田舎
揺れる車内。新幹線から見える景色は目まぐるしく変わっていく。窓側に座った冬は先程まで景色を眺めていたが、今は冷凍みかんをむいていた。
「うわー、かったー。ねえ、夏樹、これ固すぎてむけないんだけど」
「ちょっと手であっためてからむけばいいでしょ」
「手冷たい。解凍して」
それを受け取った夏樹は手でみかんを包んだが、あまりの冷たさで手が痛くなり、太ももに挟む。それを見た冬はちょっと嫌そうな顔をしていた。「人の食いもんを足で……」とかなんとかぶつくさ言っている。
二人は今、夏樹の祖母の家に向かっている。
こうなった理由は夏休みに入った直後の会話。
その日、嬉々として夏休みの予定を聞いてきた冬に、夏樹は「最初の一週間はおばあちゃん家行くから」と答えた。すると冬が泣きそうになった。仕方ないので連れてきた。
おばあちゃんにどう説明しよう……そう考えていた夏樹は諦観のため息。
「そういえば、駅まで一緒に来た人、冬くんのお父さんだよね?」
二人は新幹線が出る駅で待ち合わせをしていたが、待ち合わせ場所に冬は四十過ぎの男性と一緒に現れた。そのことを聞いているのだろう。
「ああ、うん……そうだけど」
「そっかー。なかなかかっこよかったじゃん」
「……そうかもね」
それきり、会話はとまる。それまで夏樹の足に挟まれた冷凍みかんを眺めていた冬は興味を失ったかのように窓の外に視線を移した。
五分ほど経ち、皮に爪が入るようになる。みかんをむいて渡すと、冬は鼻歌混じりに食べ始めた。いつも通りの、上機嫌。
三時間ほどで、新幹線を降りる。そこからは電車を乗り継いで山のふもとにたどり着く。目的地は山の中腹にある一軒家。
「おばあちゃんだけだっけ?」
「うん。おじいちゃんは去年死んだ」
「そっかー。ご愁傷さま」
最初こそ雑談を交わしていた二人だが、山道を登るにつれ無言で歩くようになっていく。暑い。容赦なく日差しが照りつける中、900メートルほどの標高を登る。
「……めっちゃ山じゃん」
「はは。ほんとにね。おばあちゃーん、いるー?」
がらり、と引き戸を開けると、中はほんの少し涼しい。靴を脱ぎ、荷物を降ろしていると中から白髪の老婆が出てきた。山姥、と言いかけた冬は慌てて口をつぐむ。
「ああ、夏樹。久しぶり」
「うん。久しぶり」
「その子がお友達?」
「うん。斎藤冬くん。ちっちゃいけど同い年だから」
ちっちゃくないわ、と夏樹のスネを蹴る。それを見た老婆はのほほんと笑った。
「仲良しだねぇ。なんにもないけど、どうぞあがって」
「おじゃましまーす」
荷物はすべて夏樹に持たせていたので身軽だ。さっさとあがってもたつく夏樹を待つ。
リビング、というより居間には、テーブルとテレビだけ。畳敷きで、テーブルの下に大きな穴。
「えっ、夏樹、これ掘りごたつ!? 掘りごたつだよね!?」
「ああ、うん、そうだよー。夏だからこたつにはなってないけどね」
うはー、と冬はテーブルの下に掘られた穴にすとんと足を下ろす。それから少し右へ寄り、床をとんとんと叩いた。はいはい、と夏樹は隣に座る。
二人が座ったのはテレビの正面の席。後ろは庭に面しており、ガラス戸が開け放たれているお陰で時折そよぐ風が吹き込んでくる。左手には和室があり、障子で区切られている。入ってきたのはテレビの脇のドアから。テレビを挟んで反対側に台所に通じるドアがある。そのドアを通って、お盆を持った老婆が入ってきた。
「はいはい、どうぞ。お茶とお菓子。あんまりいいもんじゃないけどね」
「ありがとございまーす」
冬は遠慮なくごくごくとお茶を飲み干し、お菓子の包みを開けた。老婆は「元気だねぇ」と漏らしながらお茶のおかわりをついでいる。
「……さっすが冬くん。遠慮とは無縁の男」
「ん? ふぁに?」
「なんでもない」
口にお菓子を詰め込んでリスみたいにした冬が見上げてくる。夏樹の答えを聞くと首を傾げたが、すぐにお菓子に向き直った。
「今日はどうするの? もうずっと家にいる? それとも虫取り?」
「さすがにもう虫取りはしないって……。んー、まあ、とりあえず今日は家でじっとしてるかなー。それでいい?」
問うと、冬はこくこく頷く。
それから夜までひたすらだべり、夕食は三人でとる。各々お風呂に入り、そして就寝。そう、就寝なのだが。
「……なんで、私と冬くん同じ部屋なの?」
「え? じゃあ俺におばあちゃんと寝ろと?」
「違うわよ! 私とおばあちゃん! で、冬くんはひとりでしょ普通!!」
そのおばあちゃんは別室でひとり就寝中。今から起こすのも気が引ける。
「あー……じゃあもう居間で寝るかー……」
「えー。せっかくなんだし、一緒に寝ようよ」
「寝るわけないでしょ。付き合ってるわけでもないんだから」
「つれないなー」
と、口ではいいつつも、せっせと夏樹の布団の隣に自分の布団を敷いている。が、夏樹は障子に手をかけていた。
「じゃ、私居間で寝るから」
「えー、うん……。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
夏樹は布団を抱え、居間に移る。といっても、ふすま一枚挟んでいるだけなのだが。
なので、話しかければ普通に聞こえる。
「ねー、夏樹ー」
「……なによ」
「暇。なんか面白い話して」
「……寝なさい」
「いや、まだ九時半だし」
「明日海行くんだから、さっさと寝なさい。足つるわよ」
「夏樹と違ってそんな間抜けなことならないよ。夏樹じゃないんだから」
「……私、冬くんにどう思われてるの?」
「間抜け、バカ、なんかうるさい、偏差値5、ゴミ」
「……もう遊んであげない」
「え、ちょ、夏樹ぃい……」
「あーもー、冗談だから。そんな声出すな」
「夏樹が変なこと言うからじゃん」
「おやすみ」
「……おやすみ」
「…………」
「…………」
しばし、秒針の音。
「………そういえばさ」
「寝なさいってば」
結局、十二時を回るまで雑談していた。