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開いていただきありがとうございます。
「・・・・・。」
なつかしい夢を見た。十歳の時の夢だからもう六年近く前のこと。よく鮮明と覚えているものだ。しかしそれほど忘れたくない、本当に夢のような素敵なできごとなのだ、私にとって。
あのあと、王子さまは隣国へ留学してしまい、そのあとは社交界デビューと大忙しで、話すことはおろか、直接会うこともできていない。
「おはようございます、ベリナお嬢様。今日は朝から大忙しですよ。」
そんなメイドの声を聞き、今日も一日が始まる。
「お嬢様、馬車の用意ができました。」
あわただしい日中はあっという間に過ぎた。
なぜ忙しかったのか。
今日は仮面舞踏会が開催される。
いわゆるお見合いパーティー。
仮面をかぶって、身分も関係なく相手を選ぶことができる。
それが仮面舞踏会。
年に一回、社交シーズンの真ん中あたりに行われる。
楽しいことが好きな現国王様が始めたらしい。
「では、行ってまいります。」
玄関先で私は馬車に乗り込む。
「いってらっしゃい。グレイアがあなたの仮面を用意してお城の前で待っていてくれているわ。帰りはあの人と一緒に帰ってきてね。」
「わかりました、お母様。」
お父様は今日も仕事の用事で帰りは遅い。一緒に帰ってくれば馬車も一台で済む。ありがたい。
「いってらっしゃいませ、お嬢様。」
丁寧に着飾ってくれたメイドたちが見送ってくれる。
「ありがとう。では、お願いします。」
裾が風で揺れる。
今日着ていくのは今年の社交界デビューのときに新しく作ってもらった中でもお気に入りのよく晴れた空色のドレス。
瞳の朝焼け色にあわせて同じ空色として作ってもらったドレス。
裾が動くたびに揺れるドレスの裾が自分でもかわいいと思う。
お気に入りいのドレスを着て、今日はあの方に話しかけることができるといいな。
ベリナ・ワイフレット、それが私の名前。
ワイフレット家は先祖代々続く由緒正しい侯爵家。
私の家族を紹介するわね。
お父様のサイラスは国王の秘書官をしている。
ワイフレット家初の秘書官。親戚で集まると父親が褒められているのを聞くと娘としても誇らしいしうれしい限り。
お父様の横に並ぶのはスウェーデ伯爵家から嫁入りしたお母様のエレーナ。
娘の私が言うのもなんだがお母様は綺麗。
見た目だけじゃない、中身も綺麗なの。優しくて気が利いて、使用人の人たちみんなと仲がいい。自慢のお母様。
そして兄様のグレイア。
二十一歳という若さで第二騎士団の副団長をやっている。
兄妹とても仲がいい。
けんかもよくするけど。
面倒見がよくて、しっかり者。
剣の腕は素晴らしいのに、どこか抜けている。
そこも兄様の魅力の一つ。
私たちワイフレット家に生まれてくる人は神秘的な朝焼け色の瞳を持って生まれてくることが多い。
特に私たち兄妹の瞳は美しいと親戚中で大人気。
この瞳の色はわたしの自慢。
それと、もう少しで家族になる兄様の婚約者のミリタリー・フイエアールドお姉様。
昨年、ミリタリーお姉様が十六歳を迎えて婚約を発表したの。
兄様、二十歳になるまで婚約者を持たなかったから、四年間毎日のようにお見合いのお手紙がたくさん来ていたわ。
お断りの返事を書くのに私まで駆り出されたんだから。
ずっとミリタリーお姉様が十六歳になるのを待っていた。
もともとお家が近くて小さい頃はお互いの家を行き来して遊んでいたわ。
ミリタリーお姉様が本当のお姉さまになってくれるのが待ち遠しい。
ミリタリーお姉様は、十六歳とは思えない可憐な容姿をしていらっしゃる。
でも本当はとても活発なの。
小さいころ兄様と私、ミリタリーお姉様と双子の弟のタキアお兄様とよく遊んでいた。
外で走り回って遊んで、かくれんぼや木登りはいつもしていた。
私はすぐお洋服を汚してしまうから、ミリタリーお姉様が遊ぶ用のお洋服を作ってくれたのは嬉しかったなあ。
内緒で、兄様とタキアお兄様の剣のおけいこにも混ぜてもらっていた。
ちなみに、タキアお兄様はスウェーデ家のドリトア様と婚約なされたわ。
ドリトア様も優しくしてくれるから好き。
大好きな人たちが一緒に幸せになるのは嬉しい。
姉弟そろって社交界デビューと同時に婚約発表ですもの。うらやましい限りです。
貴族の子どもとして生まれてきたからには、家のために気持ちがなくても結婚しなければならない。
もし、私に大切な人が見つからなかったら、お父様たちに決めてもらうつもり。
好きな人と一緒になれるのは本当に幸せなこと。
城につけば、お兄様と、なんと、ミリタリーお姉様がホール前で待っていてくれた。
兄様は騎士団の服装。ミリタリーお姉様は、よそ行きの格好?もしかして・・・
「仮面舞踏会には参りませんよ?今日は父に用があって王宮へ来ていたの。これからグレイアに送ってもらうところ。」
さすが、私の考えていることなんてお見通しです。
「こうしてミリタリーお姉様にあえたから、ご用はナイスタイミングです。」
もう少しの辛抱だが、今は住んでいる場所が違うためなかなか会う機会がない。
会いたかった。
「こら。せっかくのかわいいドレス姿なんだ、走らない。」
「ふふ、私もベリナに会えてうれしいから、走り出したい気持ちはよく分かるわ。」
苦笑交じりな兄様、愛らしく今日は黄色のドレスを着て妖精のように微笑むミリタリーお姉様はなんといっても絵になる。
そこに私が入ったら、絵を台無しにしてしますので、2人の目の前で止まる。
「さあ、ベリナ。今日は仮面舞踏会。」
そういって兄様が渡してくれた仮面は、夕焼けが終わった少し暗くなった空の色。きっと今日のドレスにあう。
「ありがとう。それじゃあ、いってきます。」
いざ、戦場へ。
ダンスを何曲か踊った。
ダンスは好きだが、小柄な私は背の高い男性陣と踊ると少々疲れる。
壁の近くに行き、グラス片手に踊っている方々を見守る。
「見つけた。」
知った声が聞こえ振り向くと、友人のマリエールとルーシェだった。
「マリエール、ルーシェ。」
ダンスで疲れたとはいえ、大切な友人の顔を見れば疲れなど吹き飛ぶ。
「こら、大きい声で名前を呼ばないの。それは、今日はご法度よ。それにしても、相変わらず嬉しそうな顔するわね。そんなに私たちに会いたかったの?」
冗談交じりに、それでもどこかわかりきったようにルーシェがつぶやく。
「それはもちろん。会いたかったわ。」
私たちは隅のソファーのある場所へと移動した。
いつのおしゃべりも飽きることはない。
いくらでも話していられる。
ここなら誰かに話を聞かれることもないから、名前も呼べる。
「そういえば、そろそろベリナも十六の誕生日よね。」
そう、来月私は十六歳を迎える。
「ってことは、婚約の話も少しずつ本格的に出てきているの?」
マリエールが好奇心を輝かせた瞳に私を映す。
「残念ながら何も。」
肩をすぼめ、グラスを傾けた。
この国では十六歳が社交界デビュー。十六歳になれば婚約者を決めることができる。
言い換えれば十六歳になるまで婚約者を持てない、ということだ。
しかも男女お互いが十六歳以上になっていることが条件だ。
婚約者を幼いころからそれとなく決まっているらしいが、未来はどうなるかわからない。結局は違う人と一緒になった例も少なくない。
いや、むしろ多いのでは。
そんなわけで、十六歳になる私も相手を見つける年齢になったのだ。
私はそっと、一人の男性にそっと視線を送る。
その先にいるのは髪の色と同じ金色の刺繍の入った仮面をつけたこの国の第3王子。アラン殿下。
いつ見てもお美しい。仮面をつけている意味がない。すぐわかる。
金色の髪はシャンデリアの光にあたりキラキラとしている。
仮面をつけているとはいえ、その微笑みの真ん前にいる令嬢はここから見ても目をハートにしているようだ。
隣の方なんか立っているだけで限界のようにとろけたお顔。
洗練された動きは、ワインを持つだけでも美しい。
誰をも魅了するそのお顔、仕草。
私にだけに向けられたら、と考えるだけで幸せなことか。
昔はそうだったのに。
そっとため息をつくのだった。
ベリナが幼かったころ、秘書官である父に連れて行ってもらい王宮によく出入りしていた。
グレイアは父の仕事に興味をお持っていたので、ついて回っていた。
ベリナは庭園で遊ばせてもらっていた。
そこで、出会ったのがアラン殿下。
それから王宮に行くのが楽しみで、庭園が彼と待ち合わせの場所になった。
始めは庭園の散歩。
見つけた花や動物たちの名前を教えてもらった。
意外と虫が苦手で近づけると後ずさるアランに笑ってしまった。
身に付けた剣技だってみせてもらったし、教えてもらった。
庭園を抜け出して、馬小屋にいったり、王宮内を探検したり、調理場にいてつまみ食いをさせてもらったりした。
もしかしたらアラン殿下はわたしのことを知っていたのかも。
でも、二人で庭園の中で遊んでいるときは、身分なんて関係なかったからそれでよかった。
このころから、ベリナはアランが大好きだ。
子どもの口約束とはいえ、結婚の約束をした。
もちろん、ただの子どもの約束。
それでも嬉しかった。
名前から気付けばいいものを。その時間が大切だった私は、のちに本当に王子様と知ったときは焦ったし、この初恋がかなうはずないと知って打ちのめされた。
あれから六年たった今、アランは二十歳。
十六歳になって四年がたつが、婚約の話はいまだ聞かない。
これはアランに全く女性に興味がない、もしくは、同性愛者なのか、といううわさが貴族の間では回っている。
もし話をする機会があったとしたら、あの頃を変わらず話をすることはできるだろうか。
何せ六年も前のこと。私のことなんて忘れてしまったのではないか。
また自然とため息が漏れる。
「ほら、またよ、ベリナ。アラン殿下を見てため息をつくのは。」
ルーシェはそういって私の頭を撫でてくれる。
面倒見のいいお姉さま気質なのだ、ルーシェは。
「殿下、今日も今日とて素敵よね。ベリナは殿下が好きなの?」
普段おっとりしているのに、ストレートにものを言ってしまうのはマリエールの直してほしいところだ。
間違っていないから否定できないし。
「アラン殿下か。いまだに令嬢と噂になるようなことはないけれど、あの方は本当に女性に興味があるのかしら。やっぱり、男性が好きって噂は本当なのかしら・・・。」
ルーシェもルーシェで遠回しに諦めなさいって言っている気がする。
2人には、初恋のことは話していない。
話したとしても彼女たちならはやし立てたりしないだろうが、何も変わらない。
「そういえば最近、アラン殿下の近くによくコリトア嬢がいらっしゃるわよね。今日も一番前で話しかけていらっしゃるわ。」
ルーシェの言葉で私たちはもう一度アラン殿下へ視線を向けた。
コトリア・ポボレンシエ令嬢は十七歳。
昨年社交界デビューを果たしたばかりである。成人まで社交界に出てこなかったのは、珍しい。
どのような令嬢なのかと様々なうわさが飛び交っていた。
いろいろなうわさが流れたが、その容姿を見ると納得するものがあった。
コトリア嬢の髪は珍しい銀色。
横を通り過ぎれば、誰もが振り向いてしまう。
髪だけではない。
見とれてしまうような、それでも幼さの残る整った顔立ち。
十七歳とは思えないはっきりとした身体つき。
今日も仮面をしているが、醸し出されるあの美しさと色気は隠しきれない。
女のベリナですら見とれるのだ。
男性も、もちろんアラン殿下も・・・
「きっと見とれてしまうわ。」
ため息はどうしようもなくこぼれる。
「ねえ、ベリナ。せっかくだからもう1曲踊ってこない?せっかくの社交シーズンですもの。ベリナのダンスを見せないなんてもったいないわ。」
ルーシェがそういって私の手を引いた。
「そうしたら、マリエールがひとりになってしまう。」
「いいわね、私も踊ってこようかしら~。」
マリエールが私たちに続いて立ち上がり、ホールの真ん中へとどんどん進んでいく。
「ほら、マリエールもそういっていることだし、3人で行きましょう。」
ホールへと出てきた令嬢へはすぐに声がかかるものだ。
「どうですか、僕と一曲。」
さそってくださったのは、緑の烏のような形の仮面をつけた人。装飾の羽は黄色。
派手。
「いってらっしゃい。」
ルーシェに背中を押され、相手の手を取った。
「やっぱり、あの子のダンスは素晴らしいのよね~。」
1人と踊ってすぐに壁の花へと戻ったマリエールは、ルーシェが返ってくるとホールを見ながらつぶやいた。
「本当にそう思うわ。男性パートも踊れると楽しく踊るのコツがわかるって言ってたけど、それはベリナだけよ。」
これで二人目。
ベリナはずっとダンスの誘いを受けて踊っている。
ダンスの得意でない殿方でも、ベリナがさりげなくリードして、うまいように見せている。
「よろしければ、次は私と踊ってはいただけませんか。」
次々誘ってくれるのは嬉しい。しかしダンスが得意とはいえ、さすがのベリナも疲れた。
「申し訳ありません。少し疲れましたので、断らせていただきますわ。」
そういってバルコニーへと退散する。
ルーシェたちも再び踊りにでている。
ちょっと風にあたりたい。
このバルコニーには誰もいない。
だって秘密のバルコニーだ。
別に秘密ではないが、ホールの四隅に設置された外に出るための階段のないバルコニーで、普段、人はここに来ない。
「風が気持ちい。」
小さい頃はしゃがんでしまえば外から見えなかった。
今はドレスでそんなことできないが、ベリナ今も隠れた休憩場所。
栗色の髪が風になびいている。
「あれ、まさかの先客だ。」
そんな声が聞こえた。
間違えるはずない、この声は・・・。
「!?」
嘘!?
アラン殿下がなぜここに!?
ふり返ったがホールの光が少ししか届かず、月明かりで殿下のシルエットが浮かぶ。
顔まではうまく見えず、どんな表情をしているのかわからない。
「悪い、急に声をかけて。ここは人がいないところだから、いることに驚いたんだ。休憩?」
向こうからも顔は見えないようでベリナであることに殿下は気付いていないようだ。
しかし、すみません。
私はわかります。
お顔が見えなくても声でわかります。
何せずっとあこがれてきたのですから。
「はい、ダンスは好きなのですが、少し踊り疲れてしまったので、人がいないところで休みたくて。」
鼓動が速い。話をするなんてあの約束ぶり。
「一緒だ。ダンスは楽しいけどな。何事もやりすぎはよくない。」
沈黙・・・。
ほんの数分に満たないのだが、ずいぶん長く感じる。
暑さもひき、もう戻っても大丈夫。
勇気をだせ。
何か、何か話がしたい。
でも何を?
私のこと、覚えていますか?
ここで名乗っていいものなのか。
「どうだい?ここであったのも何かの縁だ。ダンスが好きと言っていたね。一曲お相手いただけないだろうか。」
沈黙に耐えられなくなったのは向こうも同じか。
ちょうど曲が新しくなった。
私のこと、覚えていますか?
ここで名乗っていいものなのか。
一緒に踊れるなんてこれから先ないかもしれない。
「喜んで。」
そっと手を重ねる。
大きくなった手。背。
この距離は初めてではないが、心臓がうるさい。
それにしても踊りやすい。
兄様が踊りやすさナンバー1だったけど、殿下のほうが踊りやすい。
これは贔屓目だろうか。
「うまいな。今日二度目だ、君に驚かされるのは。」
「ありがとございます。私もこんなに踊りやすいダンスは初めてです。」
緊張よりも楽しさが勝る。
一曲、この一曲がずっと続けばいいのに。
「ありがとう。君とのダンスはきっと忘れない。」
そういって殿下はホールに戻るよう促す。
「こちらこそありがとうございました。」
私は淑女の礼をとり、ホールへ足をむける。
後ろ髪を引かれるが、一緒に出ていったら目立ってしまう。
そんな配慮。
「どこかでまた一緒に踊れたら、今度は君の名前を聞くことにするよ。」
読んでいただきありがとうございました。