第57話 殺人鬼と歓談
(まさかこの女がホテルにいるとはな……)
俺はウィマを注視しながら思う。
彼女はニコニコと機嫌が良さそうだが、いつでも攻撃を仕掛けてくる危険があった。
話している最中にも斬りかかってくるのだから信用できるはずがない。
ホテル内が静かなのも納得だ。
ウィマには誰も勝てず、ふとした瞬間に襲いかかってくるのだ。
決して逆らわず、目を付けられないようにした結果がこの静けさなのだろう。
たぶんスナイパーも自主的に見張り役を務めていたに違いない。
ホテルに誰かが侵入してウィマを刺激するのを防いでいたのだと思われる。
銃声もあまり良くないが、侵入者の発生よりはマシだ。
ホテル内で殺人が発生しようものなら、ウィマは落ち着くまで殺戮を続けるだろう。
いや、この状況的にそういった惨劇が起こった後なのかもしれない。
推測を重ねる俺は小声でベッキーに忠告する。
「迂闊に近付いたら殺されるからな。あまり仲良くならない方がいい」
「……分かったわ」
ベッキーは息を呑んで頷く。
そういう反応になるのも仕方ない。
先ほどから何度も攻撃を仕掛けてくるウィマを目の当たりにしているのだ。
彼女は常軌を逸している。
正気を疑うような行動も多い……というか、完全に正気を失っていた。
ベッキーに対する忠告も大げさではなかった。
不意の攻撃で殺される味方は後を絶たず、そういった人物を俺は何度も目にしてきた。
当のウィマは椅子をガタガタと前後に揺らしながら鼻歌を奏でる。
やがてバランスを崩して転倒した。
彼女は痛がるそぶりも見せずに立ち上がる。
「ねー、何の話をしてるのー?」
「今日のランチについての相談だ。よければここで食べさせてくれないか」
「いいよ! 備蓄はたくさんあるからね。あたしが作ろっか?」
「すまないがコックに頼ませてもらうよ。君の手を煩わせることはない」
ウィマは殺人以外の才能がゼロだ。
彼女の手料理なんて口にすれば、毒殺されることが確約されているようなものだった。
本人も薄々ながら自覚している。
それでもあえて提案したのは、俺を殺したいからだろう。
彼女は簡単に殺せない相手が大好きなのだ。
ぎらぎらとした眼差しのウィマをスルーしつつ、俺は強引に話を進めていく。
「本題に入ろう。俺達は南のアパートから来た。その理由は――」
「あたしと殺し合いがしたいから?」
「名案だが今じゃないな。話は最後まで聞いてくれ」
「銃は無しにしようよ。君は"刺殺王"だから問題ないよね。勝った方がこのホテルの王様ってことで!」
ウィマは消火斧を振り回しながら主張する。
興奮して俺の話を聞いていないのは明白だった。
狂気に染まった目は殺し合いを熱望している。
俺はベッキーを顔を見合わせると、静かに肩をすくめるのだった。




