第四章 力の真実
第四章 力の真実
ジアイーダ大陸――――― 。地図の上では最も北西に位置している大陸である。八大陸の中では四番目に大きい大陸で、つまり『真ん中』というイメージがジアイーダには定着している。あちこちの国で戦が多く、世界中に散らばっている傭兵たちが、とりあえず仕事がないから、ジアイーダにでも行ってみるかという具合だ。平和な国もあれば殺気立っているという国もあり、ジアイーダ大陸に一番似合う言葉は「混沌」なのかもしれない。
そういう場所だから、人々の仲間意識は強く、結束も固い。大きな街は街というよりはもう都市で、一つの国家にも匹敵するほどの力を持っている。そんな都市には当然独自の防衛機構があり、北西都市ラカスティスもその例外ではなかった。
ジアイーダの代表都市は四つあり、北東のアイル、南東のミュファス、南西のホルドマク、そして北西のラカスティスである。これらは先述したように国家とほぼ同様の経済力を持っており、しかしながら君主を持たない。言ってみればいざという時に守ってくれる
軍隊がいないということになり、それは、例えば野盗が来ても他の国が突然襲撃してきても、兵士がいないのだから戦えないということに繋がる。四都市が過去何百年もの教訓を踏まえて、それぞれ独自の防衛機関を設置していた。
アイルは衛士団、ミュファスは巡邏隊、ホルドマクは戦闘部隊、ラカスティスのそれは単純に警備隊と呼ばれている。彼らは市民の安全と秩序を守るために日夜努力し、いざ所属している都市が危険な場面に遭遇した時は、正に兵士として戦うことを辞さない武装集
団である。一国の騎士団と同じくらい入隊することが難しく、剣の腕はさることながら、正義感の強さや人格も審査に含まれる。一人一人が都市の防衛機関の代表であり、いざという時に命を捨ててでも率先して市民の命を守ろうという気概とそれなりの審査条件が整
っていれば、門戸出身は一切問われない。貴族の子弟もいれば、元冒険者、傭兵上がり、奴隷だったという者もいる。いずれも厳しい入隊審査をパスして入隊した者たちであり、一種の社会的な信用ある職である。であるから、彼らは市民から厚く信用され、慕われ、敬われ、非常に頼りにされている存在なのだ。
ナタリアも、そんな警備隊の一人だった。
女性戦闘員に偏見のない警備隊は彼女の他にも多くの女戦士や元傭兵などを入隊させていたが、とにかくその豪快な性格と剣技、人一倍どころか人十倍くらいの正義感をかわれて抜擢されたのであった。
まっすぐな性格で、曲がったことが大嫌い。汚い真似をして百点をとるのなら、いっそ潔く答案を白紙で出して、それでも自分は清廉だと胸を張るような気持ちのいい女だ。物事にこだわらず度胸がよく、直情径行で単細胞ではあるが、面倒見がよく太っ腹。その上美人ときたら、人が集まらないわけがない。
「ナタリアを見るといい紅茶が飲みたくなる」
という言葉が巷に定着してしまったほど、彼女の瞳は美しい紅茶色をしている。うすく淹れた紅茶の色、とでも言うのだろうか。髪も明るい茶色で、少々巻き毛になっている。 肌は白すぎず黒すぎずほどよく白い。透けるような、というよりは、大理石の肌が少々日焼けしたような感じだ。風邪一つひいたことがないという本人の言葉どおり、健康そのもののエネルギーが全身から発散されており子供と老人に人気がある。すらりとした長い手足、夏などに軽鎧から伸びた二の腕を見ると、惚れ惚れするほど鍛えられている。なんでもそうだが、無駄な肉のない鍛えられた筋肉のある身体というのは美しい。やりすぎは逆効果だが、正にナタリアはその限界まで鍛えられている。シュトール大陸からわざわざ来た彼女は、入隊時の面接で他都市にも同じような施設があるのに何故わざわざラカスティスを選んだのかという質問に、
「警備隊という名前が一番簡単だから」
と答え審査の者たちを笑わせてくれたというエピソードも持っている。
とにかく、ナタリア・ウィラードという女はこういう性格であったから、突然警備隊内に起こった不可解な事件にも、我慢ができなかった。
その事件の発端は、警備隊の紋章を付けた人間が、夜間同じ警備隊の者に斬りつけたという事件だ。
無論のことこれは大問題となった。市民に直接関係のないことだが、その市民を守るのに内部でそういった事件が起こるというのは信用問題にも発展しかねない。斬られた者は重傷を負い、今もって意識が戻らない。ただ発見された当時---------発見したのも警備隊の者だったのだが---------苦しい息の下から、やっとのことで警備隊の紋章をした人間にやられた、と言ったのだそうだ。
警備隊隊員は、暗雲立ちこめる雰囲気でその報告を聞いた。
誰か裏切り者がいる。
警備隊の紋章をつけ、市民の信頼と憧憬とを背に受けておきながら、意味もなく仲間を斬り今もって生死の淵を彷徨わせている者が。そしてその裏切り者は、今もどこかの地区で警備隊の紋章をぬけぬけと身につけ、市民に安全を呼び掛けながらまたも誰かを斬ろうとしているのかもしれない。
「このことは市民に知られてはならない。警備隊からそんな人間が出たと知られれば、我我の信用は失墜する。警備隊の人間は一人一人が警備隊の代表だ。代表が罪を犯せば他の
警備隊の者も同じものと言われても文句は言えない」
彼らはこう考えた。それはナタリアも賛成だった。これ以上今の状況を悪化させないのが、事件再発を防ぐ遠いが確実な方法だ。
「そのため厳重な警戒体勢と今まで以上の取り締まりが必要だ」
しかし犯人はなかなかわからなかった。ラカスティスは広く、比例して警備隊の人数も多い。千人近い人間の当夜の行動など、当番の者を除いても掴めようはずもない。つまり全員にアリバイがないのだ。打ち合わせにしても交替の引き継ぎにしても、
(こいつかもしれない)
という相手に対する疑心が頭をもたげずにいられない。
悪いことに、ナタリアは事件が起こった当夜の地区の当番だった。当然、この地区の当番や担当に与っている者は他よりも疑いの目が濃い。
「我々の中の誰かかもしれないってことか」
誰かがぽつりと言った。
「・・・」
ナタリアは何も言わなかった。間違いではない。身内の誰かがやったことに違いはないのだ。
しかし---------なんだ? 喉に骨が引っ掛かったようなこの感じは。
「ナタリア」
この日ナタリアは昼番で---------夕方まで勤務して家路に着くところであった。夕暮の街の中を歩いていると誰かが声をかけてくる。
「今日昼番だろう。俺も日没の引き継ぎ済んだら終わりなんだ。どうこの後暇なんだろ」
「うん」
「じゃあ家にこいよ」
「・・・いいよ」
ナタリアはハリエットにそう答えた。二人は隊でも公認の仲だ。
ハリエットは、恋人にするには理想的な男だった。すらりと背が高く、陽射しを浴びて微かに茶色く光る黒髪と、切れ長の涼しげな目元。優しい上に面倒見が良く、人を引っ張っていく能力に長けている。剣の腕は近々地区隊長になるという専らの噂になるほどで、正にナタリアとハリエットは理想的な恋人同士と世間は言う。しかしお互いにそう思ってはいない。そんな鼻にかけない態度が、二人の周囲に人を集める一番の要因といえる。
この夜ナタリアは二人で食事を作って食べ、そのままハリエットの家に泊まった。
「・・・君は不思議だな」
「---------」
肌を交わした後ハリエットはこんなことを言う。
「どうしてシュトール大陸からわざわざ? 似たような機関はいくつもあるんじゃないのかい」
「・・・別に。あんまりよく考えなかったなあ・・・出身大陸内だと色々話に聞いたりするからわかりすぎててつまらないっていうのもあるし、あとは、」
ナタリアは一呼吸置いてから言った。
「・・・こういう仕事って、自分を知らない人間がいたほうがやりやすいじゃない」
「---------」
ハリエットはじっとナタリアを見つめていたが、
「そう思わない?」
と振られ、微笑まれて、たまらなくなったように彼女を抱き締めた。
「ちょ・・・ちょっとちょっと」
「愛してるよ」
「---------」
ナタリアの目が伏しがちになった。
警備隊内に立ち篭めている不穏な空気---------。その中でもこれだけ信じ合うことができることの喜び。ナタリアはそのまま目を伏せ、ハリエットに導かれるまま、眠らぬ夜へと墜ちていった。
悪い事に、二度目の事件が起こった。
最初の事件より一ヵ月後のことで、当番が代わっていたにも関わらず、またもナタリアの担当する地区に近い場所だった。しかし実際には隣の地区となる。
「それがなんだっていうの」
苛々してナタリアは思わず言った。
隣だろうとなかろうと、再発したことに変わりはない。そして隣の地区だからといって自分たちの地区に関係がないといえば嘘になるのだ。
隊内部は重苦しい雰囲気に包まれた。
そして三度目。今度は二度目の事件から二週間ほど後のことだ。さらに一週間後、四度目の事件が。次第に間隔が狭まっていく。なにもナタリアの担当する地区ばかりではなく遠く離れた地区でも起こっていたが、もうそんなことは問題ではなく、警備隊内は暗い空気に包まれていた。
そしてついに五度目---------。
「一体どうなってるんだ」
焦りと不安、苛立ち、そして恐怖を抑えられないように、誰かが立ち上がって叫ぶようにして言った。
「誰だ? 誰がやってるんだ。一体何のために仲間を狙うんだ!」
どの地区でも同じようなことが起きていた。結束が固かったように見えた警備隊の信頼関係は、針の穴ほどの疑いが元で今、音を立てて崩壊しようとしている。
そして次の日。
ナタリアとハリエットの担当する地区でとうとう六度目の事件が起きた。
警備隊内は恐慌状態になった。
「我慢できん!」
「誰だ! 絶対にこの中にいるはずなんだ!」
「・・・」
ナタリアはその情景を悲しげに見つめていた。そんなナタリアを、同じようにハリエットが見つめていた。
「・・・・・・」
「? どうかした?」
「・・・まさか・・・・・・」
「---------え?」
「・・・君じゃないだろうね」
「------------------」
ナタリアは絶句した。絶句というよりも、目の前が暗くなった。背後では、不安定な精神状態に長くいた隊の者たちがとうとう感情を抑えきれなくなって怒鳴り合っている。
「お前か!?」
「そういうお前こそ!」
それを遠く聞きながら、微かに青ざめてナタリアは聞く。
「・・・今・・・・・・今なんて言ったの」
「犯人はえらく腕が立つらしい・・・まさか君じゃないだろうね。昨夜はどこに? いや、どうとでもいえるはずだ---------君なのか・・・?」
「! ---------」
ぶちん、とどこかで何かが切れた。ナタリアは目の前にあったテーブルに片足をドン! と置き、
「ふざけんなあっ!」
と凄まじい剣幕で怒鳴った。びりびりと空気が震えた。
罵り合い、掴み合っていた仲間たちが、ぴたりと止まって彼女を見る。
「こんなことぐらいで簡単に仲間を疑うたあどういう了見だ! どんなことがあっても、仲間だけは信じる! それが警備隊なんだろうが!」
「し・・・しかしナタリア」
「うるさい! こういう時、人間が人間を信じなくてどうする!」
ナタリアの剣幕に、そしてその言葉に、誰もが後ろめたくなってしゅんとなった。
---------確かにそうだ・・・恐怖と焦り。そんなものにつつかれて、なんということをしてしまい、なんということを言ってしまったのか。
「---------あたしは警備隊を辞める」
「!」
「ナタリア・・・!」
「何を・・・!」
「やかまし。仲間同士を信じられないような連中のいる場所にはいられないね。ただし! この事件が終わってからだ。終わったらすぐにここを出る」
それだけだった。
ナタリアは煙もうもうといった感でそこを出ていき、家に向かった。
その道の途中ナタリアが襲われたという一報が入ったのは、深夜になってからだった。
「犯人を・・・?」
「ああ。捕まえたらしい」
「それは犯人も・・・気の毒に」
駆け付けた誰かの呟きの通り、捕らえられて警備隊各地区支部に送られた犯人は、ボコボコになって縄をうたれていた。なにしろ、運ばれた先の医者がどうしてこれで生きているのかと不思議がったくらいだ。
「わ・・・」
「こ・・・これはナタリアが?」
「なんでもこれで生きているから医者が不思議がったとか」
「医者に不思議がられるとは凄い。ナタリアは?」
「ああ。今奥で事情を聞いているよ。なんでも後ろからいきなり斬りつけてきたらしい」
犯人は、警備隊の者ではなかった。
昔警備隊の入隊審査を受け、失格した者の仕業だった。
憧れ続けた警備隊に入隊できず、なのに自分以外の者が警備隊の紋章をつけて街を歩き市民の信頼を一身に受けている。それがたまらなく悔しく、偽物の紋章を造り犯行に及んだらしい。六件の殺人未遂である。一生牢から出られないだろうとの専らの噂だった。
そして自ら事件を解決へと導いたナタリアは---------この日から一週間後、正式に隊を脱退した。幹部の者も総隊長も彼女を惜しがって止めた。仲間たちもこぞって止めた。
ハリエットすら、あの日のことはどうかしていたと言ってきたが、ナタリアにとって彼の言葉だけが引き金になったわけではない。しかし彼女は去っていった。
警備隊は今でもラカスティスにある。しかし、ナタリアという逸材を失い、今後の重要な課題を与えられ、警備隊の者自身の考え方が変わろうとしている。
人間が人間を信じないでどうする---------。
ナタリアの言葉は、今も語り継がれている。
こうして放浪の身となったナタリアは傭兵生活に身を投じた。ジアイーダは戦争の多い大陸である。どこかへ行けば必ず稼げる。おまけに警備隊にいたことがあるといえば、大抵隊長クラスで仕事を割り当てられるので日銭には困らない。不祥事を起こして脱退した
わけではないので、ナタリアは警備隊の紋章をそのまま持っている。いつどこででも、何かに困ることがあれば、その紋章の後ろに控えている大都市ラカスティスの警備隊が責任を持って彼女の身分を保障し守るという意味だ。
そしてナタリアは、銀髪の女戦士ジェルヴェーズと出会った。
発端はナタリアが隊長を務めていた時の隊にジェルヴェーズがいたところから始まる。
ジルヴェーズは、わかりにくい女だった。
いつも黙っているし、笑わない。仏頂面といった方が正しいというような時もある。それでいて別に不機嫌なわけではない。単純で笑顔の絶えない、終始人が周りにいるナタリアには、気が付くと一人でいるジェルヴェーズという女は未知の存在でしかなかった。
銀色、というよりは、曇り銀、とでも表現したくなるジェルヴェーズの銀色の髪。それは、月が出ているのに雨の降る珍しい夜、それも春の、月の光を受けてにぶく光る雨の色のようだ。まっすぐで長くて、後ろから見ると冬の滝を思わせる。瞳は澄みわたった秋の
日の空。濃く深く、あくまで青の侵入を受けない空の色だ。通った鼻筋と、大抵はきりりと結ばれた口元。目の大きいナタリアとは対照的に切れ長で涼しい目。寒い所で生まれたのではないかと憶測したくなるほど透けるように白い肌。いや、本当に透けているのだ。
そのくせ、ひどく厭世的な感じがする。よっぽど嫌な体験をしたのではないかと思うほど隠者のような空気が彼女から滲み出てくるのがわかるのだ。
そしてまた、傭兵たちの間では恐怖の的になっているくらい、ジェルヴェーズの腕はたつ。
ナタリアは戦場でそれを見て見惚れたほどである。ある日、とうとう好奇心に耐えられなくなって話し掛けてみた。
「なんでそんなに腕がたつのに隊長になんないの?」
ジェルヴェーズは突然話し掛けられて少し戸惑ったようだったが、すぐにいつもの仏頂面になって答えた。重ねて言うが、彼女は機嫌が悪いわけではないのだ。
「・・・別に。・・・面倒だし・・・」
「ふうん・・・まあ言えてるね」
その後はとりとめのない話をしていたのだが、途中で中断された。ナタリアの隊は今前線の真っ只中にいて、ちょうど敵襲の報せが来たからだ。
ナタリアは嬉々として剣を掴み表へ出た。
飛びかう血飛沫。一気にのぼせる頭。怒号が飛びかい、自分が何を叫んでいるかもよく聞こえない。周囲の動きがひどくゆっくりで、耳鳴りがし始めた時。
「ナタリア! ---------後ろ!」
鈴を鳴らしたような声がした。ナタリアはハッとしてそのまま振り向かずに剣を後ろへ突き刺した。ぐっ、という呻き声がして、ナタリアを後ろから狙っていた兵士が倒れた。
その後も夢中で戦い続け・・・とりあえずその場をしのぎ、野営地まで戻って、ナタリアは改めてジェルヴェーズの元へ行った。
「さっきはありがと」
「え?」
ジェルヴェーズはそんなことなど忘れているようだった。
「・・・・・・ああ」
それだけであった。視線を下にやり、目を静かに伏せ、またゆっくりと開く。
杯を弄んでは舐めるようにして酒を飲み続けている。ナタリアは急速に彼女に興味を覚えた。遅すぎる食事を食べながら、明日のことを考える。この日はナタリアの好物の鶏の薫製焼きだ。よほどの最前線でない限り、傭兵に対する給食というのは、案外充実している。
「・・・そんなに食べるとお腹こわすよ」
「平気だもーん」
ぱくぱくと食べ続け皿を重ねるナタリアに思わず言ったジェルヴェーズであったが、その心配は的中した。
「うーーーーーーーーーーん・・・」
「だから言ったのに」
呆れてベットに横たわるナタリアを見、部屋を出て集会場所に行くと他の隊の隊長が顔を上げる。
「ナタリア隊長はどうした」
「お腹をこわして寝込んでます」
「は・・・?」
「食べすぎで」
ジェルヴェーズも呆れたように言う。
「らしいな」
隊長たちは口を揃えて言い、愉快そうに笑った。二、三日は敵もやってこないということだった。
ナタリアは三日後に回復した。
「いやー死ぬかと思ったわ」
「・・・次の日に敵襲があったらどうするつもりだったのよ」
「んー? まあその時はその時かな。そういうピンチに強いんだ、あたし」
はっはっはっはっ、と腰に両手を当てて意味なく威張るナタリアを見て、ジェルヴェーズは何も言う気をなくしている。
確かにそうらしい。鼻歌を歌いながら前を行くナタリアを見て、ジェルヴェーズもまたこのナタリアという女に興味を覚えていることに気が付いていた。
気が付けば戦地で隣におり、戦いを互いにフォローしあい、無事戦を終えて共に旅するようになっていた。正反対といえばあまりにも正反対の二人だからこそ、自分にない魅力的な部分を持つ相手に惹かれたというのがあるのだろう。
次の戦地はもう戦争も終盤に近く、二人はそう長い間戦地にいずに済んだのだが、それにも関わらずひどく印象が残った。
なぜかというと、隊長がナタリアで、ナタリアが女で、女が元警備隊員というのが気に入らないナタリアの隊の者が、彼女に喧嘩をふっかけたからである。
「よう隊長さんよ」
事の始まりは、食後の一時にほろ酔いになったその男がナタリアのテーブルに近付いてきたことから始まる。
「あんた元警備隊だったんだってな・・・オレも受けたんだよ、警備隊」
ジェルヴェーズがぴく、と反応した。顔を上げる。
「まあ落ちちゃったけどねーえ。へっへっへっへっへっ」
「・・・そんな腐れた根性だったら落ちて当然だわ」
「……ナタリア」
「だからってよう・・・あんたが隊長ってのはちょっといけすかねえよなあ。な?」
「---------何が言いたい」
ナタリアの目付きが変わった。あーあー、ジェルヴェーズは心の中で目を覆う。この男は明らかにナタリアに喧嘩を売っている。知り合ってまだ一ヵ月足らずだが、日夜冒険を共にしていれば一ヵ月は充分すぎるほどの時間だ。ナタリアという女をわかるのには、こ
れまた多すぎるほどの時間である。
「うーん・・・つまりねえ・・・あんたの下にいるのが嫌なわけ。女の下にいたってつまらないミスで死にそうだから」
ナタリアは黙って立ち上がった。周囲の空気が凍る。
「表に出な」
「おうおう望むところだ」
「ナタリア」
ジェルヴェーズは咎めるようにナタリアを呼んだ。
「いいのほっといて」
「・・・・・・」
ジェルヴェーズは、ナタリアが警備隊を辞めた理由を知っている。ナタリアがそれとはなしに話してくれたのだ。その話だけでも、彼女がいかに正義感が強いかがわかる。とにかく曲がったことが嫌いで、だから不当に評価を下されることにも我慢がならない。
「おいおいジェルヴェーズよ。止めなくていいのかい」
他の隊員が心配して表に出来た野次馬の群れを見ている。その中央には、男とナタリアが剣を構えて対峙しているはずだ。
「ん? ああ・・・いいんじゃないの。どうせ勝つんだし」
「自信満々だな」
「あんただってそう思ってるんでしょ。---------馬鹿でも単純でも、彼女は警備隊にいたことがあるのよ。あんな警備隊に昔落ちたこと根に持ってるような男になんか勝てっこないよ」
「同感だ」
キィィン!
「始まったぜ」
「・・・・・・」
ジェルヴェーズは腕を組んで遠巻きにその様子を伺っていた。
ザッ!
キィン!
キィィィン!
目を閉じる---------剣戟の響き。二度、三度、四度。周囲を囲っているであろう野次馬たちがおおっ、というどよめきを上げる。そして再び剣戟。今度は片方が少し乱れている。二度、三度---------四度。
カーン・・・
乾いた音。剣を弾いた音だ。
「どあほうが・・・百万年早いんだよっ!」
威勢のいい啖呵。腕を解いて顔を上げたジェルヴェーズの秋の空色の瞳に、ナタリアが大して得意気な顔もせずずかずかと歩いてくるのが見えた。
で、結局---------その男は、負けたことを腹いせに思っているのか、それ以来ずっとついてくる。戦争が終わって傭兵たちが散り散りになった後も、男はつかず離れずで二人の後を追ってきた。別にそれで危害を加えようというのではない。しかし悪意があるのは物陰からの様子だけでもわかる。二人が閉口したのは、向こうが二人が尾行に気付いていないと思っているところだった。
ため息まじりでジェルヴェーズはちらりとナタリアを見る。
「な・・・なによう」
「別に」
しかし、その秋の空色の目は明らかにこれはお前のせいだと言わんばかりだ。
「な・・・止めなかったくせに」
「止めたって無駄だからよ。まああいつ・・・」
ちらりとジェルヴェーズが見た窓際には、男が物陰からこちらを伺っている様子がばっちり見えている。ジェルヴェーズは頭が痛くなってきた。
「・・・害がないからとはいえ・・・うっとうしいね」
「その内どっかに行くんじゃない?」
「・・・・・・いっぺん死んでみる?」
楽天的なナタリアに、思わずジェルヴェーズが毒を吐いた。
ジェルヴェーズの悪い予感は当たった。
数日して二人は街を出、とりあえず一番近い大きな街まで行って、どこかで戦がないかを調べるつもりだ。無論、他大陸で戦争があるようなら、そこまで行く。情報はあちこちに散乱し、片寄りがちで、だから移動が欠かせない。ふとしたことで知り合った旅人と意見や情報を交換するのも大切なことだ。
ジアイーダは草原の多い大陸である。街から街へ、移動はほとんど草原を渡るものだといってもいい。街から大分歩き、太陽も中点にさしかかろうという頃---------。
「---------ナタリア」
「気付いてる」
二人は同時に立ち止まった。そしてその瞬間、
ザッ
ザッ
数人の男が、にやにやと笑いを浮かべて草の影から現われた。その中央には、ナタリアに一騎討ちで負けたあの男がいる。
「でたなーしつっこい男だね」
男は何が余裕なのか、にやにやと笑いながら腕を組んだ。
「オレは根に持つタイプでね・・・我慢できなかったんだよ」
「いいけど・・・後悔してもしらないよ」
「さあ・・・」
ザッ。
男が言った途端に---------二人の周囲を、およそ二十人ほどの男たちが囲んだ。
「それはどうかな」
「---------」
「---------」
二人の間に緊張がはしった。
1
そもそもディアスは、ジアイーダ大陸があまり好きではない。
好きではない、という言い方は語弊があるかもしれない。ただ剣士として独特の信念を持って生きる彼には、どうもこの大陸全体を覆う殺伐とした混沌に満ちた空気が好きになれないのだ。傭兵として戦で稼いだことがある身分だから、偉そうなことは言えないのだ
が、どうも落ち着かない。風が砂っぽいというか、乾いている。そのくせこうして草原が多いのだから、やっていられないのだ。
「次の街までどれくらいかしら」
「あと二日くらいだってー」
セシルとリスレルは並んで話し合っている。草をかきわける手つきも慣れたものだ。
「・・・・・・」
ふと吹いた風に、ディアスは空を見上げる。何か聞こえたような気がしたのだが。立ち止まって風が吹いてきた方向に目をやる。耳をすます。
「---------」
「ディアス? どうかしました?」
エストリーズが立ち止まって話し掛け、ディアスはもう一度空を見上げてから、
「・・・いや・・・なんでもない」
呟くように言い、エストリーズと共に歩きだした。
ここ最近は天気がいい。十一月だというのに気候は穏やかで、小春日和が続いている。
旅の空の暮らしではそれが一番ありがたい。戦を避け、そろそろ別の大陸に移りたいという声が仲間内から聞こえてくる。それもいいな、とディアスは思う。確かに、この大人数で戦に行くのはあまりよくない。仲間の心配を戦いの真っ最中でもしてしまうからだ。
そういう時の仲間の数は、できるだけ少ないほうがいいというのが理想だ。しかしそこまで考えてディアスは自嘲気味な笑みを浮かべた。
戦が好きではないと言っておいて、これだけ詳しいとはどうしたものか。
ディアスは空を見上げた。
秋の空が広がっている。なんと澄み渡った美しい空色だろう。
(俺は---------一日一日堕落していっている)
(それもいいか・・・)
あの日守り通せなかった大切なものの数々---------そんな男には相応しい末路だ。
ふと視線を前に戻すと、アリスウェイドが立ち止まっている。
「? どうした」
「しっ」
彼は真っすぐに前を見ている。ディアスが視線を追うと、草原のど真ん中で大勢の人間が剣を抜いている。
「喧嘩か・・・?」
「いや・・・違うようだ。見ろ、抜刀している男たちはすべて円を描いている。喧嘩にしては少しおかしい」
「おじ様、中央に二人人がいるわ。女のひとみたい」
緑の目をさらに細めて---------アリスウェイドは事態を把握しようとしている。
「私怨・・・か」
「男が剣を抜いて女を囲んでたら普通はそうだろう」
サラディンが剣を抜きながら言った。彼はもう助けにいくつもりなのだ。
「短気ですねえ」
「うるさいな」
アリスウェイドはまだ動かない。
「---------」
鷹のように鋭い瞳で草原の向こうを見つめているのみだ。
「あんたもしつこいね!」
女の一人の叫び声が上がった。囲まれている二人の女も、早くも抜刀している。
「一人でくるならまだしもなんだいこの連中は!」
「読めたな」
アリスウェイドが呟く。
「助けるか」
「無論」
アリスウェイドはシャッ、という音と共に抜刀した。ディアスがそれに続き、クロムが離れた場所でやはり剣を抜く。
ザッ・・・
風が渡るような音と共に、一瞬ののちアリスウェイドは草原に身を翻していた。
ザザザザ・・・
その音に、ナタリアとジェルヴェーズを囲んでいた男たちがぎょっとして振り返った。
「な・・・なんだあいつら」
「構わないからやっちまいな!」
シャシャッ・・・
男たちの半分が殺気だった目を向けて凄まじい勢いで向かってきた。
「まずい! ・・・奴ら本気だ」
ディアスは走りながらアリスウェイドに言う。あの殺気・・・戦地とそう変わらない。
あの男たちはよほど荒んだ生活をしていると見える。
「ならば殺す気でやらねばなるまい」
さらりと言い、アリスウェイドが構えた剣が、
ズザァッ
という音をたてて縦に空を引き裂いた。
(え・・・?)
ディアスは我が目を疑った。草が凄まじい勢いの風によって薙ぎ倒され、その風が意志を持った生きもののように男たちに襲いかかったのだ。
ザシュッ
「ぐあああっ!」
二、三人がそのかまいたちの餌食になった。
「裂風剣だ・・・!」
サラディンのつぶやきが聞こえた。呟くというよりは叫びに近かったろう。
「裂風剣・・・あれが・・・」
戦うことも忘れ、ディアスは立ち尽くした。目にも止まらぬ速さで風が駆け抜けた。しかもたった剣の一振りでだ。先代剣天、ドナルベイン・バルタザールが得意とする技である。
「な・・・なに」
ナタリアとジェルヴェーズも突然現われた助っ人に度胆を抜かれたようだ。
サラディンとヴィセンシオが走ってきて男二人と対峙している。
キィンン!
「神よ許し給え」
「ヴィセンシオ! その癖なんとかしろっ!」
「この者の荒んだ心をときほぐし汝の偉大な力によって癒し給え」
キィン
ガッ!
「な・・・なんだこの男」
ヴィセンシオと戦っている男も、さすがに驚いているというか、呆れている。祈りの言葉を唱えながら戦う男など初めてである。
「・・・なにこいつら」
茫然としていた二人であったが、そこを狙ったのか、間もなくナタリアもジェルヴェーズも男たちと戦うはめになった。こちらは多勢に無勢、ナタリアとジェルヴェーズが二人なのに対し相手は五人ほどである。しかし二人の戦いぶりは見事だった。すぐ近くで戦う
アリスウェイドの目にもその戦いの様子は映り、特にジェルヴェーズの戦いぶりが目につく。
(・・・ほう)
(あの太刀筋は・・・)
アリスウェイドの常軌を逸した炯眼がジェルヴェーズをとらえ、一瞬で彼はジェルヴェーズの素性を知ってしまったようだ。
「セシル!」
サラディンが怒鳴った。応援が遅すぎる。
「汝の腕を拠り所とし・・・ええいうるさいわね・・・今振るえその力腕汝は未知汝は未来その力もってして・・・破壊し給え!」
カッ
セシルの背中が凄まじい閃光を放った!
「〈力天〉!」
「〈星走〉!」
エストリーズの詠唱が同時に完成した。草原は、大地そのものを揺るがさない物質的なものではない地震と、突然空から降ってきた無数の小さな石のようなものにしばし埋めつくされた。
「な・・・あの二人・・・学師?」
「風の友風の下僕、我は風を統べ風に命ず・・・形なき美しき者たち姿なき麗しの者たち汝等風に命ず、我の意志さながら汝等の意志のごとく汝等が動き、舞うことを」
リスレルの詠唱が追い打ちをかける。
独特の形に組まれた指を前に出し、金の髪を乱して叫んだ。
「〈風舞〉!」
ズザァアアアアアアッッ!
ヒュゴオオオオ!
草原が嵐のような凄まじい風に包まれた。男たちは引き裂かれ、ある者は倒れ、またある者は傷つきながらも立ち続けてはいたが、最早戦うだけの気力は残っていないようだった。仲間たちもその風の凄まじさに立っているのがやっとで、一部は目も開けていられなかった。
草原はしばらく剣戟の響きに包まれていた。
「はー・・・助かったわ。ちょっとあの人数だったらやばかったわよね」
戦いを終えて、ナタリアがさっぱりとした顔でまず礼を言った。
「あんたに堪え性がそもそもないから」
ぼそりとジェルヴェーズが言う。
「う・る・さ・い・なっ。とにかく助かったわ。ありがとう。あたしはナタリア。こっちはジェルヴェーズ」
ジェルヴェーズは指先をちょいちょいと数度折って手を振る真似をした。無愛想なたちらしい。その後一行は名乗り合った。
「・・・アリスウェイド・・・?」
「・・・---------ああ…」
ナタリアより早くジェルヴェーズは気が付いたらしい。
「えーとどっかで・・・---------ああ!」
ぽん、とナタリアは手を叩いた。
「剣天のアリスウェイドね!」
「これが一般の反応だよねおじ様」
「・・・・・・」
リスレルの鋭い突っ込みにアリスウェイドは苦笑せざるを得ない。
「そっかそっかー。うん、強いはずよね。なるほどなるほど」
日も暮れ、仕方がないから一行はそのままそこで野営することになった。ディアスはいい顔をしない。自分を無理矢理孤独に追い立てて罰としているこの男には、この人数は毒だ。
「ふーん・・・ずっと旅をね・・・ふーん・・・」
ナタリアはエストリーズやセシル、リスレルと話す内興味が湧いてきたようだ。
「ナタリア! 手伝いなよ」
「はいはい」
薪を拾うジェルヴェーズに呼ばれてナタリアは立ち上がった。リスレルはアリスウェイドやディアス、クロムと共に先程戦った男たちの埋葬に付き合っている。
「すごい傷・・・これはリスレルのだな」
「うむ。周囲が草原ということを考慮して炎や雷の魔法を使わず風だけに収めた。さすがは弟の娘だ」
「えへ」
さすがにディアスが呆れていると、薪を拾っていた二人が近付いてきた。
「もう終わった? こっち手伝って」
「・・・・・・」
リスレルは、ジェルヴェーズを注視しているアリスウェイドに気が付いた。
じっと彼女を見ている。ジェルヴェーズも気が付いたのか、一瞬むっとした顔になって投げるようにして薪を彼に渡した。
「---------」
リスレルはちょっとだけどきりとして、少しの間そこから動くことが出来なかった。
「ねえねえ決めた」
「はあ?」
食事のために火を焚こうとしている最中、ナタリアはいきなり口を開いた。
「あたしもついてく」
「・・・はあ?」
ナタリアの言葉には仲間たちもぎょっとして彼女を見た。
「ナタリア・・・さん……あの……それは」
「だって剣天よ! アリスウェイド・ジェラコヴィエツエよ! 面白そうじゃない。絶対ただの傭兵やってるより面白いことあるって」
「なに決め付けてんのよ」
「違う違う。あのね、こういう人間離れして凄い人っていうのは、望まなくても事件が向こうからやってくるもんなの。体質なの。そういうもんなのよ」
「一理あるねおじ様」
「・・・」
「だからついてく。いいでしょいいでしょ?」
だめという理由もない。男たちは何も言わなかった。無口な者がほとんどだ。ただサラディンだけは、
「・・・お、俺はいいと思う」
と言ったのだが。
「わたくしもいいと思いますわ」
「うん。私も賛成」
「はーいはーい私も」
女三人は一斉にアリスウェイドを見た。もうとっくに諦め顔だ。
「好きにしなさい」
「やったーやったー」
ナタリアは大はしゃぎである。この女のこういうところが、誰にでも愛される要因の一つかもしれない。
「・・・あんたはまた勝手に・・・」
「え? 何ジェルヴェーズ。嫌なの?」
「・・・・・・いいわよついてくわよ」
半ばジェルヴェーズの答えは自棄になっているようにも聞こえたが、彼女がどんなに文句を言っても、結局ナタリアについていってしまうのだろうな、セシルはそんな風に思った。この二人の女戦士は、お互いが側にいるのが楽しくて頼もしくてたまらないに違いな
い。
と、いうわけで新たに加わった二人を仲間に、一行は次に行く街目指して草原を渡り続けた。
「はあー? クロムはサラディンの仇?」
リスレルに詳しい話を聞きながらナタリアは思わず声を上げた。サラディンは名を呼ばれてちらりと振り向き、クロムは相変わらず、耳などないような無反応ぶりだ。
「・・・・・・」
ナタリアはクロムの背中を見つめた。
「・・・それでなんで一緒に旅してんの?」
「うーんとね・・・えーと・・・おじ様が勝負を預かったの。クロムと一緒に旅してて、彼はそんな人間じゃないっていうのが一番の理由。でもクロムはそれを否定してないの。サラディンの仇は確かに自分だって認めてるの」
「・・・はあ」
「それで結局サラディンが自分の目で確かめるのが一番いいだろうっていう結論になったのね。んで一緒なの」
「変なのー・・・」
「それでねえ、クロムとセシルはいい関係なの。エストリーズとディアスはその一歩手前なの」
「複雑ねえ」
前でその話を聞くともなしに聞いていたディアスはさすがに頭を抱えた。
「~~~~~」
その様子を横目で見て、アリスウェイドがくすくす笑いながら、
「一歩手前から前進したらどうだい」
とディアスに言った。剣士は顔を上げた。
「・・・」
「エストリーズはいい娘だ。まっすぐだし、なにより君を想う心は人一倍だと思うが」
「---------」
ディアスは黙って前を向いた。その人を突き放す湖のような静かな瞳。
「・・・俺はだめだ」
「---------」
断言する彼を不審に思って、アリスウェイドは質問を続ける。
「ずいぶんはっきり言い切るな・・・理由でもあるのか」
『逃げて!』
「・・・・・・」
青い瞳は前を向いたまま。
「・・・別に。それだけの権利がない。俺のような男は・・・--------- 一生独りでいるのがいいのだ」
それが罰---------自分が自分に下した罰---------。
「------------------」
アリスウェイドは敢えてそれ以上何も言わなかった。
ディアスの過去に何があったのかもは知らない。どんなことがあったのかも知らない。
ただわかったのは、彼の心の中に、どうしようもなく深い沼があるということだけだ。
黒く深く底のない沼が。
サラディンはその夜、焚火の向こうに座る女戦士、新しく加わったナタリアを見て、自分の心がおかしいということに気付いていた。
(う?)
ナタリアを見ていると・・・胸がどきどきしてくる。顔が熱くなる。
(おかしいな---------・・・前にもこんなことあったような)
「・・・・・・」
そのサラディンをずっと横から見ていたヴィセンシオが、そんな彼を見て身を乗り出してきた。
「サラディンサラディン」
「?」
「二兎を追う者、ですよ」
ふふふふふ、と笑ったヴィセンシオ。完全に見破られている。
「なっ・・・」
サラディンはかっとなった。
「失礼なことを言うな! お、俺はだなあ」
「ははーん図星ですね。顔真っ赤」
「う・・・」
ジェルヴェーズはそんな二人のやりとりをじっと見ている。
「漫才見てるみたい」
つぶやきを聞き取り、セシルが笑いながら言った。
「そうね。そんな感じ。退屈しないわよ」
ジェルヴェーズはセシルをちらりと見てから言う。
「・・・大所帯だね。やりにくくない」
「別に。気持ちのいい連中ばっかりよ」
「・・・・・・」
「え?」
「結構育ちがいいでしょう、セシル」
「---------」
「家捨てて・・・冒険の旅なんて変わってる。ああそうかクロムといい仲なんだっけ。それでか・・・ふーん・・・」
ジェルヴェーズはそこで横になって星を見上げてしまったのでセシルは彼女の一人の時間を邪魔すまいと、それ以上は何も言わなかったが、内心、この厭世的で無愛想な女戦士が短時間でそこまで見破っていたということに驚きを隠せないでいた。彼女はもしかした
らただ者じゃないのかも、というセシルの予想は、じきに当たることになる。
そんなジェルヴェーズを、アリスウェイドはじっと見つめていた。リスレルはそれが気になって仕方がない。
「・・・」
ナタリアは横にいてリスレルの様子にいち早く気付き、ずっと黙っていたが、アリスウェイドが、
「見回りに行ってくる。誰かついてくるか?」
「俺も行く」
「あ、じゃあ俺も」
「・・・」
ディアスとサラディンが立ち上がり、クロムは無言で剣を杖に立ち上がった。
「私は残りましょう」
ヴィセンシオだけ笑顔で言った。
「女性だけを残すのは心配ですからね」
アリスウェイドはうなづき、仲間をうながして闇の向こうに消えていった。
「・・・・・・」
思わずちゅう、と唇を噛んだリスレルを見て、ナタリアはのぞき込むように言った。
「叔父様が好きなんだ」
「え・・・」
セシルがその声に二人の方を見た。エストリーズは星を見上げて勉強中、ヴィセンシオも就寝前の祈りで集中しているのか、目を閉じている。
「・・・」
「隠さなくったっていいよ。目でわかる。まあわかる気はするね。強いし剣天になるだけあって徳もあるし、なんてったっていい男だし」
「・・・・・・」
「ちっちゃい頃から一緒なんでしょ? じゃあ無理もないよ。あれを越える男ってのはなかなかいないし、ずっと見てりゃあ他の男じゃ物足りないよね」
「------------------」
「・・・まあ、誰にでもあることさね、憧れを好きと思うのって。大丈夫、叔父と姪なんて結婚できるもんじゃないし、その内いい男を好きになったらあれは憧れだったってわかるよ」
「あの・・・血はつながってないの。義理の・・・――――というか・・・」
「え?」
これにはセシルも驚いた。ナタリアも慌てて聞き返す。
「---------って?」
「えと・・・私のお父さん・・・っていうのは、おじ様の弟なんだけど、ほんとの弟じゃないの。 おじ様のお父さんの血も引いてないの。赤の他人・・・という言い方がこの際」
「ああ・・・だからおじ様って」
セシルは絶句した。叔父様でもなく伯父様でもなく、なんだかニュアンスが違うなあと思っていたのだが、そういうことだったのか。
「昼間の・・・」
ナタリアは昼間の薪を拾っている際の、あの男たちを埋葬する時のアリスウェイドの言葉を思い出していた。確かこう言った、
『さすがは弟の娘』
と。どうしてもっと簡単に私の姪と言わないのかと思った。本当の姪ではないからだ。
「な・・・そうなの? じゃああんたたちって、実は本当はもしかしてなんの関係もない人たち?」
「そ、そう」
リスレルはこくこくとうなづいた。
「なんだってそんな・・・」
「そうよそうよー。なんでよ。聞きたーい。知りたーい」
「え、えーと・・・」
リスレルが説明しようとした時、向こうから影が見えて、アリスウェイドたちが帰ってきた。それに気付いてリスレルの説明は終わりとなった。
(ん? じゃ待てよ)
(赤の他人・・・ってことは)
ナタリアは顔を上げた。セシルも同じことを考えていたらしい、二人はほぼ同時に顔を上げた。
(結婚できないわけないじゃん・・・)
ナタリアは焦った。セシルも焦った。今まで自分が楽観的に考えていた以上に、リスレルがアリスウェイドを好きだという可能性もあるし、その気持ちにリスレル自身が歯止めをかける義務もないのだ。
「これは面白くなってきたー・・・」
ナタリアの呟きを聞いて、セシルは呆れたようにそっと息をついた。
「ヴィセンシオ・メルトゥイユと申します」
にこにこと笑いながらヴィセンシオが宿屋でこう言った。宿の主人は、珍しい大所帯の冒険者に戸惑いを隠せない様子ながらもてきぱきと台帳に名前を記した。
「ふーん大部屋かあ」
ナタリアは酒場を見渡しながら言った。
「あんまりできる体験じゃないね。ねえジェルヴェーズ」
「知らない」
ナタリアはからからと笑った。エストリーズは、ジェルヴェーズは機嫌が悪いのだろうかと思ったのだが、そうではない、ジェルヴェーズはいつもこういう反応なのだ。ちゃんと答えるのが面倒だから、短い答えしか言わない。ナタリアはそれがわかりきっているか
ら、別に気にもしない。ジェルヴェーズが本当に機嫌が悪い時など、そうはないのだ。
「えーとそれで、」
ナタリアは大部屋についてから部屋を見回し、
「食事までは自由行動、だよね」
「ええ」
セシルが答えると、横になっていたベットから飛び起きて剣を引っ掴み、
「あたし飲みにいってこよーっと」
「あ、え、ちょっと・・・」
セシルが言うより先に、ナタリアはさっさと部屋を出、酒場から出ていってしまったようだ。窓にはりついてリスレルが、
「わー・・・早足」
と思わず言ったほどだ。ナタリアは窓から見ていてもひどく目立つ。
「いいのかなあ」
セシルがぽりぽりと頭をかきながら言うと、ジェルヴェーズが相変わらずの無表情で言った。
「いつものことよ」
「---------いつものこと」
ジェルヴェーズは無表情なままうなづいて、ナタリアは時々ああして一人になりにいくのだと答えた。そうでもしないとお互い一緒にいるのがいやになにってしまうからと。
絶対に必要なことではないけれど、とても大切なことだと、ジェルヴェーズは言った。
ナタリアは仲間たちと共にとった宿から大分離れた場所で一人飲んでいた。
仲間やジェルヴェーズと一緒にいるのは確かに楽しいし頼もしく感じるが、ずっと一緒というのは疲れる。完全にプライバシーがないのも同じな環境におかれていて、互いの衝突を避けるためには、何事にもほどほどがいいという事をナタリアは知っているのだ。
酒場の隅で一人飲むナタリアは、当然のことながらひどく目立つ。女にしては高い背丈と引き締まった肉体、紅茶色の大きな瞳と同色の巻いた髪。そして戦士の出で立ちとくれば、そこだけ妙に華やいでいるというか、光を放っているというか、女性が持つ特有の華
があって、人の目が自然と向く。
しかしやはりナタリアも戦士としては一流の方だから---------隙がないといか、下手な男が気軽に話し掛けられないだけの迫力を兼ね備えている。まだ早い時間、酒場に集まり始めた男たちは、ちらちらと彼女を盗み見るだけで、話し掛けられるだけの力量が己れ
にないことを熟知しているのか、みじめったらしく酒を飲んでいる。
「ふんふんふーん・・・♪ いい酒はーいいー」
小さく歌いながらご機嫌のナタリアがもう一杯杯に酒を注ごうとした時だ。
表で女の悲鳴があがった。
悲鳴といっても恐怖の悲鳴ではない、俗に言う黄色い悲鳴、女が上げる特有の歓声の方である。
「?」
突然のことに驚いたのでナタリアはひょい、と沿道の方に顔をやった。
「ガラ様よ!」
「ガラ様だわ!」
「きゃーっ」
「素敵!」
酒場の人間はそのあまりの凄まじさに全員耳を手なり指なりで塞ぎながら道を茫然として見ている。
「きゃああああこっちを見たわ!」
「ガラ様!」
「素敵ぃぃぃぃぃ」
「すげえ悲鳴・・・」
ナタリア自身も耳を塞ぎながら思わず呟く。幸い窓際の隅の方だったので、沿道で何があったのかは見ることができる。
沿道には、一人の男がいた。娘たちはその男に向かって空気震えんばかりの黄色い悲鳴を上げているのだ。
なるほどいい男だった。
柔らかい春の日差しというよりは、冬の日だまりのような目を細めたくなる金の髪。きらきら、というよりは、つやつやといったほうがいいだろう。ナタリアの仲間には現在リスレルとヴィセンシオという二人の金髪がいるが、この男も並べば、同じ金髪でもどれだけ三人に違いがあるかというのが一目でわかるに違いない。瞳は不思議なブルーグレイ。 銀色の、というのには青すぎるし、青いというには灰色が強すぎる。一旦瞳を閉じ予期せぬ速さでその瞼が開かれ、吃と見開かれれば、どれだけ印象的な美しい色かがよくわかる。清い河の流れの、底の方にあるような色だ。肌は白いが陽にやけていて、その足取りと荷物からして彼が冒険者であるということが看破できる。くっきりとした鼻の線、終始笑いの絶えない口元。その笑いも、自分の容姿や女にどれだけもてるかというのがわかっていて、そこから生れる傲慢なものではなく、到って好青年で、証拠に寄ってくる女たちすべてに別け隔てなく愛想を振り撒いている。鎧を着ているがその上からでもかなりの鍛えた肉体がナタリアには想像でき、そしてまた、軟派ではないが決して硬派ともいえないこの男の空気に、きっとこの身体に抱かれた女は星の数ほどいるだろうな、とちらりと思った。
「さてお嬢さん方、お別れは惜しいがこの辺で」
なんと男はナタリアのいる酒場の入り口へ差し掛ろうとしている。
「えーっ」
「もうですかー?」
「だってまだ・・・」
しきりに口を尖らせる娘たちに、にこにこと正に『女殺し』な笑みを浮かべて、
「済まないがもう食事の時間なので・・・」
と言い、サッと役者のように身を翻して酒場に入ってきた。女たちは何か決まりごとでもあるのか、酒場より中まで入ってこようとはしなかった。しきりに窓から男の様子を伺っていたが、酔っ払いたちがからかうように手を振ってきたので、早々に散っていってし
まった。
「・・・・・・」
初めて見る類の人間に、ナタリアは興味を少なからず覚えてそっと観察してみた。
こういうモテモテな男はたいてい、ナタリアの頭の中というか、イメージでは、言葉遣いが丁寧で皮肉屋というのが強い。仲間ではヴィセンシオがそれに該当するが、元僧侶の彼はなんというか、人を引き付ける奇妙な優しさのようなものを全身から放っている。多
分人生の半分を僧侶として過ごしてきて、そんな空気が身についてしまったに違いない。
モテモテ男は酒場の中央やや奥の、ナタリアから見て斜め左あたりに座った。そこに置いた剣の長さの微妙な違い・・・ナタリアは彼が騎士であるということを悟った。騎士は馬上で戦うことが多いゆえに普通の戦士のそれよりも剣の刃の部分が長い。しかしこの男はどう見ても誰か特定の主人を持っているようには見えなかった。
とびきりの美青年・・・というわけではない。確かに男にしては馬鹿馬鹿しいくらいにきれいだ。しかしそれだけではない、戦う人間の持つ精悍さというか、逞しさというか、そんな男っぽいところも充分感じる。女が騒ぐはずだ。見た目がため息が出るほどきれいで、それでいて妙に男っぽい男というのは、容姿と雰囲気の相まったものが妙に異性を引きつけるのだ。
まあ自分には関係のないことだ、ナタリアは思い直して、また一人飲み始めた。
ところが男がナタリアを見つけた。彼はふと顔をあげたちょうどそこに大層美しい女がいたのでちょっと驚いたようだった。女戦士は珍しくないが一人というと話が違う。男はそれは不躾なくらいナタリアをじろじろ見ていたので、ナタリアもいい加減気付いていた
が、関わるのも面倒だし関わった時のジェルヴェーズの顔がまざまざと浮かんだので、ここは知らないふりを通すことにした。
しばらく飲んで大分一人の時間を満喫したナタリアは、そろそろ宿に帰ることにした。
まだ寝る時間まではしばらくあったが、明日また出発するのに、少し仲間たちと話し合いをしておいた方がいい。全員そのつもりだろうから、自分だけ遅く帰るわけにはいかなかった。
ナタリアが酒場を出ると、男はしばらく考え込むように肘をついていた。
気が付いてはいた。
しかし知らないふりをしたのは---------厄介を背負って帰って、ジェルヴェーズがどういう反応をするかを知っているとか、そういうことではない。気が付きたくなかったというか・・・気が付いていないふりをしていたかった。しかし何度も角を曲がり、やがてあと少しで宿というところまで相変わらず自分と一定の距離を置いてついてくる誰かの気配のことを考えると、このままその得体の知れない人間に自分の所在地を教えてやる気にはならなかった。ナタリアはいきなり走りだした。そして追ってくる気配を感じながら角を曲がり、そこで止まって振り返った。
「---------」
出てきたのはあのモテモテ男だった。
「・・・・・・間違いだったら謝るけど」
「はい」
「・・・・・・・・・もしかして・・・ついてきてる?」
「ああ・・・」
男はそのことか、という顔になった。
「ばれたか」
「・・・」
ナタリアは呆れてものが言えなかった。
「な・・・なに考えてんの!」
「いや・・・別に。君が好みだったから」
「------------------」
「ちょっと気になってどこが宿かなと」
「なにそれ・・・」
ナタリアは、自分はもしかして男に尾けられやすいのかな、とちらりと思った。
「それで・・・用はなによ」
「別に」
「・・・あんたさっき酒場にいた奴だね」
「ああ気が付いてたのか」
「ガラ様・・とか呼ばれてた」
「それなら話が早い。じゃ、行こうか」
言うと男は、ナタリアの手をとって歩き始めた。
「ち、ちょっと・・・」
ナタリアは焦った。モテモテ男は自分の泊まっている宿に向かっている。
(な、なんでわかっちゃってるんだろ・・・)
モテモテ男と遭遇したこの曲がり角は宿からわざと離れた場所にした。だからばれるはずはないと思ったのに。
(ジェ、ジェルヴェーズに怒られるう・・・)
「離して離して」
ナタリアは手を振りほどいたが、その時には既に時遅し、酒場の入り口にナタリアはいた。いつもの自分なら無理矢理手をほどき、威勢のいい啖呵の一つや二つ、浴びせているはずなのに。
(うー・・・)
苦虫を噛みつぶしたような顔でナタリアは酒場に入ったが、自分の後ろにいるモテモテ男を見た時のジェルヴェーズの顔には、勝てなかった。
仲間たちは既に揃っていた。
「お、お待たせ」
「・・・それはなに」
ジェルヴェーズは恐い顔で恐い声でナタリアの後ろにいる男を見た。
「え・・・え・・・と・・・つ、ついてきちゃった」
「ついてきたー?」
ジェルヴェーズの顔がひく、と引きつった。
「ナタリア!」
「はははははい」
「あんたって娘は!」
「だって違うもーん勝手についてきたんだもーんあたし悪くないよお」
リスレルはわくわくしてきてナタリアの後ろにいる男を見た。
「君は?」
アリスウェイドはモテモテ男を見上げて言った。
「ああ失礼・・・私はガラハド・シルヴェストルだ」
「・・・だからガラ様」
「そう。騎士だ」
ぴく、とジェルヴェーズがわずかに反応した。
「騎士・・・」
しかしそのつぶやきを聞き取ったのも、意味を正確に理解できたのも、アリスウェイド一人といってよかろう。
「それで何か用かね」
「随分と大所帯だな。用というか・・・酒場でこのお嬢さんと会ってね。ちょっと興味が湧いた」
「お嬢さんって呼ぶな!」
「失礼、レディ」
「~~~~~~~」
ナタリアは唇を噛みしめた。
「すごいね・・・ナタリアが言い負けてるよ」
リスレルはセシルにそっと囁いた。
「そうだわね。これはちょっと面白いことになるかもよ」
「興味が湧いた?」
「早くいえば惚れた。彼女の旅に着いていこうと思ったのだが・・・まさかこんなに大勢と旅をしているとは」
「勝手に決めないでよ! なによそれ」
リスレルはわくわくしてきた。また一人増えそうだ。
「キャーーーーーーッ」
と、その時、沿道から黄色い悲鳴があがった。ナタリアは、ついさっきその声を聞いた覚えがある。
「ガラ様よ!」
「先程はあちらにいらしたのにもうこんなに離れた所にいらっしゃるわ!」
「素敵!」
「ガラ様!」
「な・・・なんだありゃ」
サラディンも目をまんまるにしている。思わぬところでライバルが登場、というか、サラディンの場合リスレルとナタリアという二兎を追っているのでなんともいえない。
ガラハドはちょっと道の方を見て笑顔になり手を振り、表に出て女たちとしばらく話していたが、どうやらその内容は店の迷惑になるからというものだったのだろう、女たちは渋々といった感じで散り散りになって去っていった。
「失礼した」
と、ちゃっかり椅子に座ったりする。
(なにが惚れた、だあ・・・?)
ナタリアは顔が引きつるのを止められなかった。
(こんな遊び人みたいなのの言うことがいちいち信じられるか!)
(ぶーーっっっ)
「ナタリアすごいこわい顔」
「思うところあるんでしょ」
リスレルとセシルの言い合いを、エストリーズは困ったように聞いている。
「ところでお手前は?」
ガラハドはアリスウェイドに向かってまず言った。騎士が自分から名乗ったのだ。答え
ないわけにはいかない。
「アリスウェイド・ジェラコヴィエツエという者だ」
「アリスウェイド---------・・・剣天の?」
「・・・ああ」
ガラハドは仲間たちをちらりと見た。
「・・・・・・いつからこんな大所帯で旅を?」
「つい最近だ」
アリスウェイドの顔はなんともいえない表情になっている。仕方もない、ついこの間までは、本当にたった二人で旅をしていたのだから。
「なんか気に入らない奴だな」
サラディンは誰にも聞こえないように呟いた。ガラハドはアリスウェイドと話していて気が付かなかったようだが、隣にいたヴィセンシオにはばっちり聞こえてしまった。
「ははーん・・・ナタリアを横取りされるかもしれないからですか」
「う・・・うるさいな」
「あんまりぼさっとしてると二人とも誰かに取られちゃいますよ」
「ほっといてくれ」
ヴィセンシオはくすくす笑ってサラディンを見ている。そんな二人を見て、エストリーズはヴィセンシオは彼をからかうのが好きで一緒に旅をしているのではないだろうか、と半ば本気で思った。
「楽しそうな旅だな」
ガラハドは仲間たちを見回して言った。
「騎士と言ったな・・・主人はどうした」
するとガラハドは肩を竦めた。
「亡くなってね。あちこちを主人探しであてもなく旅している。前に仕えていたのは伯爵だったが、なかなか立派な方だった。あれ以上の人間となると、まあ探すのに相当時間はかかるだろう」
「だったら一人で探しゃいいじゃないのよ」
それまでずっと黙っていたナタリアが、うんざりしたように言った。
「着いてこなくていいわよ。はいさようなら」
「そうはいかない。君に興味を覚えた以上それがなんなのか突き止めなくては気がすまないからね。本当に惚れたのかそれとも単に容姿に惹かれただけなのか・・・決めるのは俺だ」
「・・・んだとう」
「やめなよナタリア」
「・・・だって・・・」
「尾行を許したあんたが悪いよ。ついてきたいって言うのなら、いいじゃないか」
「! ジェルヴェーズ」
ジェルヴェーズだけは反対すると思っていたナタリアは、これで最後の砦を失ったといってもよかろう。結局ガラハドが旅に同行することに異論のある者は一名を除いてなく、ガラハドは旅についてくることになった。
「・・・」
「おじ様」
「うん?」
「今これでもう最後にしてほしいって思ったでしょ」
「・・・」
「そういう顔してたもん」
アリスウェイドは苦笑した。リスレルには、どうしても適わない。
そんな二人を見てガラハドは思った。
(評判とは大分違う男だ)
聖位剣天のアリスウェイド---------。
孤高の戦士。ドナルベイン・バルタザールの庵での修業の後、憑かれたようにあちこちに出没しては伝説を作り上げた男だ。徳はあるがどこが寂しげで、物足りないような顔をいつもしていたという。それが本当なら、この男は本当にアリスウェイドなのだろうか。
次の日ガラハドは早速草原を歩きながらリスレルに仲間内の人間関係を聞かされ、皆がそうであったように、その複雑さと奇妙さにひどく驚いていた。そして後からさらにセシルに注釈をもらうと、益々不思議そうな顔になった。
「・・・つまり・・・クロムとセシルは恋人同士でディアスとエストリーズはその一歩手前でクロムはサラディンの仇でリスレルとアリスウェイドは親戚だけど血がつながってない?」
「そうそうその通り」
ぱちぱちぱちぱち、という音は、リスレルが手を叩いている音だ。
「・・・複雑だな」
「まあね。慣れるわよ」
セシルはさらりと言った。段々と仲間が増えていくのを見守っていた彼女からすれば、あまり大したことではないのかもしれない。ガラハドはまだブツブツと言いながら草原を歩くナタリアをちらりと見て歩み寄った。
「いつまでもふくれてると美人が台無しだよ」
「余計なお世話よそれにつられてきたくせに」
「手痛いね」
「ふん」
側で聞いているジェルヴェーズは興味なさそうだ。もっともこの女は、何かに対して興味を持つというような素振りを見せたことはおよそないのだが。
しかしジェルヴェーズの心は、今までが波風ひとつない穏やかで不気味なほど静かな海だったとすれば、今は僅かに波が立っているといえた。
(・・・騎士・・・・・・)
銀色の髪をゆらめかして、ジェルヴェーズの瞳は草原のはるか向こうを見つめていた。
2
ガラハドという男は、まったく不思議というか、変わっているとしか言いようがなかった。街での様子からして、女にもてることに変わりはない。しかし、だからといって誰彼構わず、だとか、手当たり次第だとか、そういうのではない。無論ゆきずりの関係を持つような場面は共に旅をしてから何度かあったが、大抵の場合それは相手の女が『本気』だったということに限られる。街で黄色い声を所構わず出す女たちは、ガラハドのファンではあるが、彼の迷惑や立場を考えたりだとか、相手の身になって考えることがまずない。
彼女たちはガラハドの端麗で美しくも逞しい容姿と、その紳士で優しくそれでいて男らしい態度や性格が好きで騒いでいるのであって、お気にいりの乗馬選手に歓声を送るのと大して違わない。しかしたまに、---------本当にたまにだが---------そんな彼に本気
で恋してしまう娘がいる。
ガラハドは騎士として新たな主人を探す旅をする身である。次にその場所を訪れるのは二年後か三年後か・・・ひょっとしたら二度と訪れることはないかもしれない。娘たちにはそんな不安がある。ただ黄色い声を出している娘たちは、来れば来たで思い出したようにぎゃーぎゃー騒ぐが、いないならいないで別に支障はないかのようなけろっとした顔をしている。
そこが恋をしている娘たちと大きく違うことといえよう。ガラハドはそんな彼女たちにできるのは想いをかなえてあげることくらい、と思っている。無論相手が望めばの話だが、ガラハドが何度か会う内、こんな放浪の身体の男を好きになるよりは、と持ち出すと、大抵はそれでもいいんです、と答える。なんだか責任みたいなものを感じて、ガラハドは彼女たちを抱く。勿論それが目当てで彼女たちと一緒にいるのではない、大抵自分をそうやって愛してくれる娘たちというのは一緒にいて気持ちがよく、旅で疲れ荒んだ心を癒してくれる。
街から街へ、ガラハドはオアシスを渡り歩いている気分になる。だからといってガラハドが誰か他の女性を好きになったとしても、彼女たちは誰一人としてガラハドを束縛しようとはしない。最初からそんなつもりはなく、ただ居並ぶ愛し愛される女たちの一人でいられればいいという健気な娘ばかりだ。中には結婚してしまう者もいたが、ガラハドに対する想いは娘時代の淡く切ない思い出として彼女たちの胸に大切にしまわれている。ガラハドは彼女たちの結婚を手放しで喜び、近くに来た時は必ず立ち寄って様子を見ていく。 そして言い置いて去る、
何か困ったことがあったら、いつでも呼んでくれと。
今また、彼がかつて愛した娘のいる街に来ても、ガラハドのナタリアに対する態度は一向に変わらなかった。自由時間彼はなじみの娘のところに行ったが、茶色の髪をおさげにした愛らしい娘は、久しぶりの再会を喜んだ後ガラハドの顔を見てこう言った、
「・・・好きな方がいるのね」
ガラハドは、何も答えられなかった。そうだと言えば今まで待っていた彼女を傷つけることになるし、違うと言えばそれは嘘になる。しかし娘はちょっと無理をしたような笑いを浮かべ、
「よかった。ガラ様はいつまで経ってもお一人だから心配しちゃった」
「ひどいなあ」
「ふふふふ。でもよかった。きっときれいなひとなんでしょうね」
「・・・・・・」
そして娘は挨拶してしまうとくるりと背を向けた。健気な背中だった。
「---------」
間一髪のところで、彼は気が付いた、
その肩が震えているということを。
ガラハドは彼女を追い掛けて肩を掴み、無理矢理こちらを向かせた。彼女は泣いていた。
胸が締め付けられる---------自分を呪うのはこういう時だ。この身の甲斐性のなさゆえに相手を悲しませる深い業。ナタリア---------確かにあの女戦士に対する想いは、今までとは違う。かつて愛したあの女のように、一生身を貫かれたとしても愛するだろうと、ガラハドはここ数日の旅で自覚している。ナタリアを愛し始めている。
しかし---------またナタリアが自分のものではないというのに、彼女に操をたてるだけの価値が自分にあろうか。旅をしているだけで、少なくとも目の前の娘を悲しませているこんな自分に。今自分に出来ることは、彼女を愛すること。たった一晩、一年の内のたった一晩でも、自分を待っていてくれた娘を、抱いてやること。中途半端な優しさは却ってあだになるが、しかしそんなことを、自分は偉そうに言えるだろうか?
「・・・ガラ様・・・・・・だめ---------・・・」
健気な娘は腕の中で泣いている。放っておくわけにはいかない ---------ガラハドはそのまま路地裏で彼女を抱き締め、彼女が落ち着いてから今仲間と泊まっている宿とはまったく別の宿をとった。酒場の小者に小遣いをやって、仲間たちに今晩は帰らない旨を伝えるのも忘れなかった。それがルールだ。
そして次の日の朝ガラハドは仲間たちの元へ戻った。ナタリアが少しでも自分を愛してくれているというのなら罪悪感もあろうし、多分こんな事はしなかっただろうと思うが、
「何よ帰ってきたの?」
いかにも残念そうな顔でちっ、という舌打ちをされると、苦笑いをするしかない。しかし今は、そんな邪険な態度も救いのように思える。何にせよ自分は彼女を裏切った。彼女に対する自分の気持ちを裏切ったのだ。だからといってあの哀れな娘をあのまま一人にす
ることもできなかった。
ふと顔を上げると、空は秋の濃い水色。ジェルヴェーズの瞳のようだ。
(---------・・・---------)
こんなものだな、とちらりと思う。かつて大切な人間二人に裏切られた自分だ。今度はその業を自分が背負う番なのだ。
街を出る時、気が付かないふりをしていたが、あの娘が建物の角からそっと自分を見送っていた。自分が気が付かないふりをしているのも、賢い彼女は気が付いていたに違いない。
目の前に広がる草原---------サヤ、という風が気持ちいい。秋の日の暖かい日差しほどガラハドが愛するものはない。
「・・・・・・ふう」
声がしたので、何かと思うとその主はリスレルだった。
「・・・ちょっと疲れてるんじゃないのかい」
「え? そんなことないよ。大丈夫」
気丈に笑う魔導師の少女---------。かわいいな、とガラハドは思う。多分自分は健気な女に弱いのだ。
「ちょっとリスレルに手出すんじゃないよ。アリスウェイドが許してもあたしが許さないからね」
「やきもちかい」
「舌噛んだってそんなことは絶っっっっっっ対にないね」
なのに愛してしまう女はなんでこうなんだろう---------ちょっと情けなくなるガラハドだった。
その夜は野宿だった。秋はまだ我慢ができるが、じきに冬が来る。冒険者たちには、一番辛い時期だ。食事の後、いつものように思い思いの時間を過ごす彼らは、祈る者あり、横になって星を見る者あり。誰もが仲間などいないかのように振る舞っている。
「・・・」
パチ、とクロムの目の前で焚火が小さく爆ぜた。一人焚火を凝視するクロム。時々掻き回しては、空気を入れて火の勢いを調節している。ふ、と背中に重みと暖かみを感じて、そっとそちらを向くと、セシルが自分の背中に寄り掛かっていた。彼女はじっと星空を見上げている。
「---------」
珍しく、つられてクロムも星を見上げた。
二人の間に---------少なくともクロムからは---------愛の言葉など始めからないかのようだ。セシルが素振りを見せることがあっても、クロムはそんな素振りを見せようとも、見せたこともない。しかしクロムは嫌なものには冷酷なほどはっきりと拒絶をするし、セシルに気がないのなら彼女が勝手に思い込むような真似をするわけでもない。この二人の関係は、実に不思議なものである。
ディアスは少し離れた所に立って、草原の下で星を見上げていた。
「---------」
---------こんな星を共に見上げたこともあったか。
今は苦い思い出。自分は一生かかっても償いきれない十字架を背負っている。そっと瞳をめぐらせると、九星がいつもと変わらない場所に静かに鎮座ましましている。神の住まう星。自然界不動のものを司る神が住む星。太古の昔は人間界に現われては、時に知恵を、
時に怒りを人間たちに与え、帰っていったという。
「・・・・・・」
神よ・・・俺のこの卑小さ---------―さぞかし嘲笑しいだろう
ディアスは自虐的になることで自分への罰とした。そしてそれは一生続く。
背後で気配がして、ちらりと見ると案の定エストリーズだった。最初は苛酷な冒険の旅にすぐに音を上げるだろうと思って高を括っていたが、なかなかな粘りなのでディアスも内心驚いている。
あの時出会っていなければ・・・彼女は権威ある天文学院で研究を続けていただろう。
自分が彼女の運命を変えたのか---------それだけの男か、自分は?
「---------」
「きれい・・・」
エストリーズは穏やかな笑みを口元に浮かべ、誰に言うのでもなしに呟いた。ディアスには、彼女の愛が重荷だった。それだけの価値が自分にないからだ。そう信じている。
「---------エストリーズ」
エストリーズは顔をディアスへ向ける。あまり名を呼ばれない。だから、名を呼ばれると嬉しくなる。
「そろそろ帰れ」
「------------------」
「お前にはお前の生活がある。所詮は---------違う世界だ」
「・・・・・・」
エストリーズの顔が引き締まった。ディアスが黙っていると、意外にもエストリーズは身体ごとディアスの方に向き直り、
「貴方は間違っています、ディアス」
と言った。
「---------」
「それが何故か---------・・・今の私にはうまく伝えることができない。でも、これだけはきちんと言えます。貴方は間違っています」
むっとした。親切で言ってやっているというのに---------なんだこの態度は。ディアスは急に腹が立って、仲間たちのいる焚火の方へ歩いて行った。
「勝手にしろ」
エストリーズはほっと微笑し、そしてまた、一人で、星を見上げている。
ナタリアは聞こえないふりをしていた。ガラハドは先程から自分に対する色々な気持ちだのなんだのを彼女に聞かせている。
「君のその星のような瞳に俺をずっと映していてくれないかな」
「薔薇のような唇なのに出てくる言葉は悪辣なものばかりだ。・・・俺が一体何をしたっていうんだ」
「この泉のような胸にすがって溢れ出る愛と慈悲の水を汲み取りたくはないかい」
・・・等々。側で聞いているジェルヴェーズの歯が何度となく浮きかけたのだから、ナタリアの心持ちはいかがなものであったろうか。しかし慧眼の持ち主ジェルヴェーズは、この男が街娘たちに対するようなものと同じ気持ちでナタリアに接しているわけではない
ということを、とっくに見抜いていた。ナタリアは目立つ容姿とスタイルの持ち主だが、それだけではない、特有の人を引き寄せる魅力のようなものを持っているのだ。ガラハドはナタリアのそんな魅力にいちはやく気付き、彼女そのものを愛したのだ。
「す、すごいな。ああやって口説くのか」
サラディンのつぶやきを祈りの途中で聞き取って、隣にいたヴィセンシオは呆れて彼を見た。
「おやめなさいサラディン。・・・あなたの手におえることじゃないですよ、女性を口説くなんて・・・・・・」
そんなサラディンの馬鹿さ加減に、ヴィセンシオは呆れ半分、諦め半分なのである。
「よーし・・・リ、リスレルにやってみようかな」
「なんでそう・・・どっちか一人でも大変なのに両方狙ってどーするんです」
この際ヴィセンシオの言葉などサラディンの耳には入っていない。しかし勢いづいて振り返ったサラディンの瞳に、学術書を広げてなにやらアリスウェイドと楽しげに話しているリスレルが映り、あまりにも楽しそうなので、入りこむ余地なしと見てサラデインは目
標をナタリアに定めた。が、結局まだガラハドの口説き台詞が続いていて、あまりにも凄いその言葉に、サラディンは自分が今入っても勝てないと思ったらしい。
「・・・大御所の前で初心者が勝負したら危険だよな」
「なにが大御所ですかまったく」
ヴィセンシオ、呆れてものが言えない。
そんな彼らに微笑みかけるように、秋の星が燦々と輝いている。
目指す街に到着したその日の内に、またもや発たねばならぬと一体誰が想像しただろうか。夕方前に到着して、やれやれと宿を決め、いざ休もうという時である。
店のカウンターの主人に宿泊を頼もうとした時に、「それ」は目に入った。
『剣天アリスウェイドが立ち寄ったら、すぐに急用を知らせること』
「・・・・・・・・・」
リスレルとセシルは顔を見合わせた。
「あんたのおじ様なにやったのよ」
「さあ・・・思い当ることいっぱいあるからなあ」
アリスウェイドは真顔になって主人に、
「私がアリスウェイドだ」
と言った。主人は一瞬で顔色を変え、
「おおそうかあんたが・・・!」
「一体・・・」
「大変だ。あんたの友達が急病だそうだ」
「---------」
「すぐにギルドに行ってくれ。通りを出て三つ目の角、緑の扉のある店を右に曲がってすぐだ」
「わかった」
アリスウェイドはうなづくと目にも止まらぬ早さで飛び出していった。仲間たちは慌てて追い掛ける。
「リ、リスレル・・・友達って・・・」
「うーん世界中にいるけど・・・・・・」
リスレルは走りながら難しい顔をした。
「・・・でもきっと世界中の冒険者ギルドに手配してもらったんだわ。それでそこから街中の宿屋に知らせてもらって・・・最高でも二週間以上間を置いておじ様が街に立ち寄らないことがないのを知ってるっていうと・・・うーん・・・大分限られてくるかなあ」
「いつでも冷静だねー」
ナタリアは呆れている。
ギルドに着くと、ちょうどアリスウェイドに来た報せを、ギルドのカウンター係が取り出しているところだった。
「えーと・・・レイリン大陸からの手紙だ。飛行船じゃなく鳩を使ったから、よほど急用だな」
「レイリン? ・・・」
「えーと、あったあったえー・・・ルーディルト・フェイニンスだ」
「! ルーディさん・・・」
リスレルはサッと顔色を変えた。
「ルーディが? なんといっている」
「急病だそうだ。すぐに来てほしいと言っている」
「おじ様!」
うむ、とアリスウェイドはうなづいた。
「今すぐ行かねば」
心はもうレイリン大陸へ飛んでいってしまったかのようだ。リスレルも真っ青になっている。二人にとってよほど縁の深い友人らしい。
が、アリスウェイドには気掛かりなことがあった。
「---------・・・しかし・・・」
これは完全に私的なものだ。ついてくる分には一向に構わないが、引き回される方はたまったものではない。彼は自分の私的な理由で仲間を振り回すことを危惧しているのだった。が、そんなアリスウェイドの不安にも気が付かないかのように、ディアスが力強い調
子で言った。
「あんたが行くなら行く」
「ディアスが行くのなら、わたくしも」
「・・・」
クロムが黙って持っていた剣を肩に乗せた。
「ってことは、私も行くってことよね」
セシルが笑顔で言う。
「クロムが俺の仇でるという事実は今も変わっていない。ついていく」
「と、いうわけで私も行きますよ」
「はいはーいあたしも行く」
「ハニー君が行くのならどこへでも」
「誰がハニーよ誰が!」
ジェルヴェーズはナタリアとガラハドの言い合いをため息まじりで聞いていた。最後まで無言だった。
そんな仲間たちを見て、
「~~~~~~」
アリスウェイドはもう何も言えなかったようだ。勝手にしなさいと呟いたのみである。
「レイリン大陸か---------今の時期飛行船と船ではどちらが早いかね」
「そうさなあ・・・秋は海は危険だよ。飛行船を勧めるけどね」
「そうか・・・ありがとう」
「おじ様飛行船だと二大港が一番早いわ」
「うむ。では早速行こう」
レイリン大陸へ---------
しかし、勢いよく言ったものの、その響きに、ディアスは微かに震えを隠せなかった。 それは懐かしくも目を背けたくなる、わずらわしいほど甘い故郷の名。
(レイリン・・・・・・)
風がひう、と一瞬だけ強く吹いた。