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たそがれミュージアム

作者: N(えぬ)

 クリスマス。太陽が傾き、足元が暗くなり西日が辺りの高いビルの上の方だけを照らそうかという時刻。入れ代わりに鮮やかな電飾が行く道を照らし出す。

 山口葵と近藤慎二が連れ立って歩いている。

 二人が歩いているのは立派だが古い建物の多い街の一角。進んで行くと路地があり、その路地を進んで入って行くと突き当たりが少し開けて広くなっている。

 奥まってビルに囲まれた場所だから日当たりは悪いが湿っぽい感じはしない。世間と隔絶された異空間という雰囲気が合って、それだけでもワクワクする気がする。広場は一面、平らな四角い石を敷き詰めてあり、建物も違う色味の石の荘厳な作りだ。建物と広場を照らすライトがもう点灯されている。

 建物の入り口上には、金属製の看板に横書きで『たそがれミュージアム』と書かれている。

「中が暗いわ……」

 建物の入り口に近づいて山口葵が不安げにガラス扉の中をかがみ込むように目を懲らしながら近藤慎二にそう云ってチラッと彼の顔を見やった。

「うん。あと5分くらい。16時半に開くんだ。着くのがちょっと早かったけど、ほら、入場券の発売所の前に待っている人もいる」

 云われてみると二人だけ人がいる。やはりそれも男女の組み合わせだった。

「夜に開場するミュージアムって、それだけでもなんだかワクワクする感じ」

「そうだね。さあ、僕たちも入場券を買おう」

 二人が入場券を手にして建物を見上げたりしながら待っていると黒ずくめの礼服の様なスーツの男が二人、中から出て来て入り口の両脇の薄暗い明かりの下に一人ずつ真っ直ぐに立った。

 ミュージアムの内部の明かりが薄ぼんやりと一斉に点灯した。先に待っていたカップルとその後ろに葵と慎二も続いた。

「ゴォン」と重々しい、どこかの古寺の鐘のような音が響き渡り入り、それを合図に入口の両側に立っていた黒ずくめの男が無表情に前を向いたまま、深くお辞儀をし、まるで病人の臨終でも伝えるように低く神妙な声で、

「開場でございます」そう云った。

 並んでいた人々が前に進むとガラスの扉はスーッと真ん中から左右に開いた。葵と慎二は、入り口横でお辞儀の姿勢のまま、ジッと動かない男達に自分達も軽くお辞儀をしながら恐る恐る中へと入っていった。


 『たそがれミュージアム』の中は、どこも薄暗い明かりで、互いの顔もよく見えない。入り口を入ってすぐのところにメッセージボードが立っていて、

「懐中電灯その他の照明器具はご遠慮ください」と書いてある。もうひとつ「写真撮影禁止」というのもあった。

 少し先の目の前には「順路」と書いた矢印のマーク。

 このミュージアム、何を展示しているかというと「妖怪と幽霊とその他関連するもの」である。黄昏時の薄暗くなった、昼と夜の混ざり合う曖昧な境界の時刻が妖怪や幽霊が出るようになる時刻であり、つまり彼らの起床時間ということであり仕事時間なのだ。それら妖怪や幽霊は今や出現場所が限られてしまい、活躍の場が減少している。そこで環境を整えた場所を提供して、みんなに見てもらおうというのがこのミュージアムだ。


 葵と慎二が順路に沿って歩いて行くと手すりがあってその向こうに古い板塀がディスプレイされていて、その前に、ぼぉっと何か人影が浮かび上がった。くすんだ暗い色の着物に、ほどけた長い髪の女性が背を向けて立っていて、葵と慎二の二人が前に通りかかるとその女がクルリとこちらを振り向いた。

「……はっ」

 葵も慎二も一瞬息をのんだ。女は顔が無かった。のっぺらぼうだ。だが、不思議なことにのっぺらぼうなこの女は「微笑んでいる」と分かる。

「いらっしゃい……」

 のっぺらぼう女のそのことばには、おどろおどろしいのに感謝の気持ちが籠もっていて、それが伝わってくる。思わず葵と慎二は、

「いえ、どういたしまして」と声を合わせて挨拶した。

「すごく不思議。見た瞬間『これは作り物じゃない!』ってわかる」

「ホント。なんでなんだろうね?」

「これは、怖がりな人はとてもじゃないけど、一発退場って感じの場所ね」

「葵は平気なんだね。僕は怖いよ……」

「アラ。私を誘っておいて自分の方が逃げ出したいってこと?」

「逃げ出しはしないけど。君がこういうことに僕より強いって云うのが計算外だった」

「ううん、なるほどね。私を甘く見ていたのね!」

 慎二は頭を掻いて苦笑いした。

 その後も次々、有名な妖怪や幽霊が登場した。猫又は座敷の畳の上で着物姿で座っており、その裾から二本の尻尾がにょろっと出ている。

「かわいい!飼いたい!」

 葵は云いながら目を輝かせている。

「でも説明に、『人を化かす、食い殺す』って……」

「それは困るわね」

 それからあとは、『二口女』『ろくろ首』などが続いた。展示スペースの妖怪に目を取られてよく見ていなかったが、気がついてみると順路で明かりになっているのは『提灯お化け』だった。提灯に顔があり、辺りを照らして舌をべろりと出してみたりする。どうもその舌で順路の進行方向も示しているようだ。

「やだ。これも欲しい。ベッドサイドとかに」

 葵は怖がったり驚いたりしながら相当に楽しんでいる。慎二はやっぱり、怖さが先に立って彼女ほど楽しくはないようで、もし明るい場所であったら顔が青いのが分かっただろう。


 そうして見て歩くと、アッという間に時間が過ぎて行った。時の経つのも忘れるとはこういうことだ。客も結構入っている。やはりカップルが多いのだが、よく見ると「下半身が透けて見えない人」も紛れていて、ギョッとしたりする。

 しばらくして通路の奥の方の、少し離れたところから何かお囃子のような音が聞こえて来た。何か大きな集団が連なって歩いて葵と慎二の方へ進んでくる。

 慎二がミュージアムのガイドパンフレットを見ながら、

「アレは、このミュージアムの名物『妖怪パレード』だね」

「うぁ、写真撮りたい。けど禁止なのよね」

「うん。パンフレットによると、基本的に禁止だけど、撮影しても『何も映りません』て書いてあるね」

「そうなんだぁ?写真に写らないのねみんな……残念」

 そうしているうちに妖怪パレードが近づいて来た。先頭の山車の上で化け狐、化け狸が色々な人間に変化したりして見せている。周りを赤いもの青白いものの人だまがフラフラと飛び交う。お囃子の山車では、ぬらりひょんが横笛に青鬼赤鬼が太鼓を叩き、その後ろには大きな、もう高い天井に届きそうな何本もの首と尾が見える。

「ヤマタノオロチだ。かっこいいなぁ」

「慎二、この妖怪は気に入ったのね」

 葵は慎二が妖怪にやっと好意的な発言をしたので笑った。

「すごい迫力だ」

 ヤマタノオロチはパレードの見物客に大きな口を開けてガァーッと威嚇して見せたりしたので、そのたび方々で「おぉ」っと歓声が上がった。

 パレードには西洋の妖怪も混じっていた。狼男は人から狼へ変身して二本足で立ち歩いた。吸血鬼はパッとコウモリに変身して見せた。ガシャガシャと音をさせて歩く骸骨も、途中で突然崩れ落ち、そうしたかと思うとまたすっくと立ち上がってガシャガシャと歩いた。

 パレードの最後尾には、赤や青の淡い光を放ちながら小さな羽で飛び回る妖精が集団でやって来た。妖精は手に小さな杖を持っている者がいて、その杖を振ると光の破片が飛び出してきて観客に降りかかった。

 妖精たちが葵と慎二の前に差し掛かったとき、一体の妖精が進み出てきて、二人に杖を一振りした。二人を光の破片が包み込む。葵は舞い落ちてくる光に手のひらをそっと出して受け止めた。

「きれいね。すてき……」

「うん」

 慎二はあらためて葵の手を少し強く握り直した。


 楽しい時間はアッという間に過ぎてゆき、葵と慎二は、最後にミュージアムのフードコートに足を運んだ。

 そこには、ここならではの食べ物やお土産物も多数並んでいた。

 葵は席に座って雪女パフェを食べた。慎二は座敷童だんごを食べた。

 妖怪ミュージアムのパンフレットには、

『このパレードに出てくる妖精の振る杖の光は、恋人の心を強く一つにするかも?!』と書いてあった。実は慎二は、これが目当てで今日のデートにここを選んだのだ。

 葵はパフェの冷た~いけど、とろりと溶けるパフェを一口、口に入れながら、

「今日はなんだか、ちょっと怖くてでもすてきな夜ね……それで慎二君、妖精の効果はあったと思うかな?」

 葵はそう云うと慎二に肩を寄せた。

「あっ。知ってたな?」

 慎二は妖怪ミュージアムのパンフレットを見ながら葵を案内していたが、葵のバッグには同じパンフレットが以前から入っていた。


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