day38 to be continue?
自分の部屋であろうと未知の世界であろうと、東雲夏樹が起きて最初にする行動に変わりはない。ぼやける視界の中、見知った少年の姿を探す。それはすぐに見つかった。自分の膝の上に身を預け、猫のように小さくくるまって眠っている。
少しずつ寝る前のことを思い出してきた。ドラゴンのいた空間へと続く道を見るも、ただ赤々とした溶岩が流れているだけ。反対側を向くと、1メートルも離れていない場所に悪魔の少年が眠っていた。自分が最初に起きたらしい。
そっと冬の頭をゆする。
「冬くん、起きな」
いつもは10分以上ぐずるのだが、眠る前のことを覚えていたのだろう、今回ばかりはすぐに身を起こす。
「大丈夫? 怪我ない?」
「……へーき」
「そう。良かった。ルーザくんは?」
「かなり、回復してます……。もう魔法も使えるくらい」
意識はあったのだろう、返事をし、ゆっくりと体を起こす。
「あそこが出口なんだよね?」
入ってきたのとは反対側を指差す。その先は明るい場所に続いている。マグマとは違う、白くて落ち着く、日の光。
「外かはわかりません。けど、あそこがゴールです。あの場所に魔剣がある」
魔剣、その言葉を聞いて冬が飛び起きた。寝ぼけ眼のまま夏樹の手を取り、魔剣の場所へと走る。
暗い洞窟を抜けると、そこは優しい光に包まれた泉だった。むき出しの岩肌は荘厳な大理石へと代わり、泉の中央には台座が据えられ、そこに一振りの剣が差さっている。ルーザが無意識のうちに剣へと手を伸ばすと、泉の上に細い道ができた。三人はそれを度り、台座の上で魔剣を囲む。冬が柄を掴み、引っ張ると、それは簡単に抜けた。
美しい剣だった。冬はその刀身に魅せられ、言葉を失っている。夢中になった冬は何を言っても聞こえていない。そのことを知っている夏樹はそっとルーザに尋ねた。
「これがあればもとの世界に帰れるんだよね」
「はい。少々複雑な術式が必要ですが、異界への扉を開くに十分な力は備えています」
「ルーザくんはその、術式? っての、できるの?」
「はい。僕は魔力の絶対量が少ないだけで、繊細な術は得意なので」
「そう。たしか、ルーザくんのご主人さまって冬くんと私なんだよね?」
「はい。そういう契約です」
「じゃあさ……」
そこで言葉を区切り、夏樹は冬の口を押さえて抱き抱える。不意打ちを食らった冬が剣を離すと、夏樹はそれを奪ってルーザに押しつけた。
「今すぐ私と冬くんをもとの世界に返して! 早く!!」
冬はすぐに状況を理解し、夏樹の命令を取り消すための呪文を唱えようとする。しかし口は塞がれ、強く抵抗したら夏樹が湖へと落ちる。結果、夏樹の腕の中で暴れるだけ。その間にもルーザは術を編み、ただちに発動される。
魔剣に込められた魔力が脈打ち、付加された術式に従って世界の法則を改竄する。決して行き来することのできない場所へと繋がった穴は二人を吸い込もうとする。ようやく冬は夏樹の手から逃れ、叫んだ。
「まだ帰りたくない!!」
「もういいでしょ! ダンジョン入ったし魔物倒すしたしドラゴンとも戦ったし!」
「なに言ってんの夏樹バカなの!? まだ魔王倒してないじゃん! ちょ、ねえってば、ねえ!!」
いくら冬が抵抗してもすでに開いた世界の穴は無感情に二人を吸い込んだ。五感のすべてが途絶え、ついで意識も朦朧とする。次に光が戻ったときにはもう、見知った夏樹の部屋だった。
× × ×
いつものファミレス、力強く立ち上がった冬は叫ぶ。
「っていう夢を見たんだよ!!」
異世界へ行き、悪魔と共に大冒険をした話を聞かされていた夏樹は補修課題もままならず、諦めて冬の相手をする。
「っていうか、冬くんは私のことなんだと思ってるの?」
「……便利?」
あまりにあまりな回答に、夏樹はがくっと首を落とす。夢の中で美少年好きの変態にされ、殴って気絶させられたりわけのわからない冒険に連れまわされたり。
「いや、まあいいんだけどね」
「良くないよ! なんで夢なの!? 俺はほんとに行きたいのに!!」
「あー、はいはい。こんな所で叫ぶな」
悶える冬をなだめる。会った時から異世界ばっかりだなーと思い出に浸る。変わってないことに安堵すべきか進歩のないことに悲しむべきか。
なんにせよ、この少年はいまだに異世界に憧れているらしい。
「ま、そういうところも可愛いんだけどね」
「誰がかわいいか!」
噛みつく冬に、夏樹は思わず苦笑した。




