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湖畔でのティータイム

「やっぱり外で飲む紅茶は最高ね」

 新緑の森の中。聞こえるのは木々が葉を揺らす音と、鳥の(さえず)り。あとキツネか何かが通るのだろう、カサコソカサコソと動物が動く気配をたまに感じる。

 そんな静かな森の隅っこにある、綺麗で小さな湖。水の中にはたくさんの魚が住んでいて、ぼんやりと眺めるだけでも色んな生き物たちの生活が見える。

 湖畔には凛と立つ新緑のパラソルが一つ。その下には真っ白で無機質な丸いテーブルが一つ。テーブルの両脇にはこれまた無機質で白いシンプルな椅子が二つ。そのうちの椅子の一つ、湖から見て右側座る女は「ダージリンのこの香りが好きなのよねー」と、手にした白い陶器のティーカップを愛おしそうに眺めながら呟く。女は魔女であり、私の師匠でもある。


 魔女は真っ黒な服に身を包んでいるがローブなどではなく、薄手で半袖の黒いロングパーカーに下は黒のスキニーパンツ。靴は黒のローカットブーツを履いていて、服装に魔女っぽさは微塵もない。

 髪は黒髪ストレート。艶々とした髪は本当に綺麗で、白い肌によく似合っている。化粧っ気のない年齢不詳の魔女が紅茶を飲む姿は、同性でも思わず見惚れてしまいそうになるぐらい絵になっている。表情によってはもうすぐ三十路間近な私よりも、若くも年上にも見える。

「でも、惜しいことしたわね」

 魔女はそう言うと、右手に持つティーカップを渋い顔で見た。

 私は魔女が何を言っているのかわからず、思わず首を傾げて「何がです?」と尋ねた。

「ここに来る途中に洋菓子屋さんがあったでしょう? あそこのシフォンケーキがすごく美味しいの。さっき前を通った時にケチらずに買えば良かったなと思ってさ」

 洋菓子屋さんなら確かに前を通った……ような気がする。ここに来る途中で、立派な広葉樹が立ち並び、程よく木漏れ日を感じる道を通った時だ。一本の一際大きなクヌギの木の近くで『洋菓子店 スグソコ』と書かれた木の立て看板を見た記憶がある。

 こんな所に洋菓子店があるんだなあと思い、きょろきょろと見渡したけれど、どこにも店は見当たらなかった。でも、どこからともなく焼き菓子のような甘くて美味しそうな香りがふわふわと漂っていたのを覚えている。

「ここに来る途中、大きなクヌギの木の前を通ったでしょう? あの木はこの森の長老なの。本当は挨拶したかったんだけど、寝てたから声をかけなかったのよね。それで、あの木の根元に穴があってね、その穴を奥に進むと洋菓子屋さんがあるの」

 私は驚いて「え? 長老? 穴の中にお店?」と、つい少し大きな声を出してしまった。

「そう、アナウサギの夫婦のお店なの」

 アナウサギの夫婦が営む、クヌギの木の下の洋菓子店。しかもそのクヌギの木は森の長老。なんだか要素が多い気がする。


「仲のいいご夫婦でね、出会いはニンジン畑だったそうよ」

 魔女は聞いてもいないのに話を進める。

「ニンジン畑ですか?」

「ニンジン畑に綺麗なニンジンがあって、何気なく取ろうと手を伸ばしたら手が当たったんだって。その時、お互いに運命的な出会いだと思ったらしいのよ」

 魔女が「正確に言うと手じゃなくて前足かしら?」と言うのを聞きながら、私は本屋の文庫本コーナーで、若い人間の男女が陳列された同じ本を取ろうとして手をぶつけるラブコメ漫画みたいなシーンを想像した。

 ニンジン畑で繰り広げられるウサギのラブコメ。なにこれ、可愛いけれどこれも色々と要素が多すぎる。そもそもウサギの洋菓子屋っていうのも理解が追いつかない。

「もともと旦那さんは文具メーカーの営業で、奥さんは広告代理店勤めだったんだけど、新婚旅行に行く途中の飛行機でたまたま出会った長ぐつをはいたネコの……」

「待ってください……あの、要素が多すぎて頭がパンクしそうです」

 止めどなく追加される新たな要素に、私は自分の情報処理能力の限界を感じ、魔女の話を遮った。

「帰りに洋菓子屋に寄らせてください。その時にご夫婦から直接お話を聞いてみたいです」

 私がそう魔女にお願いすると、彼女は「本当? じゃあケーキを買って帰りましょ! 今夜夕食後に食べる分と明日のおやつの分も買わなきゃね」と、嬉しそうに言った。彼女があんまり嬉しそうに言うので、今朝の「そろそろダイエットしなきゃ」という洗面所での決意はどこに行ったんですか? と聞きたくなったけれど、私は言わないでおくことにした。


「それにしてもここは涼しいですね。真夏日だっていうのにすごく過ごしやすい」

 家で私が焼いたスコーンを美味しそうに頬張る魔女に向かって、私は二杯目の紅茶を飲みながら言った。今朝突然、涼しい湖畔で紅茶が飲みたいと魔女が言ったので、私はお茶の準備をし、スコーンを焼いたのだ。

 八月にそんな涼しい所があるのだろうかと不思議に思っていたが、湖畔は本当に涼しかった。座っていると、着ている麻生地のシャツワンピースの中を、風がそよそよと吹き抜ける感じがして心地いい。ワンピースの色は魔女に合わせて濃紺にしてみた。その方が何となく師弟っぽいかなと思って。髪はまだ肩にかかるぐらいだけれど、師匠に倣ってもう少し伸ばすつもりだ。

「そりゃあ、ここは春の休憩所だからね。夏でもそんなに暑くならないのよ」

「春の休憩所?」

 また耳馴染みのない言葉だ。春の休憩所って何? 私はすぐに魔女に説明を求めると、「あなた、ハルって名前なのに春の休憩所のこと知らなかったの?」と驚かれた。

「四季ってあるでしょう?」

「四季って、春夏秋冬の四季です?」

「そうそう、その四季ね。季節が変わるタイミングにね、みんな一気に移動するとしんどいからさ、春も夏も秋も冬も、それぞれ移動時に休憩する場所を持ってるの。ここは春が次の場所に行く前に休んでいく場所だから、春の影響を色濃く受けてるのよ。だから夏でも涼しいの」

 春が休む場所、そもそも春が休むってどういうことなんだろう? でも、私はそれ以上に気になることがあった。

「あの、じゃあ、夏の休憩所や秋の休憩所もあるんですか?」

 私が聞くと魔女は、だから今説明したじゃないとでも言いたげな顔で「あるわよ? もちろん冬の休憩所も」と言った。

「冬もあるのか……あの、そもそも春夏秋冬が休憩所で休むってどういうことなんですか? 四季って生き物みたいなものなんです?」

「どういうことって言ってもねえ、みんな疲れるから休むんでしょ。私は感覚で認識してるからなあ……上手く説明しにくいわね……見ればわかるんだけどなー」

 魔女はそう言ってちょっと考えてくれたものの、すぐに諦めて「うん、今度他の魔女に会った時に聞いてみてよ」とあっけらかんと私に言い放った。

 私はそんな彼女を見て「そうします」としか言えなかった。


 魔女とテーブルを挟んで紅茶を飲んでいると、いつからか時折り水を叩くような音がするようになった。最初は気のせいかと思って無視していたけれど、さっきからザバーンザバーンと大きな音がする。

 音がする方に目を凝らすと、湖を勢いよく泳ぐ白い何かが見えた。何かと言うか、何となく正体は分かったけれど私の理解がまた追いつかなかった。

「あの、師匠。さっきから気になっていたんですが、あれ、なんですかね?」

 魔女は、聞くのを我慢できなくなった私の問いかけに対して「え?」と声を上げてから湖を見ると、少ししてニコニコと楽しそうに笑い出した。

「何って見たらわかるじゃない。シロクマでしょう? バタフライで泳いでる」

 ああ、あれはやっぱりシロクマだった。シロクマかなーとは思った、思ったけどおかしくない? シロクマは泳ぐけどバタフライはしないでしょ。いや、それ以前に、そもそもどうして森の中にシロクマがいるのよ。あ、シロクマが泳ぎ方をバタフライからクロールに切り替えた。

 私は混乱しながらも湖で泳ぐシロクマを眺め、動画に収めたいなとぼんやり思った。


お読みくださりありがとうございます

だいたい週一ペースで投稿する予定です

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〜鞠目からのお知らせ〜
連載のきっかけとなった短編があります
水曜日の魔女と金曜日の魔女の出会いのお話です

↓短編はこちら

水曜日の魔女、銀行に行く
― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 魔女さんのお話ですか、面白そうですね。 優雅なティータイムよろしおます(笑)。 むむむ、この世界観は、ひょっとしたらクマさんとゆり子さんの世界線?なんて邪推をし…
[一言] 要素が多いwww
[良い点] さりげなく不思議と隣あってる感覚、好きです。 続きを楽しみにお待ちします。
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