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薬草師の見習い(3)

「姫さまへの口の利きかたに気ィつけろと、わしに何べん注意させるんじゃ! おおかた公爵さまも、そんな調子で、不作法極まりのうお見送り申しあげたんじゃろ!?」

「あー、んん……、俺、身分とか年の差とか関係ないとこで育ってっから、相手によって態度変えんの、ちょい苦手なんだって。何つーの、ムズムズする?」

「勝手にムズムズしておれっ。おぬしの苦手意識なんぞ訊いとらんわ、公爵さまがたへの礼節の話をしておるのじゃ!!」


 息巻く老婆をなだめるのは毎度、ミリアーヌの役目だ。


「キナダ、咎めないでやって」


 声をかけながら、公爵そっくりの焦茶の瞳が、気安い親交を楽しむようにリュウを映した。


「リュウとこうやって自然体でお喋りできるのが、父上もわたくしも嬉しいの」

「……姫さまがそう仰せならば、婆めはもはや何も申しませぬ。やれやれ、親子揃ってリュウに甘ぅおわしますのには、困ったもんじゃ」


 何も申さぬと宣言した端からさっそく不平をこぼしたキナダ婆が、かぶりを振る。公爵家への礼節を云々するのであれば、姫君と薬草師が平然と向かいあって慣れたふうに粗茶を啜っている、この茶飲み友だちぶりもどうなのか。

 などと、反論してみたところで、燃えるかまどの焚口に火薬を放りこむにも等しいことを学習済みのリュウは、胸の中でつっこんでおく。

 生まれつき体が丈夫ではなく季節の変わり目ごとに体調を崩しやすい姫君が、軽い散歩と称してキナダ婆の小屋へ遊びに来るのは、ここではしばしば見受けられる風景だった。


「それであなたは何を知りたいの、リュウ?」

「ソラビト、って何?」


 椅子をひき、団欒の席に加わったリュウが質問するなり、皺んだ手がカップを机に叩きおろした。熱い茶しぶきが、盛大に飛ぶ。


「ばあちゃん。カップ置くのにいちいち力入れすぎ!」


 リュウは洗い場にある布巾を取ろうと腰を浮かせた。ギロッと厳しい視線をよこしたキナダ婆が、有無を言わさぬ形相で「座れ」と命じた。


「おぬし、その言葉、故郷では耳にせなんだのか? 今ここで訊きおるとは、いつ誰から吹きこまれた。姫さまを庶民のくだらぬ戯言につきあわせるでない」

「誰から……って。今日、広場で聞こえてきたんだよ。姫さんにこの話題振ったら、なんかマズかった?」

「いいえ。かまわなくてよ」


 硬いほほえみを作ったミリアーヌは、「あくまでも噂によると」と断り、語りだした。


「空人は、美しい空色の瞳を有し、生まれながらにして魔力を操れる、いわゆる魔族なのだそうよ。みながみなすばらしく眉目秀麗な人たちで、誇り高く、魔道を究めている。わたくしたち普通の人間とは相容れない種族だと……、言われているわ」

「……空人イコール、青い目の、美形の魔術師ってこと?」

「噂では、じゃ。姫さまが前置きしなすったろうが。噂にすぎぬ」


 キナダ婆が立ち上がり、布巾を持ってくる。布が千切れそうな力をこめて、ハーブ茶の滴はおろか、机上に長年しみついている汚れまで拭き始めた。


「んじゃ、これも知らね? その……空人ってどこに住んでるのか……とか」


 左胸の拍動がせわしなくなる。

 噂でもいい、めざすものをたぐり寄せられるなら。


「天空に近い、どこかの秘境に」


 ミリアーヌは片手の指を添えたカップへ、何かを案じるような目線を投じる。


「空人以外は踏み入ることのできないどこかに、空人しか住めない、非魔族を嫌う、排外的な思想の王国があるのですって。空人たちは同族のみを愛し、彼らの純血の王国を愛し、自国と他国との交流を拒んでいるのだけれど、まれにね、彼らのほうから非魔族の国へ出現しては種族の壁を知らしめる。魔術を駆使してみせることで、わたくしたちに“空人は妖しくおそろしい異種族”との観念を植えつけ、去ってゆくの。彼らには安易に関わらないのがよい、というのが、トゥールガルドに限らず公国内の通説になっているのよ」


 説明を終えても顏を曇らせているミリアーヌと、陰鬱な目をして布巾を酷使し続けているキナダ婆を交互に眺め、リュウは、トゥールガルド公とのかつての約束を思い出していた。

 空っぽの胃と財布を抱えて荘園へ到着した夏。困っている旅人はもてなす主義だからと招き入れられた城の一室で、トゥールガルド公に謁見したリュウは、『そなたの旅に必要な支援があれば申せ』と初対面の子どもにも快くうながした公爵へ、情報を求めた。


『この土地に魔術師、いないかな。魔術師の国ってどうやったら行けんのか、俺、教わりたいんだけど』

『……そなたは、魔術師の国をめざして旅をしているのか?』

『国じゃねぇの。めざしてんのは、そこで会えるはずのやつ』


 迷いなく答えたリュウに、公爵は双眸を暗くして黙りこみ、やがて、部屋の入口に控えている護衛たちの耳を気遣う声量でこう打ち明けた。


『今このあたりの荘園に魔術師はいない。そなたの旅の目的は、私たち二人の胸に秘めておくとしよう。領民に魔術師の話はしないでほしいのだ。トゥールガルドの者は、自分たちの理解の及ばない、得体の知れない存在をひどく怖がるのだよ』

『よくわかんねーけど、わかった。魔術師探しに、ここの人らは巻きこまない』


 以来、旅をしている真の理由、魔術師の国の住人を追っていることを、リュウは誰にも告げていない。

 手の内にあるのは、魔術師という肩書き、名前、それに容姿くらい。他には何も持たず里を出た。無謀なふるまいをしていると自分でも呆れる。動機は単純。忘れられなかったのだ。

 ミリアーヌに空人のあらましを教わってからは、暇があるたび町中に足を運び、空色の瞳をしていた金髪の女を捜した。しかしリュウが広場や路地をいくら歩き回っても、彼女のゆくえは掴めなかった。よほど気配を殺しているか、それとも、もうここにはいないのかもしれない。成果のないまま数週間が過ぎ、濃く茂っていた城の庭木は日ごと葉を散らし、あるいは赤や黄へと燃え立たせ、秋の様相を深めていった。

 彼女と話ができれば、一歩、近づける気がしたのに。空人の噂はどこまでが正確なのだろう。本当にみんな青い瞳をしているのか。


(なあ。おまえは、空人ってのじゃねえの?)


 目を閉じれば瞼の裏にある、あの日、あの森で邂逅した強烈な瞳の、黒。今も少しも薄れないただひとつの色とともに蘇るのは、やわらかく笑って背中を押してくれた人の、言葉だ。


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