第22話 謎でもない美女
女は必死になって懇願する。
ベッドシーツを巻いた魅力的な肢体は、窮屈そうに存在感を主張していた。
俺は視線が釣られないように意識する。
扉の向こうから聞こえるゴブリンの奇声で我に返ると、気持ちを切り替えてクールに対応した。
「……まあ、なんだ。勝手に頑張れ」
そのまま窓の外へ降りようとすると、女がいきなり包丁を向けてきた。
部屋に落ちていたものを拾ったらしい。
彼女は震える刃先を俺に向けながら叫ぶ。
「待てって言ってるでしょ。聞こえなかったのッ!?」
「落ち着きなよお嬢さん。俺は突かれるより突きたい派なんだ」
俺は軽口を返しながら素早く手を伸ばす。
反応される前に包丁を奪い取り、それを窓の外へ投げ捨てた。
俺は驚く女を見て肩をすくめる。
「素人が特殊部隊のハンサムに勝てると思ったか?」
「ハンサムは余計じゃない?」
「むしろ最重要だろうが」
俺はため息を洩らす。
美女はなぜか勝ち気な様子だった。
どうやらまだ諦めていないらしい。
俺に同行するのが最も安全だと確信している。
その勘は正しいものの、こちらの拒否を無視する辺りが悪質だった。
数秒の思考を経て、俺はとりあえず会話をしてみることにした。
「君、名前と職業は?」
「ベッキーよ。仕事はここで娼婦をやってる」
「西のエリアで働いているのか」
「ここの構造に詳しいのね。その通りよ」
犯罪の巣の西エリアは、娼婦街と賭博場が立ち並ぶ場所だ。
アパートに隣接する形で発展しており、金と女には事欠かない地である。
ちなみにここは南エリアで、ギャングの拠点となっているアパート部分だ。
一般人は立ち入り禁止されているが、もちろん任務でやってきた俺には関係ない。
その時、扉の外で爆発音が轟いた。
ギャングの誰かが爆弾を使ったのだろう。
一瞬だが崩落する音もした。
どこかの床か天井に穴が開いたようだ。
ゴブリンの怒声もさらに強まる。
床に落ちたラジカセは、腹に響くようなダブステップを延々と垂れ流していた。
娼婦のベッキーは不安そうに扉を見ると、俺の手を握ってくる。
「ねぇ、ここにいたら死んでしまうわ。私を助けてよ」
「嫌だね。この状況で人助けなんかできるか」
「美人のお願いでも駄目?」
「すまんね。俺は誘惑になびかないタイプのナイスガイなのさ」
俺が堂々と答えると、ベッキーはムッとした顔になる。
そして次の瞬間、俺の首に手を回して胸に飛び込んできた。
「……えいっ」
押し倒されるようにして身体が後方へと傾く。
その先に床はない。
かなり下にアスファルトの地面があるのみだ。
俺とベッキーはアパート五階から空中へと身を投げ出したのだった。




