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托卵(2)

「……………………なぜ急にドモる」

「や……、なんか、言い慣れてなくて……息苦しく、って」

「……変なガキ。聞かされていて、こっちまで息苦しい」

「そだっ、翠の目ぇしたレイスって人でもいい。知らねえ?」

「……」


 彼女は品定めでもする色合いの目線をじいっとリュウへ据え置いて、黙っている。

「……んな都合よく知らないか」と、地に両手両膝をつき全力で打ちひしがれる肩を、杖で小突かれた。


「小童。おまえ、名は」

「リュウ」

「…………リュウ」

「がっかりすんな俺、ふりだしに戻っただけ、平気平気。追いかけてりゃ道は必ず拓ける。世界は繋がってる! だって、この星は丸いんだもんな」

「どんな無理矢理のポジティブなんだ……。そこまで言うなら万能香木は貰っておいてやる、リュウとやら」

「うん。そうしてくれていいけど、貰うのに偉そーだなぁ姐さん」


 気の抜けた笑顔で応じたら、相手はふんと鼻を鳴らして立ちあがり、麻袋を顎でしゃくってみせた。運べ、ということらしい。休息を挟んで多少なりとも体調が回復したのか、存外しっかりした足取りで歩きだした人に、リュウは木の実で膨れる袋を持ってついていった。

 森のさらに奥へと伸びる小道に、連れだって分け入る。足の下に敷きつめられている落ち葉をザクザク踏み、新たな一葉を風が時折降らせる中で、ゆるやかな坂を上る。

 秋の陽射しを浴びている彼女の顔はやはり血色がひどい。手を貸せば余計な真似をするなと機嫌を悪くされそうで迷ったけれど、横並びになって彼女の腕を取り、こちらの肩に掴まらせた。肩へ回させるには、子どもの背丈ではやや足りなかったからだ。

 碧眼がリュウを一瞥した。拒絶も礼も、口にはされなかった。


「姐さん。名前は?」

「……アネッサ」

「トゥールガルドの人たち、なんで嫌ってんの?」

「おまえには関係ないだろう」

「あはは。そらそーだ」

「…………黒い目の魔術師のガキ」

「えっっっ!!」

「おまえこそなぜ、そいつを探している」

「あー、なんでって、うー……」

「……」

「会いたい、から」


 どこかの遠い空でカラスが鳴いた。

 白状したリュウを、アネッサと名乗った彼女は真顔で見つめた。

 数秒後、ふはッ、と噴きだす。


「そ、それだけの理由?」

「うん? そんだけ」

「そう、会いたいってだけで、ふふ、そりゃいい……っ」


 そりゃいい、って何がいいのか不明だったが、彼女は全身を震わせ、背中からこぼれる金の髪を揺らしてとても愉快そうに笑っている。

 俺、そんなおかしなこと言った? 眼前の森にかつての森の景色を重ねる。アネッサから伝染した笑いのおかげで、妙な緊張に陥らなくて済んだ。口角が上向く。


「一年半前に一回しか会ってないやつ、なんだけど……、そんとき俺、めちゃくちゃそいつ怒らせちゃって、いきなり大バトルするはめンなるわ、本気の殺意ビシバシ飛ばされるわ、考えてみたらロクな出会いかたしてないんだ。でも……何つーか……、強烈だった。あいつ、姐さんにちょっと似てた。すっげぇキレイなのに、すっげぇおっかねーの! あいつも姐さんみたいに笑ったり、すんのかな」


 何かに委ねるのではない、みずから選びとる生きかたを、あれから覚えた。あらゆる命は星に導かれていると思っていたのに、違った。否、本当は星の定めから現在も逃れられていないのかもしれない、だけど真理など問題ではなくて、ひたむきにただ、一日一日を生きている。生かされるのではなく、生きるのだ、という熱量をあの魔術師の弟子に見せつけられた。

 青く青くまばゆい空。木々の息吹。周囲へ満ちる光。杖と剣を交えた末に敗北をも予感したあの日、それらに気がついた。世界に色彩が生まれた。命の色が。

 道々、問われるでもなく“彼”の話をした。笑いの発作をおさめてからのアネッサは相槌を打つこともせず、しかし、決して無関心ではないのだろう沈黙で耳を傾けていた。

 丘陵を流れるせせらぎに沿って枯葉の坂を踏みしめ、歩き続けていると、木立がにわかに途切れた。アネッサに案内された先は、廃墟と化した教会だった。森が平らに均された区画にぽつねんと忘れ去られている、石造りのその建物。別棟の司祭館はまだしも原形を保っている。が、聖堂は、前庭から内装が丸見えになっている。屋根と三方の壁は残っているけれども中央扉口があったはずの壁の一部が、崩落していた。

 鉄錆びた門をくぐる。足元に散らばる瓦礫、そこからも雑草が生えている荒れた庭を、つっきった。カアァァ、さっきより近いどこかでカラスが鳴いた。鳥影を求める動きで空を仰いだアネッサは、唇をほのかに綻ばせ、外階段を上がっていく。


「何? なんかイイコト?」

「おまえには関係――」

「ないか」

「あれこれ質問するわりには、引き際があっさりしてるんだな、おまえは」

「あー、そーみてぇ。他の人にも言われた。でも俺、今はあっさり割り切れるもんばっかじゃねーよ」

「……例外ができた……、と」

「ん。だから、あいつがどこにいたって会いにいく」


 目に見える世界の色が変わってしまった、それで、ここにいる。

 運命に身を任せるのではなく、道なきところへ自力で道を切り拓いてでも強引に結びつけたいと願っている、ひとつの縁がある。たとえ星を一周したって絶対、会ってみせる。


(なあ、待ってろよ)


 興味のあるもの。近づきたいもの。身の内に初めて、何がなんでも会いたいという気持ちが生まれ、膨らんで、じっとしていられなくて、追いかけるって決めて。


「全部、ジ、ジジ、ジッ、…………あいつ、が、俺を動かしてんだ。俺、自分がこんなふうになれるって知らなかった。すげーよな。一度しか会ってない俺にここまでさせるって、あいつの存在自体が、魔法なんじゃねえの。俺に対して魔力ありすぎ。つか、言わせんなよ照れる!」

「頼んじゃいない。嬉々として語りだしたのはそっちだろう。恥ずかしいやつ。この話題になると途端に青臭くのぼせて結構なことだ。あれだね……、浮かれポンチ」

「浮か……っ」


 呆れとからかいを織りまぜた口調で指摘され、そっか、と自分の心のありようを納得した。浮かれてるのか俺。嬉しいのか。


(あいつの話、できんのが)


 じわじわと今さら、頬が再燃する。アネッサは壁が崩れている元入口のあたり、吹きさらしになった面から聖堂内部へ入った。

 奥は祭壇。手前には黒ずんだ古い木製ベンチが何列も並んでいる。最後列の、遮るものもなく庭から太陽光と爽やかな風が取りこめる席に、毛布と本、水差しが置かれていた。そこへリュウは木の実の麻袋もおろした。見回した室内は埃っぽく、人足が絶えて久しい様子だ。


「ここ……、勝手に住みついてんの?」

「領主の許可は取っている。借用許可が要るような、快適な居住空間でもないけれどね」

「殿さんの森ん中にこんなとこ、あったんだな」

「以前は趣がある礼拝所だった。森番やら狩人やら森に関わる生業の者たちと、散策に訪れる公爵一家のための、隠れ家的な。それが最近じゃ、祈る者もいなくなった。領民は近寄らない。トゥールガルドの民はもう何年も前に、彼らの神を捨てたのさ。正確には、女にだらしない領主の悪行のせいで、破門されたんだが」

「……殿さん、昔は女タラシだったっつーの、マジなのか」


 女遊びに興じるトゥールガルド公を想像できなくて、首を捻る。

 アネッサは「ここで待ってろ」と言い、聖堂内から通路を抜けて司祭館のほうへ消えていった。やがて戻ったときには、卵を持っていた。鶏卵サイズの卵。鉱物みたいな光沢感のあるコバルトブルーをしている。


「リュウ」


 宙へ放られたそれが、アーチ状の梁が粛然と組まれている聖堂の天井に、青い軌跡を描く。

 落下するのを、とっさに両手でキャッチしていた。


「おまえを見こんで、託す」

「へっ?」

「取り扱い上の注意点は特にない。ただし、割らずに常温で保管しておけ。一、二週間のうちに合図を送る」

「……合図?」

「金の雪が降ったら、会いにこい」

「えっと……雪って金色……してんだっけ??」

「いずれわかるよ」


 彼女にはそれ以上の会話を継続する意思はなさそうだった。杖の尖端を庭へ振る。暗に「帰れ」と告げられたのだ。そろそろ疲労がまた限界に達したのかもしれない。ベンチへ横になり毛布を体に巻いて、リュウなど素知らぬふうでまどろもうとしている。


「姐さん。看病してくれるやつ、いねーの?」


 尋ねながらも、例のごとく、おまえには関係ないと突っぱねられるのを想定していた。しかしアネッサは、目はつぶったままにひっそりとした微笑を漂わせ、返事をした。


「いや……、うるさいのが、もうじきここへ……」


 語尾は穏やかな寝息になった。カァァカァァ……、さえずりが近い。視線をやれば崩壊した聖堂の壁のふちから覗ける上空を、一羽のカラスが舞っていた。広げた翼の裏が飛行する角度によって青緑や金や銀にきらめく、珍しい羽色をしたカラスだった。

 リュウは眩しさに瞳をすがめて鳥の姿を眺め、とりあえず金の雪ってのが降るまで預かってりゃいいんだよな、と卵をポケットにしまい、美しい人の眠る教会を後にした。

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