第83話 侵入者達
俺とベッキーは中央ビルの内部を進んでいく。
至る所に監視カメラやセンサー式の警報装置が設けられていたものの、いずれも電力が通っていない異世界では意味を為さない。
ボスの用心深さを考えると発電機くらいはありそうだが、現在は機能していないようだ。
意図的に温存しているのか、或いは故障中なのかもしれない。
何にしても各種防備が使用されていないのは幸いだった。
侵入の難度が大きく下がった状態は、実に好都合なシチュエーションであった。
そして現在、俺達は三階のトイレにいる。
個室にはこのフロアで始末した黒服ギャングを押し込めていた。
現場には血痕一つ残さず、見つかることなく各階を突破してきた。
隠密重視なので銃は使わず、近接戦闘だけを使用している。
その辺りは俺の専門分野なので問題はない。
ベッキーに見張りを任せつつ、特に苦戦することなく上がってくることができた。
俺は手洗い場で血を流しながら外の音に耳を澄ませる。
「妙に静かになったな。ウィマが食われたかもしれない」
「縁起でもないことを言わないでよ……」
「ジョークのつもりじゃないさ。何十体ものゾンビが群がっていたからな」
ゾンビは普通の人間と違って痛がらず、致命傷を受けない限りは死なない。
有り体に言うと非常にタフなのだ。
そんな奴らがほとんど無制限に押し寄せてくるのだから、いくら殺人鬼のウィマでも分が悪い。
トイレの窓から地上を確認したところ、見える範囲のゾンビ達はホテル方面への移動を再開していた。
つまり優先して襲うべき敵がいなくなったということだ。
(あーあ、ついに死んじまったか)
俺は淡々とその事実を受け入れて窓を閉める。
ウィマは傭兵時代からの数少ない知人だった。
殺しても死なないようなサイコキラーである。
別に親しいわけでもないため、彼女の犠牲で悲しむこともない。
ただ、それを理解しただけだった。
人間の死なんてありふれたものなのだ。
俺はガスマスクのベルトを締め直すと、気を取り直してベッキーに告げる。
「さあ、休憩終了だ。ボスはきっと最上階にいる。派手にぶっ放してやろうぜ」
「……ええ、そうね。これは弔い合戦よ」
目元を拭ったベッキーは気丈に振る舞ってみせる。
死を悼む彼女だが、その眼差しは力強い。
戦闘に支障を来たすことはないだろう。
それを確かめた俺は、彼女を連れて出発するのであった。




