嘆き、もしくはその連鎖
嘆いたとて、その身から追い出すことが出来るのはいつもと変わりのない吐息のみ。ひとたび言葉にすればあまりにも典型的な愚痴になるのであろうそれらを、身の内から零して他人に負わせることは、非常に非生産的な行為であると分かっている。
それでも吐かずにはいられないのは、やりきれない、処理しきれない感情のためだ。
「いや、わかってんのよ、オレにも? ナオが追っかけてるのは別の女だってこと」
俺の目の前でこたつに突っ伏して泣き言を言っているのは、幼なじみの腐れ縁だ。
片付けるのも面倒になって山になったビールの空き缶が、俺たちが飲み始めてからの時間を表している。
(そろそろ日付も変わるんだがな……)
「オレだって、今更付き合いたいなんて思ってもないけどさぁ」
とろん、とした目つきで尚も愚痴をこぼしつつ、手元にある缶を片手でもて遊ぶ。その目が、ちらりと確認するように俺を見る。
「知ってるよ。ナオと会ってからもう7年だもんな?」
「うん。オトモダチ関係壊したくねーもん」
話の流れを知っている――長年の付き合いというよりは、こんなふうに愚痴を聞かされることが多すぎるのだ――俺が先を促すように言うと、そいつはぐすっと洟を啜った。
(子供みてぇ)
いつもであれば理知的に見える目元、すっと通った鼻梁。いつも笑みを浮かべている薄い唇とスタイルのよい長身。会社の内外問わず非常に女性に人気なコイツは、だが、どこの神様のいたずらか、同級生で同性の尚紀に対して大学以来の片恋をしている。
そして幼なじみで大学まで同じだった俺は、ずっとコイツの愚痴の吐き出し場を提供し続けていた。
「でもなー、もういいかげん報われないまんまは辛いんだ」
酒のせいだけではない、弱々しい声を出すそいつの頭を、俺は無言のまま片手でぐしゃぐしゃとかき混ぜてやる。
「やめろよぉ」
抗議の声が聞こえるが無視だ、無視。
「ばぁか、それでも諦めきれないんだろ」
「……うん」
やっと素直な言葉が返ってきたから、ゆっくりと髪型を整えるように髪を梳いてやる。色素の薄い、しなやかな髪が俺の手のひらの下でちいさな音を立てた。
俺はどれだけコイツが尚紀のことを想っているかを知っている。友情であると信じて疑わない尚紀を傷つけたくないがため、自分の気持ちに気づいてすぐ、それを尚紀に伝えることを諦めたこと。それでもやっぱり気持ちが高ぶってどうしようもない時には、こんな風に俺に愚痴をいうことで自分の決意を上書きしていることを知っている。
寄ってくる女と遊ぶわけでもない。誰か他の相手を捜すわけでもない。
腐れ縁を続けている俺でも驚くほどに、一途に尚紀を想っている。
子供みたいに体温の上がった頭を、俺は静かに撫で続ける。そろそろコイツも酔いつぶれる頃だ。
「……ありがとな」
小さく呟いた声が聞こえて、めずらしくも殊勝な言葉に顔を覗き込むと、もう寝息を立てていた。
酔いで赤らんだ目元に、小さな雫が残っている。
苦笑して、毛布でも持って来てやるか、と俺はこたつから立ち上がった。
(ホントに愚痴を零したいのは俺だっつーの)
背を向けた相手に万一にも聞かれないよう、こっそりと胸の内で呟く。
またしても長年の想い人と二人っきりの空間で、長い夜を越えなくてはならなくなった訳で。
分かった上で愚痴に付き合ってやっているのだがしかし。
「俺も馬鹿だよなぁ」
15年になろうかという気持ちの重さ。ため息をつくくらいは見逃してほしいというものだ。