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寿命が可視化された世界

作者: ウォーカー

 大きな病院の病室で、一人の幼い子供がベッドに横たわっている。

その子供は痩せ細り、顔色は悪く、死期が近いことを感じさせる。

ベッドの周りには両親と医者であろう大人たちがいて、

心配そうにその子供の手を握っている。

その子供は両親に看取られながら、短い生涯を終えようとしていた。


 濁って薄くなっていく意識の中で、その子供は夢をみていた。

あるいは現実のことなのか、今は判別がつかない。

その子供の夢枕に、見ず知らずの一人の老爺が姿を現した。

老爺は白髪に長い白髭を蓄え、一繋がりの白い衣装に身を包んでいる。

その子供は老爺の姿を見て首を傾げた。

「あなたは誰?もしかして、神さま?」

すると老爺は柔らかく微笑んで頷いた。

「いかにも。

 私は、お前たち人が言うところの、神だ。」

「すごい!神さまは本当にいたんだ。」

神の姿を目の当たりにして、その子供は大はしゃぎ。

そして、病衣びょういに包まれた自分の体をまじまじと見て静かになった。

「あれ?体が動く。

 変なの。もうずっとベッドで寝たままだったのに。」

すると、神と名乗った老爺は、長くて白い髭を撫でながら言った。

「そうだ。本来のお前の体は、もう起き上がることはない。

 お前は間もなく死ぬのだ。

 しかしその前に、何でも一つだけ願い事を叶えてやろう。」

「どうして?」

「それが、生き物に備わっている力だからだ。

 生き物は死ぬまでに善行ぜんこうおこないを重ねると、

 死ぬ直前に一つだけ願い事を叶えられるのだ。

 もっとも、願い事を叶えるには、

 善行が足りないままに死ぬものがほとんどだが。」

「生まれてからずっと病院に入院していて、善い行いなんて何もしてないのに。

 それでも願い事を叶えてくれるの?」

「人は生きているだけでも悪行、悪い行いを重ねてしまうものだ。

 悪行を行わない、何もしないことも場合によっては十分に善行となり得る。

 お前は願い事を叶えるのに相応しい。

 さあ、何でも一つ願い事を言うがいい。」

何でも願い事を一つ叶えられる。

そう言われても、その子供の表情は冴えない。

寂しそうな表情で老爺に向かって言った。

「体を治して欲しい、っていうのは駄目なんだよね?」

「そうだ。お前は賢いな。

 願いが叶うのは、生き物が死ぬ時。

 つまり、私がこうしてお前の前に現れた時点で、お前の命は尽きている。

 病を治すのには手遅れということだ。

 それ以外のことで、何か願い事はないか?」

その子供は老爺の答えを予想していたようで、

寂しそうに微笑んで首を横に振った。

「だったら、お願い事は何もないよ。

 パパとママには良くしてもらったし、お医者さんにもお世話になった。

 思い残すことは何もないよ。」

「そうなのか?

 それでもせっかくだから、何かお願い事を考えてみなさい。」

するとその子供は少し考えてから、老爺に応えた。

「じゃあ、みんなの願い事を叶えてあげて。

 ううん。善い行いをしていれば願い事は叶うんだから、

 そのことをみんなに教えてあげて。

 世の中には困っている人がたくさんいる。

 生きてるだけでも辛い人がたくさんいる。

 その人たちに、善い行いをしていれば願い事が叶うんだって、

 分かるようにしてあげて。

 そうしたら、生きているのがつらくなくなるから。きっと楽しくなるから。」

その子供は純粋無垢な眼差しで、老爺の顔をじっと見て言った。

老爺は柔らかく微笑んでそれに応えるのだった。

「わかった。

 お前の願い通り、

 願い事が叶うことを人々に分かるようにしてやろう。」

「神さま、ありがとう。」

その子供は願い事が叶って満足そうに微笑むと、

姿が薄くなって細かい粒子になって消えていった。


そうしてその子供が死んでから、世界は変わった。

世界中の人々の頭上に、数字が羅列されるようになったのだ。



 どんな仕組みなのか、世界中で突如として、

人々の頭上に数字が羅列されるようになった。

その数字は人によってまちまちで、多かったり少なかったり。

多い人は途方もない桁数で、少ない人でも数百億はあるだろうか。

数字はおおよそ1秒に1ずつ減っていき、何かの拍子にも増減した。

そんな正体不明の数字が突如として、

人々の頭上にずらっと浮いて見えるようになったのだった。

最初こそ、それは何かのいたずらかと思われていたが、

世界中の高名な学者やら何やらが調査しても、どうしても原因が分からなかった。

すると、世界中の人々の間で、ある噂が流れるようになった。

人の頭上に浮いて見える数字は、その人の寿命を表しているのではないか?

1秒に1ずつ減っているのは、人の寿命が時とともに減っているから。

食事をすると数字が増えることがあるのは、栄養を摂って寿命が回復したから。

数字が0になる前に死ぬ人もいるが、

それは寿命を使い果たす前に事故や病気で死んだから。

そんな噂がまことしやかに囁かれた。

正体不明の数字から逃れることができない人々は、

根拠が薄くとも結論に飛びついた。

命の残りが数字として見えるという噂は事実とされ、

世界中で騒動が起こるようになった。

少しでも寿命を増やしたい。

そんな一心で、食べ物を口にし続ける人が相次いだ。

食べ物を食べると、いくらか数字が増えることが多かったから。

さらに数字が増えるとして有害な薬物に手を出す人までいた。

ある時、

人を傷つけたり殺めたりすると、

数字が極端に増えることがあると発見されてからは、

混乱は一気に加速した。

寿命を表すとされた数字を増やそうと、人々はお互いに傷つけ合うようになった。

傷つけ合う人々が集団になり、やがて大きな紛争に発展していった。

世界中で銃声が轟き人々の血が流されていく。

人々は頭上に浮かぶ数字を増やすことに狂乱して、

数字が0になる人は現れなくなった。

そんな状況が数年ほど続いた、ある日。

ある紛争地域で一人の女の頭上に浮かぶ数字が0になろうとしていた。


 その女は、紛争地域で貢献活動をしていた。

紛争で焼け出された人や孤児を救い、動物を保護する。

危険な紛争地域でも積極的に活動していて、

その果敢さが本人にとっては命取りになった。

瓦礫の下敷きになった人を助け出そうとしていたところに、

どこからか飛んできた砲弾が近くで炸裂して、その女は意識を失った。


 濁って薄くなっていく意識の中で、その女は夢をみていた。

夢の中でその女は、白い衣装に身を包んだ老爺と出会った。

老爺は長くて白い髭を撫でながら言った。

「お前は間もなく死ぬ。

 しかし、その直前でお前は、願い事を叶えるのに十分な善行を重ねた。

 お前は願い事を叶える資格がある。

 さあ、何でも一つだけ願い事を言うがいい。」

その老爺は、数年ほど前に子供の願い事を叶えた、神と呼ばれた老爺だった。

その女もまた、願いを叶えるのに十分な善行を重ねられたようだ。

しかしその女は話が飲み込めず、目をパチクリさせた。

「ここはどこ?

 わたし、瓦礫の下敷きになっている人を救助しようとしていたのだけれど。」

「それはもう果たせなくなった。

 お前は間もなく死ぬからだ。

 その前に、何でも一つ願い事を叶えてやろう。」

そうして、神と呼ばれた老爺は、その女に願い事の説明をした。

生き物は十分に善行を重ねれば、死ぬ直前に何でも一つ願い事を叶えてもらえる。

そんな説明を聞いて、その女は老爺に向かって尋ねた。

「あなたが言うことは分かりました。

 つまり、わたしは善行をしたと認めてもらえたから、

 何でも一つ願い事を叶えてもらえるのね。」

「正確に言えば、善行を重ねたのはお前自身ではない。

 お前が今までに助けた人々が、少しずつ善い行いをした。

 それが出来たのは、さかのぼればお前が人々を助けたからこそ。

 遡って積み重なって、お前の善行として勘定されただけのこと。」

「でもつまり、それはわたしのおかげでしょう?

 だったらそれはわたしの善行ね。

 それは分かった。

 わたしが聞きたいのは、そんなことじゃない。

 もしかして、人の頭上に数字が表れるようになったのは、

 誰かがそれを願った結果ということ?」

「そうだ。

 善行を重ねれば、死ぬ時に何でも一つ願い事が叶う。

 そのことを人々に知らせて欲しい、かつてそう願った子供がいた。

 私はその子供の願い事を叶えた。

 その結果、願い事を叶えるのに必要な善行の残りが、

 人の頭上に数字として表れるようになった。」

老爺の懐かしむような言葉に、その女は口を尖らせた。

「なんて傍迷惑はためいわくな。

 未熟な子供の願い事を叶えたせいで、

 世界中で紛争が起こることになったなんて。

 あなた、神なんでしょう?

 神であるあなたの責任ではないの?」

「私に言われても困る。

 神とは人が作った概念でしかない。

 私はただ、宇宙創生時に少し手を加えただけ。

 その結果として宇宙空間や人が生まれたのも、

 生き物が善行を重ねれば願い事を叶えられるようになったのも、

 全ては偶然のたまもの

 私は積み重なった善行を願い事の形に変換する手助けをしているだけだ。

 それで、お前の願い事は何だ?」

改めて問われて、その女はしばし考え込んだ。

そして、一つ一つ確認するように老爺に尋ねた。

「わたしは社会貢献に全てを懸けてきた。

 だから、願い事も社会貢献に繋がるものにしたい。

 確認だけれど、誰でも善い行いをしていれば、

 死ぬ時に何でも一つ願い事が叶うのね?

 じゃあ、そのために必要な数を操作することはできる?」

「ある程度はできる。

 ただし、願い事を叶えるためには、源としての善行が必要だから、

 善行の数を少なくすれば、叶う願い事も小さくなる。

 ある程度を超えて少なくすることはできないだろう。

 それでも良いか?」

老爺は、その女の願い事とは、

願い事を叶えるのに最低必要な善行を減らすことだと、そう受け取った。

しかし、その女の願い事は違った。

「いいえ、そうじゃない。

 願い事を叶えるのに必要な善行を増やせるかって聞いてるの。」

「何?

 ではお前は、願い事を叶えるのに必要な善行を増やしたいと言うのか?

 それでは願い事を叶えるのが難しくなるぞ。

 今でさえ、死ぬまでに重ねた善行が足りず、

 願い事が叶えられないままに死ぬ人がほとんどだというのに。」

「それでいい。

 何でも一つ願い事が叶うなんて、誰にでも達成できたら困る。

 願い事を叶えられるのは、選ばれた人だけでいい。

 わたしのように社会貢献に参加している人とかね。

 未熟な子供の願い事が叶ってしまったせいで、

 今こうして世界中で紛争が起こっているのだから。

 願い事を叶えるまでに必要な審査は、もっと厳しくした方がいい。

 わたしが叶えて欲しい願い事は、

 願い事を叶えてもらうために最低必要な善行を増やすこと。」

「しかし、それでは・・いや、私からはもう何も言うまい。

 人のことは人が決めるべきだろうからな。

 わかった。

 お前の願い事の通り、願い事を叶えるのに必要な善行を増やしてやろう。」

老爺の応えに、その女は神妙に頷くと、

姿が薄くなって細かい粒子となって消えていった。


そうしてその女が死んでから、世界は変わった。

世界中の人々の頭上に羅列されている数字が、大幅に増やされたのだった。



 世界中の人々の頭上に羅列されていた数字が、突如として大幅に増えた。

人が願い事を叶えるのに必要な善行の、

その数が文字通りに桁違いに何桁も増やされた。

それは不幸なことのようで、しかし実際には人心を安定させることになった。

なにせ人々は頭上に現れた数字を寿命の残りだと思いこんでいたので、

数字が増えたことは即ち寿命が長くなったと受け取ったからだった。

数字を秒に換算すると、何もしなくとも長寿が期待できる。

有り余る寿命が天から降ってきたと考えた人たちは、

徐々に争わなくなっていった。

何もしなくとも長寿なのだから、怖いのは怪我や病気だけ。

そのはずだった。

しかし、人は数字の呪縛から逃れることはできない。

寿命が数字として可視化されている以上、増やしたくなるのは無理もないこと。

あるいは、別の理由もあるだろうか。

好ましくないと考える相手の頭上に、

自分よりも大きな数字が羅列されているのは許せない。

長生きするのは自分であるべきだ。

そんな考えのもと、数字として可視化された寿命が人を駆り立て、

世界はまたもや紛争に覆われていった。

願い事を叶えるのに必要な善行が増やされたせいで、

死ぬ時に願い事を叶えられる人も現れなくなり、

願い事の力で紛争を止めるということもできなくなって、

それから数十年もの間、人々は紛争に苦しむこととなった。


 数十年後。

世界の外れのある紛争地域で、軍事施設が敵部隊に包囲されていた。

人々が頭上に現れた数字を寿命の残りだと思い込み、

それを奪い合うようになってから起こった、数多あまたの紛争の一つ。

しかし、その戦場が特別だったのは、

その軍事施設に配備された強力な爆弾の存在。

戦況が不利になった勢力が、包囲する敵もろとも自爆するために用意した、

禁忌の爆弾だった。

通常ならば、空飛ぶ機械に乗せられて敵陣深くで起爆させられる爆弾が、

今は軍事施設に置かれたまま、

すぐ近くにいる男によって起爆させられようとしていた。

その男は煙草を一つ吹かし、立ち上る紫煙を眺めて言った。

「どうやら俺も一巻の終わりのようだ。

 周囲は敵に完全に包囲された。

 これまでに敵をたくさん殺してきたから、降伏も無理だろう。

 後はこの爆弾を起爆させるだけ。

 包囲する敵もろとも、俺もあの世行きだ。

 さあ、最期は仲良く一緒に行こうじゃないか。」

その男は迷いなく、爆弾の起爆装置を起動させた。

爆発音や爆風よりもまず先に、膨大な熱が襲いかかる。

その瞬間、その男は意識を失った。


 濁り薄れゆく意識の中で、その男は夢をみていた。

夢の中で、白い衣装に身を包んだ老爺が現れ、その男に語りかけた。

「お前は間もなく死ぬ。

 しかしその最中、お前は願い事を叶えるのに十分な善行を重ねた。

 お前は願い事を叶える資格がある。

 さあ、何でも一つだけ願い事を言うがいい。」

その老爺は、あの子供と女の願い事を叶えた、神と呼ばれた老爺。

老爺の声を聞いて、その男は眉をひそめて鋭く言った。

「お前は何者だ。」

「私は、お前たち人が言うところの神、と言われている。

 お前の願い事を叶えてやるために、こうして姿を現したのだ。

 生き物は善行を重ねると、死ぬ時に何でも一つ願い事が叶うのだ。

 近頃はしばらくそんな人は現れなかったがね。」

そうして老爺は、その男に願い事の説明をした。

話を聞いている間、その男は抜け目ない様子で老爺を睨みつけていた。

説明が終わって、その男はぶっきら棒に言った。

「とても信じられない話だが、どうやら事実らしいな。

 なにせ俺は敵に包囲されて自爆するところだったんだからな。

 あの状況で救出する方法はもう無かったはずだ。

 わかった。あんたの話を信じるとしよう。

 しかし、俺は生前にどんな善行をしたって言うんだ?

 俺は人を殺しこそすれど、助けた覚えはないぞ。」

「お前は死ぬまでにたくさんの人々を殺した。

 それこそ、数え切れないほどにたくさん。

 しかし、その人々が死んだおかげで、助かった人もまた多かったということだ。

 それが遡って積み重なって、お前の善行として勘定されただけのこと。

 それでお前は何を願う?」

何度も繰り返された問いに、その男はそれまでの人々と同じ様なことを尋ねた。

「なるほど、神の理屈は残酷だな。

 もしかして、人の頭上に数字が出てきたりその数字が増えたのは、

 誰かが願い事を叶えた結果なのか。」

「そうだ。

 善い行いを重ねれば願い事が叶うと人々に知らせて欲しい、

 そんな願い事を叶えるために、

 人の頭上に必要な善行の残りを数字として見られるようにした。

 願い事を叶えられる人を減らして欲しい、

 そんな願い事を叶えるために、

 願い事を叶えるのに必要な善行を大幅に増やした。

 どちらも、人の願い事の結果だ。」

「あの数字は、そういうことだったのか。

 まったく、迷惑なことだ。

 突然、数字が人の頭上に現れるようになったせいで、

 人はそれを寿命の残りだと勘違いをして、

 お互いに傷つけ合い奪い合うことになったんだからな。」

「それで、お前は何を願う?

 お前もやはり、社会貢献とやらを願うのか?」

老爺の眼差しに、その男は肩を竦めておどけてみせた。

「まさか。

 俺はずっと人を殺し殺されの生活をしてきた。

 人の悪意は山ほど見たし、善意なんてものは信じない。

 人を不幸にするのは、誰かの善意だったりするからな。

 俺は人の幸せなんて願わないさ。

 逆に人の不幸を願う。

 もう何をしても人の願い事なんて叶わないようにしたい。」

「それは無理だ。

 善行を重ねれば死ぬ時に願い事が叶うというのは、

 生き物が生まれもった力。

 宇宙の理を変えてしまうような願い事は叶えられない。

 せいぜい、願い事が叶いにくくなる結果になる程度だろう。」

「そうなのか。

 願い事が叶わないようにして、人から希望を奪ってやりたかったんだが。

 必要な善行を増やしたところで、いつか達成する奴が現れるだろう。

 今回の俺のように。

 それだったら、せめて願い事が叶うその時まで、

 希望がみえない世界で苦しませてやる。

 願い事が叶うまでに後どれくらい善行が必要なのか、

 分からなくしてやろう。」

「ふむ。

 念のために言っておくが、既に叶えられた願い事は取り消せない。

 だから、頭上に現れた数字を消すことは出来ない。」

「では、既に叶えられた願い事に干渉するような願い事をした場合は?

 その場合はどうなるんだ。」

「複数の願い事が干渉した場合は、結果が不安定になる。

 どちらか片方の願い事の結果が現れることもあれば、

 両方の願い事の結果が混ざって現れることもある。

 時や対象によって、結果が変わってしまう。」

「それで構わない。

 そもそも人は頭上に現れた数字を、

 寿命の残りだと勘違いしているんだからな。

 数字が狂うだけでも、人はきっと慌てふためくだろう。

 よし、人の頭上に現れる数字に干渉してくれ。

 本来の数字がわからなくなれば、どんなやり方でもいい。」

既に叶えられた願い事にわざと干渉して妨害する。

その男の願い事に、老爺は少しだけ眉をひそめてみせた。

しかし、それは極僅かな間だけのこと。

すぐに元の温和な表情に戻って応えた。

「・・・わかった。

 お前の願い事の通り、

 人の頭上に数字が羅列されるようにしてやろう。

 ただし、これは既に叶えられた願い事に干渉する可能性がある。

 どんな結果になろうとも、恨むのではないぞ。」

「覚悟の上だ。ありがとうよ、神様。」

その男は醜く顔を歪めると、

姿が薄くなって細かい粒子となり、バラバラになって消えていった。


そうしてその男が死んでから、世界は変わった。

世界中の人々の頭上に羅列されている数字が、

置き換えられてしまったのだった。



 世界中の人々の頭上に羅列されていた数字が、

またしても突如として変化してしまった。

今度は数字が全て0になったのだった。

複数の願い事が干渉すると、結果が不安定になる。

老爺の言う通りに、

子供の願い事の通りでもなく、男の願い事の通りでもない、

どちらの願い事にも従わない結果が現れた。

人の頭上に現れるようになった数字は本来、

願い事を叶えるために必要な善行の残りを表していた。

それが狂ってしまったのだから、

本来ならば目標を見失ってしまったことになる。

しかし、人々は頭上に現れた数字の本来の意味を知らない。

それどころか、数字は寿命の残りだと勘違いをして、

減らしてはいけないものだと、本来の意味とは逆に受け取っていた。

それが全て0になったのだから、人々は慌てふためいて混乱した。

しかし、それもいっときだけのこと。

寿命の残りだと思っていた数字が突然0になって、

それでも人は死なずに生きている。

そうして人々はようやく、

頭上の数字が寿命の残りを表すものではないと気が付いたのだった。

それがわかれば、数字を増やすために争い合う必要もなくなる。

それどころか、全てが0になってしまったのだから、

当てにならない数字に縛られて行動する必要もない。

人から目標を奪い希望を奪うという、男の目論見とは裏腹に、

紛争は徐々に収まっていった。


世界は変わり、人の頭上に現れる数字は0になった。

しかし、願い事を叶えるために善行がたくさん必要なのは変わらない。

必要な善行が増やされ、願い事が叶うのには遠く離れたまま。

それでも人は数字が見えなくなっただけで安心し、

見た目だけの平穏な生活を取り戻したのだった。



終わり。


 人の寿命が可視化された世界の話でした。

実際には数字が表していたのは寿命ではなかったのですが、

人々は寿命だと受け取ってしまいました。


何事も数字で表すと理解しやすい反面、

数字として表されたものは無視するのが難しくなるものです。

では数字として表すのを止めれば安心かというと、

それは問題をわかりにくくするだけという可能性もあります。


作中で人々は頭上の数字が寿命を表すものではないと気が付いても、

ではそれが本当は何を表すのかを調べようとはせず、

目を閉じて数字を見ないようにして安心することを選びました。

でも、目を閉じて見ることを止めても、

安全にはならないかもしれません。

見ようとしなくとも数字は動くのですから。


お読み頂きありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 非常に考えさせられる作品でした。 それぞれ願った人達の思惑とは別に数字が一人歩きしてしまうというのは、正に現実でもあることですね。こちらが意図した形ではなく数字だけが出て行ってしまったり。 …
感想一覧
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