第3話 訊けェ!!
目が覚めると、窓からは心地よい日差しが差し込み、外では小鳥がさえずっているのが聞こえた。
朝、か…。この現象はずいぶん久しぶりだ。天界には朝も夜もなかったからな。
俺はベッドから飛び降りると神の力で創り出した勇者の頃の服装に着替え、宿の個室から出た。その時、同じタイミングで隣の部屋からも宿泊客が出てきた。
身長はやや低く、薄鈍色のローブを全身に纏い、側頭部は2本の角でも生えているのか出っ張っていて、顔も目元しか見えないように覆いかぶさっていた。そして大きな荷物を背負っていた。
もしかすると、冒険者の類いでこの周辺の神具の在り処とかについて何か知っているかもしれない。
「そこのお前、何か神具について知らないか?」
「私にとって今日は、その話をしていい日じゃない。…あ、今言ったことも忘れてほしい」
そう言ってその人物_声から察するに少女_は去っていった。結局、何だったのだろう。
*
俺も宿の支払いを済ませ、近くのパン屋でチーズ入りサンドイッチを買った。下界での食事は随分久しぶり_天界でも100年前後食事をした記憶がない_だが、味覚は3420年前と変わらず、予想以上においしいものだった。
それを食べながら歩いてるうちに、俺はギルドの酒場に着いていた。
「お、そこに居るのは昨日求人見たって面接に来た新入り君ですね?」
「あ、昨日の人」
「自分はここの副店長、テーラと申します。君の名前は?」
「お、俺はイデアって言います。よろしくお願いします」
「畏まりまらなくても大丈夫ですよ。ここはとてもアットホームな職場なので。あ、ブラックパーティーのキャッチコピーじゃないですよ?本当に」
「そ、それはともかくスタッフのロッカールームとかは…?」
「ああ、そこの角を左に行くと「関係者以外立入禁止」って書いてあるから、そこで右に直進すればすぐです」
「分かった」
「それと、ちょっと変わった子がいるかもですけど、あんまり事情は深堀りしないであげてください」
変わった子?まあ、俺は戦争の時に色んな性格のヤツと関わってるし多分大丈夫だろ。
*
俺は一瞬フリーズした。と、いうか、どう反応していいか分からなくなった。これが“気まずい”っていうヤツなのか…?
「お、お前って今朝の…」
「あ、あの時のか。あまり私には関わってくれるな」
少女はそう言ったものの、ずっと俺の方を凝視している。
あ、この右手のチーズサンドが気になってるのか?
「これがどうかしたのか?」
「いや、実は私もそのサンドが好きなんだが…。みんな、それ醗酵しすぎて苦いから嫌いっていって食べようとしてくれないからつい、その、私みたくそれ食べる人いるんだな、って」
「ああ、これ美味しいよな。っていうか、あんまり人気じゃないのか、これ?でもな、売れない商品なら淘汰されてもう売ってないはずだから俺たち以外にも買って食べてるヤツはいるんだよ」
「そ、そうか」
少女は、すぐにそっぽを向いてどこかに行ってしまった。っていうか、バイト中もあのローブ纏ってる気か、アイツ
*
「副店長、どうしてアイツは名前も名乗らないのに採用してるんですか?」
「さあ。彼女が入って来た当時、人手が足りなかったから条件満たしてなくても採用した覚えがあります。まだ3週間くらい前ですけど。まあ、訳ありっぽいしあんまり向こうから話しかけてこない限り関わらないであげてください。何かあれば自分に言ってください。自分は副店長だけど何故かバイトリーダーも兼任してるので。バイトメンバーに関する事は店長に言っても意味ないですからね?」
*
そして休憩時間。
「あー、しくじった。昼飯持ってきてねぇな…」
ここの酒場のほぼ唯一とも言える欠点はまかないが無いことだ。前にまかないでビールを飲んだヤツがいた所為でこの店では制度として廃止されたらしい。
「それは奇遇だ」
急に隣にいたあの少女が話しかけてきた。
「お前もか。なら、今日は俺が奢ってやるよ?今、999万メイルも持ち金あるし」
その時、一瞬だけ少女がビクッとなった気がした。
「じゃあ、頼む」
「その代わり、お前がどうしてそんな風にここで働いてるのか聞かせてほしい」
俺たちは歩き出した。
「実は私、冒険者もやってるんだが、どうにもそれだけじゃ稼ぎが悪いし、体の調子が良くない日でも稼がないといけない。だからだ」
「何かしたいことでもあるのか?」
「いや、多額の借金を返済しなければいけない。それだけだ」
「お前が周りとの接触を避けてるのもそれが原因か?」
「…まあ」
俺たちは何故か今朝のパン屋に入っていた。
「自力で解決したい。だから、私がどれだけ苦しくてもお金を恵んでくれるな」
「分かった。まあ、頑張れよ」
「言われなくたって」
気づくと2人とも、あのチーズサンドを買っていた。
「君にだけ私の名前は教えておく。私はクレア、クレア・シンファータ」
「俺はイデアだ。これからも困ったことがあれば言ってくれよ」
*
次の日の朝、俺は初めての、いや、正確に言うと久しぶりのクエストに少しワクワクしながらギルドへ向かった。すると1組、数人の冒険者の集まり_パーティー_が広間のテーブルで何か話していた。
俺は神の力の1つ<地獄耳>を使ってそのパーティーの会話を盗み聞きしようと…、するまでもなくその会話は聞こえてきた。
「クレア、そろそろ本格的に冒険者に復帰しなよ」
「他のパーティーの冒険者だってお前の復活待ってるんだからな」
今、クレアって言ったか?まさか、アイツのことか…?と思ったが、そこにいた少女は星空のように蒼く煌びやかな髪に2本の不揃いな角を左右の側頭部から生やした龍星人の少女だった。
「クレアって、クレア・シンファータか?」
「…あ、君って…」
やっぱり、そうだったらしい。