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海までは電車で三十分ちょい。

「海だ……」

「海だねー」

がたんごとん揺れる車内、窓から見えた砂浜に冬がぼーっと見惚れる。駅に降り、更衣室で着替え、ビーチに集合。さて泳ごう、としたところ。

「って、なんで着替えてないの?」

なぜか、冬がtシャツ姿のままだった。

「なんでって、俺泳げないし」

「なんで来たの!?」

「やー、なんか気分的に夏は海! みたいなとこあるじゃん」

「いや泳ごうよ!? てか冬くん運動神経いいでしょ!? 練習したらすぐ泳げるようになるって!」

「いやー、それは……」

冬はそっと目をそらし、おずおずと口を開く。

「あの、だんだん深くなっていくプールあるじゃん?」

「あー、あるね」

「……あれで、小学校のとき、突然足がつかなくなって溺れて……。それから泳げない」

「あー」

トラウマ、というやつか。しかし、なら生まれ切ってのカナヅチというわけではないのだろう。少しずつ水に慣れていけば泳げるようになる可能性は十二分にある。

「じゃあもうここで泳げるようになろ? 見てあげるから」

「えー、夏樹に教えられるとか、屈辱」

「はいはい、いいからこっち来て」

夏樹が引っ張っていったのは海の家。わずかながら水着も売っている。サイズが合いそうなものを適当に選んだ。

「あ、上半身裸はちょっとあれだから、羽織るものも買って」

「……」

一瞬、殴ったろかこのガキ、と思ったがが、乗りかかった船。言い出しっぺは自分だ。ぐっと我慢して薄手の白いパーカーを購入。

「うぅ……まさか自分で稼いだお金での初出費が冬くんの水着とは……」

ちょっと泣きそうになったが、これも因果というもの。たぶん前世でアリさん十匹くらい踏み潰したんだろう。今世では徳を積んで来世で楽しよう。

夏樹が悲壮な覚悟を決めていると、着替えた冬がやってくる。

「おまたせー。似合う?」

「はいはい、世界一可愛いよ」

羽織ったパーカーの胸元に手を当て、なにやらポーズを取ってくる冬にてっきとーな返事をすると、すたこら海へと歩き出す。

「とりあえず顔つけるとこからかなー。冬くん、どこまでなら入れる?」

振り向くと、冬は波打ち際でびっくびくしながら足のさきっちょを水につけては引っ込めてを繰り返していた。思ったより重症だった。夏樹は冬の腕をとる。軽く引っ張ると、冬は遅々とした歩みながら海へ進み始めた。

亀よりのろい行軍。見ていた小学生くらいの男の子に全力でバカにされた。夏樹はイラッときたが、本人は水との戦いで頭がいっぱいのため、周りのことを気にする余裕などない。

ようやく腰まで浸かれたとき、冬の唇は真っ青だった。夏樹は慌てて陸へと引き上げた。


レジャーシートの上、冬は膝を抱えて海を眺める。

「落ち着いた? はい、食べればどうぞ」

隣に腰を下ろしながら、焼きそばのパックを置く。冬はちらと見、ちっさな口で食べ始めた。

「もう帰る?」

「……もうちょいやる」

「そ」

それだけ返し、夏樹も焼きそばをすする。

昼食を終えると、再び水に入る。今度は胸まで入り、そこで一旦上がった。その次でようやく肩まで入る。

「じゃあ顔つける練習始めるけど、大丈夫?」

「う、うん。大丈夫、ちょう平気」

両手とも、夏樹の手をしっかりと掴み、ぶるぶる震えながら答える。明らかに大丈夫じゃないが、少なくともやる気はあるようなので、もう少し続ける。

「じゃー、顔つけよっか」

こくこく頷き、冬は思いっきり息を吸う。そして、

「ぷはっ」

一気に吐き出した。もう一度息を吸って顔を下げるが、やはり水面に着く前に息を吐いてしまう。そんなことを繰り返すうちに体が冷えてきた。

「ちょっと休憩しよっか」

とは言うものの、時刻はもう三時を回っている。そのあとラストにもう一度だけ海に入ったが、特に進展はなく終わった。帰りの電車には、夏樹は元気で冬はげっそりという、いつもと逆の光景があった。

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