鳳仙花
百合が好きなので理想の百合像を書きました。文学力のなさが露呈しますが、楽しんでいただけると幸いです。短編なので次回作も新たな作品も作るかは未定です。
間宮鈴鹿は物憂げに窓の外を見つめている。
窓の外には春らしく桜の花びらが舞っている。きっとこの桜も次の年度を迎える頃には全て散ってしまっているのだろう。
教壇に目を向けてやるとハゲ担任が意味の分からない数式を並べている。
そんなものに鈴鹿は毛頭興味がなかった。幾ら数式を学んだところで鈴鹿の直面する問題はこっれぽっちも解決出来ないのだ。
そしてその問題は教師の語る黒板上の証明より、大学受験よりも遙かに深刻で身近だった。その問題の原因はすぐ隣の席に存在していた。
そこに座っているのは赤澤夏帆。透き通る様な肌と完璧に整ったパーツ、そこらの女性誌でくすぶっているモデルより美しい。顔もさることならが、その身体も超一級である。彼女の脚は白く細く、制服の上からでも分かる程くびれている。中でも、特筆すべきなのはその胸にある膨らみだった。
鈴鹿は短く切られた黒髪に丸眼鏡。そして胸元に目を向けてみれば、大小どうこう以前に何も無い。文字通りの断崖絶壁。
鈴鹿にとって夏帆とは遙かに遠い存在に感じられた。
少し悲しみを覚えるが、数秒後には夏帆を見つめていた。鈴鹿はこんな風に観ているのを夏帆に知られたら変態だと思われるかもしれない、と感じていたが、いつも気づくと夏帆のことを考えて見つめている。それは魔術にかけられたかの様だった。
鈴鹿は赤澤夏帆を愛している。
これは明確な真実であり、鈴鹿もこのことを認識している。そして、そのことが鈴鹿を悩ましていた。
間宮鈴鹿は高校1年生で入学式の際に学年代表挨拶に登壇した姿に一目惚れしてしまった。話かけようとしたこともあったが、類は友を読むという様に、夏帆の周りにはクラスの中でもきらびやかな人たちがいて、鈴鹿の様な暗めな少女が入る隙はなかった。
隣の席になったは良いが、目があっても微笑み合うだけだったり、いざ話すとなると言葉が続かず、結局5回ぐらいしか会話—会話と言えるか定かでは無いが—を交わせずそのままこの学年を終えようとしていた。
しかし、鈴鹿はそれでもなお夏帆を愛していた。二人だけの空間を過ごしたいと思っていた。それが鈴鹿を苦しめていた。鈴鹿は周りのクラスメートがJKという最も煌びやかな時代を謳歌するのを眺めるしかなかった。
そこには性別という最も大きな壁があった。距離を縮めようと思うたびにその枷が重く感じられた。
鈴鹿がもう一度窓の外を見てみればとんびが空中に円を描き飛んでいる。そして、窓の縁には1匹のアリがいる。
鈴鹿は自分の姿をその孤独な蟻に重ねていた。自由気ままに空を飛ぶとんびを見上げることしか出来ず地面に縛り付けられている…
「間宮!ここ分かるか。」
「へ?あっ」
教師の叱責で鈴鹿の意識はに教室に引きづり降ろされる。
彼女のすっとんきょうな声にクラスのあちこちで笑いが生まれる。それがさらに鈴鹿を焦らせる。
「聞いてなかったのか?」
「い、いえ、その答えは・・・」
慌てて立ち上がろうとしたため、脚を派手に机にぶつけて、シャーペンや消しゴムが床に転がる。
「しまった・・」
拾おうとすると既にそこにはしゃがみ込む姿があった。夏帆だ。
しゃがんで拾おうとする夏帆と中腰で見下ろす鈴鹿、鈴鹿の目には夏帆の谷間だった。
鈴鹿は又しても自分の胸と見比べて少し悲しくなる。
鈴鹿の肌がみるみる赤くなっていく。鈴鹿は著しく生肌への耐性が低かった。
「間宮さん、顔赤いよ、大丈夫?熱があるんじゃない?」
夏帆が鈴鹿の額にその白い手をあてる。
すっかり火照ってしまった鈴鹿には夏帆の手が冷たく、しかし濃密に感じられた。
鈴鹿の脳は今までなかった好きな人物との触れ合いという行為に混乱していた。
(は、はわわわ。もう駄目、処理落ち・・・)
鈴鹿の身体が崩れる落ちる前に二つの純白の手に支えられた。
「先生、間宮さんは熱がある様なので保健室に連れて行ってもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ、構わない。じゃぁ、代わりに誰かこれを・・」
夏帆はその細い腕からは想像もできないほどの力で鈴鹿を背負ってクラスを後にした。
オーバーヒートした鈴鹿の目に映ったのは、自分を背負い—期待していた「お姫様抱っこ」では無かったが—小走りで保健室へ向かう夏帆の背中だった。
(夏帆ちゃん、たくましい・・)
清潔感を感じさせる、白色に統一された保健室の中に、カーテンで仕切られ簡易個室となったベッド。
そこには、眠る少女とそれを見守る美女がいた。
「全く、貴方は…想いを伝えてくれれば良いのに。」
美女はため息交じりに呟く。その姿は高校生というより大人の余裕や魅力に似たものを醸している。
その美女は一呼吸おいて、少女に語りかける。
「でも、それが貴方の良さ。まだ、待つわ。貴方が来てくださるその日まで。」
「ん・・・。大分寝ちゃった。」
鈴鹿はそっと目を開く。寝起きで虚ろとしていると、太もものあたりに重量と熱を感じた。それは柔らかで優しいものだった。
鈴鹿が脚の方へ目を向けると、鈴鹿の脚に上半身を預け、無防備な顔で寝息を立てる美少女、夏帆がいた。先程、普段隣の席で見せているあの凛々しく優美な顔とは一転、ある意味少女的だった。
「はぁ・・ずるいなぁ。」
鈴鹿は溜息を零し、そっと夏帆の黒髪をかきあげる。
少し甘い香りが漂った気がした。
まだボーッとしているのか、心は穏やかに波を立てるだけで済んでいただろう。頭が冴えていたら出来ないほど、夏帆にとってはとても大胆な行為だ。
鈴鹿は髪を撫でながら感じていた。
この空間は教室とは一線を画している。ここには紛れもない自分がいる。
この空間こそが「愛」であり「幸せ」そのものなのだと。
「香り、心を沸かせるこの波、「愛」によってのみ生まれ、「愛」を持つ者にしか知れないコト、きっとこれこそが
この世で最も純粋な愛
なのだと。そして、これは何ものにも阻害されはしない。
キーンコーンカンコーン
何時間めかの終わりを告げるチャイムが鳴る。鈴鹿は少しがっかりして、時計を見る。14時20分、ここに連れてこられてちょうど1時間ほどがたっていた。
もう少しここに居たいという気持ちをお預けにして、つついて夏帆を起こす。
「おはよう、夏帆ちゃん」
鈴鹿は笑顔で笑いかける。今までのとぎまぎとした会話からすれば一番まともだった。その声には余裕があった。
夏帆もそれに呼応し、微笑みかける。
ご精読ありがとうございました。