第1話
ネクタイ姿の上から白衣を着込んだ、白髪混じりの大学教授。医学博士でもある彼が、同じく白衣に包まれた数人の学生たちを引き連れて、大学の廊下を歩いていく。
その光景は、見る者が見れば、大学病院を描いた有名なドラマの一場面――教授の総回診――を思い出すかもしれない。
大学四年目の春、私は、その『数人の学生たち』の中の一人だった。
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大学の三年目は、平日の午後を丸々費やして『学生実習』。それぞれ二週間くらいずつ、学部の全ての講座から実験を教わる。簡単な研究の真似事を行うのだ。
そうして各講座の雰囲気を感じ取った上で、四年目には、どこか一つの講座に所属。『卒業実習』として、一年間、研究に携わることになり、そのレポートが、いわゆる卒論に相当する。
これが、私が通う学部のカリキュラムだった。
一応ことわっておくが、理系ではあるが医学部ではない。ただし医学系の講座もいくつかあり、私が配属されたのも、その一つ。ウイルスを研究する講座であり、教授は医学部から来た人、つまり医学博士だった。
理系の研究者というと、知らない人にとっては「同じ席で一日中実験をしている学者」というイメージかもしれないが……。
実際には『同じ席で一日中』ではなかった。実験室は、いくつもの部屋に分かれているからだ。
例えば、私の講座の場合。教授室、助教授室、学生たちの机があるところ、といったデスクワークの部屋。細胞や危険度の低いウイルスを扱う部屋と、危険なウイルスのためのP3ルーム。実験器具の洗浄や滅菌処理をする部屋。電気泳動などを行う部屋が、タンパク質実験用と遺伝子実験用で二つ。それに関連して、フィルム感光のための暗室が一つ。もう一つ暗室が用意されていたが、こちらは蛍光顕微鏡のためであり、なぜか50メートルくらい離れたところにあった。
この他にも、講座所有ではない高価な共同機器を使う場合もあり、それは渡り廊下を歩いた先の、別のビルの中。
このように、毎日あちこち歩き回りながら実験するのが理系の研究者というものだった。
そして。
講座に配属されたばかりの学生たちは、研究テーマを与えられる前に、まずは『学生実習』の延長のような、練習じみた実験をやらされて、その中で、講座のルールや器具の扱い方などを学ぶことになる。それを教えるのが、指導教官なのだが……。
私のところは、教授が何でも自分でやりたがる人だった。教授が自ら新人の面倒を見て、基礎を叩き込む、というタイプだ。
その結果。
冒頭のような『教授の総回診』が、毎日、繰り広げられるのだった。