いたみたいな感覚になり、気がつけば私は高速道路の上空で腰掛けていた。
「え? なにこれ、すごい……」
瞬間移動にもかなり驚いたけど、足元に広がる光る大きな流れに私は思わず言葉を失った。たくさんの車が渋滞することもなく、一定スピードで流れていく。車たちの進行方向は一つしかなく、私たちの足元を後ろから前方に向かって流れていく。反対車線の仕切りはあるのに進む方向は皆同じ。なんだか本当に不思議な光景だと思う。
「こないだね、たまたま野生の紙飛行機を追いかけてたらここに辿り着いたの。いい場所でしょ? ここ」
「はい、すごく綺麗です。綺麗で、壮大で、ずーっと見ていたくなります」
師匠の言葉に気になる要素があったものの、私は質問しないことにした。だって聞いてもよくわからないだろうから。きっと師匠のことだし、嘘なんかじゃなく本当に野生の紙飛行機を見つけてそれを追いかけていたらここに着いたんだろうな。野生の紙飛行機ってどんなものなのか、私には全く見当がつかないけれど。
「とりあえず乾杯しない?」
声をかけられ隣を見ると、いつの間にか師匠はワインボトルとグラスを二つ用意してくれていた。ワインは白のスパークリングワインだった。師匠はグラスを宙に浮かせると丁寧な手つきでワインを注いでくれた。
「乾杯」
グラフを手に取り、師匠と軽くグラスを当てる。夜の高速道路にカチンと心地のいい音が響く。