day34 旅立ちの時
かつてこの世界で栄えた国、エトランド王国。その国は今よりも遥かに高い文化水準を持ち、その国力は周辺国を圧倒、覇権国家として君臨していた。
しかしさらなる力を求めた彼らは禁忌に触れる。この世界を創りし神の定めた法則をねじ曲げる術、魔導の道。彼らは悪魔を召喚して使役し、また悪魔を物体に封じ込めて様々な魔道具を製作。中でも優れていたのが魔剣ルーズカーシュ、それは火、水、空気、土の四つの元素を操る力を術者に与える。魔剣ルーズカーシュを持った人間は炎を操り、意のままに大地の形を変え、空さえも飛ぶことができるという。
そんな、これでもかという中二アイテムを、冬が見逃すはずがなかった……!!
「魔剣ルーズカーシュは西の森の地下神殿に置かれています」
「魔剣、地下神殿、西の森……ふふふ」
揺れる馬車の中、テンションが上がる冬。最後のはただの地理だろ、と突っ込みたくなる夏樹だが、それは抑えた。
「そういえばルーザくんってなんで日本語しゃべれるの?」
「夏樹しゃべんな、死ね」
夏樹がルーザの方を向いた瞬間、冬の殺気が飛んでくる。いまだに昨日のことは許していないようだ。
「えーっと、冬くん、一応弁解すると昨日のは君が魅了とか言い出したのも原因じゃ……」
「息すんな、死ね」
「呼吸すらダメ!?」
冬はもう知らん、と窓の外に視線を移す。二人の会話が終わったのを見てか、ルーザが質問に答えた。
「悪魔は召喚者と霊的な繋がりを有します。そこからある程度は記憶を読み取れます」
「……つまり、冬くんの頭の中が見れるってこと?」
問うと、悪魔はこくりとうなずく。
「冬くんって、家ではどんな感じなの?」
「勉強して本読んで猫動画見てごろごろしてます」
「ふむふむ。ちなみにどんな本?」
「猫の気持ち」
「もう君、猫飼いなよ」
「……飼えたら飼うし」
ぽそりと呟く。夏樹がそれに怪訝な顔をすると、代わりにルーザが答えた。
「母親が猫アレルギーです」
「ああ、なるほど」
ときおり不機嫌な冬も交えながらの雑談をすること5時間、平原を走っていた馬車は城塞に囲まれた街に入る。幌が開かれると、冬はさっさと席を立った。
「あれ? 森に行くんじゃないの?」
「森までは3日かかる。今日はここで泊まる」
ぶっきらぼうに答えると、冬はもう降りて御者に宿の場所を聞いている。いつもはコミュ障なくせに異世界に来てからやたらアクティブだ。宿へと向かう冬に二人も続いた。
宿は夏樹と冬が下宿していたところよりは新しい建物で、お値段はお手頃。手続きを済ませて鍵をもらうと、冬は案内もなしに部屋へと向かう。階段を上り、廊下に出る。まっすぐ歩く冬はふと足をとめ、廊下の反対側を指さした。
「夏樹はあっちだよ」
なんの疑問もなく一緒の部屋だと思っていた夏樹は少し驚いたが、昨日からの流れならこうなるのも仕方ないかと諦める。示された部屋の前に立ち、ドアを開けた。
散乱する木箱、すえた匂い。人が生活した跡はなく、それ用に作られた部屋とも思えない。
「って、物置じゃん、ここ!」
振り向くと、腹を抱えて笑っている冬がいた。
騙されたのになぜか気分が和んだ夏樹だった。
本当の部屋に入ると、きっちり二人部屋。窓からは宿の前を通る街道が見下ろせる。夏樹が荷物を整頓していると、外で無邪気に遊ぶ子供たちを眺めていた冬がしれっと呟く。
「今すぐ大量の魔物がやってきてパンデミックが起こればいいのに」
夏樹はなにも聞いていないことにしてベッドに腰かけた。
景色を見るのに飽きた冬は自分のベッドの上で本を開く。禍々しい表紙は夏樹にも普通の本ではないと悟らせた。
「冬くん、何読んでるの?」
「これからの邪神との付き合い方」
「邪神ってなに」
「僕たち悪魔を統べるお方です」
ただの突っ込みのつもりだったのだが、ルーザが律儀にも答えた。
「悪魔のボスって魔王じゃないの?」
シューベルトの楽曲を思い浮かべながら尋ねると、ルーザはこくりとうなずく。
「邪神、魔王、上級悪魔、その他の悪魔というヒエラルキーです。ちなみに、魔王様自ら人間界に現れて子供をさらうようなことは滅多にありません」
「ほうほう……。って、なんでシューベルト知ってるの?」
「先ほども申しました通り、僕は術者の記憶と繋がっているので」
「いや、だから術者って冬くんのことじゃ」
「魔法円に入っている方が術者なので、夏樹さまも僕の主人です」
昨日のことを思い出す。たしかに、悪魔を召喚すると言う冬に一緒の魔法円に立たされた。
「……ってことはルーザくん、私の命令も聞くの?」
「はい、聞きます」
夏樹の脳に衝撃が走る。今なら美少年が思いのまま。人間じゃないので完全に合法。しかし。
ちらと、冬を見やる。これ以上不機嫌にするのはまずい。
大きく、ため息を吐く。目の前になんでも言うことを聞いてくれる美少年がいるというのに何もできない。
生殺しだった。




