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召喚準備は万端です!  作者: 八神あき
番外編2 それでも斎藤冬は異界を夢見る
18/22

day1 憧れの地

「おい、夏樹! 起きろって!!」

 心地良い眠りの中、唐突に肩をゆすぶられる。疲れ切っていたのだろう、寝る前の記憶がない。もうしばらく微睡(まどろみ)の中に身を横たえていたい誘惑にかられるが、声の持ち主が誰かはすぐにわかった。起きないとまずい。

 東雲(しののめ)夏樹は気力を振り絞って起き上がる。

 目を開いて最初に見えたのは見慣れた少年の姿。とりあえず頭をひっつかんで抱き寄せておく。胸の中で乱暴に撫でくりまわされ、もごもご暴れる冬を視界から外し、辺りを見回した。

 なんかいろいろとおかしかった。

 まずは部屋。見慣れた自分の部屋ではなく、くすんだ木製の壁に、薄いマットレスのベッド。窓から見える景色はおよそ日本らしくない。石造りの道路を雑多な人々が行き交い、時折馬車が走る。歩く人たちの服装、骨格ともに西洋人のそれで、建物も日本の気候には向かない造り。

「ここどこ?」

「異世界だよ!!」

 問うと、夏樹の腕から逃れた冬が答える。

「建物の造りは夏の暑さを考えて作られたイタリア系、文明水準は向こうに見える城の城壁が大砲を意識した低くてどっしりした構えではなく、人の侵入を阻むことを考えて作られた薄くて高いものだから、大砲が普及する15世紀以前! けど見てわかる通り教会がキリストじゃないからヨーロッパではない……。近代以前のイタリアに似た別の場所、つまりは中世ヨーロッパ風異世界なんだよ!!」

 それを聴き終えた夏樹(IQ5)は話が一ミリも理解できず、面倒なので二度寝の態勢に入る。しかし、どういうわけか(抱き枕)がベッドから飛び降りた。そのままドアへ駆け寄る。

「冬くん? どうしたの?」

「どうしたじゃないよ! さっさと行くよ、外!」

「なんでわけのわからない場所に来てそんな元気なの?」

「なんで異世界に来てそんなに元気ないの? バカなの? 夏樹なの?」

「夏樹だよ」

「夏でも秋でも春でもなんでもいいからさっさと行こう! もしかしたら今にもこの街に魔物の大群がやってきて戦いが始まるかもしれないじゃんか! 夏樹はへぼいけどキャラ的に生き残れるから大丈夫だよ! 安心して戦いに巻き込まれて!」

「いや、そういう問題じゃなくてさあ……」

 外を見る。石造りの街、聴き慣れぬ言語。あまりに突拍子のない光景に理解が追いつかず、パニックにすらならない。冬に目を戻すと、瞳は大きく輝き握り拳を握りしめ、真から嬉しそうな顔をしている。

「ほんと、仕方ないなあ」

 結局はいつも通り夏樹が妥協し、冬と共に外に出た。

 宿の外に出て最初に飛び込んできたのは香辛料の香りだ。この通りは商店街らしく、建物の一階部分が店として使われている。多いのはスパイスたっぷりで焼いたケバブに似た肉料理。

「夏樹夏樹! あれ食べよう!」

「円で買えるのかなあ」

 冬が露天に走りよると、店主の男が近づいてくる。冬に声をかけるが、当然言葉は通じない。きょとんとする冬に店主は国の人間でないことを察し、身振り手振りで会話を試みる。冬が肉を指差すと、店主は小さな銅貨を取り出し、指を二本立てた。冬は十円玉を二枚差し出す。受け取った店主はそれを冬に返し、通りの奥にある店を指差す。両替屋だろう。が、冬は譲らない。十円玉を押しつけ、肉を指差す。根負けした店主は肉を切り取り、小さめのケバブを作って冬に渡した。

「ひゃっほー。ありがと、おじさん!」

 お礼を言っていることは伝わったのか、男は笑顔でうなづく。後ろから夏樹が謝罪しながらお辞儀すると、それにも手を振って返した。

「わー、お肉おいしいー。でもたぶんこれ日本でも食べれる」

「うん。見た感じ完全にケバブだしね」

「夏樹うるさい。異世界ケバブだよ」

「なんだそりゃ」

 冬は満足顔で夏樹の手を取り、違う店を物色しはじめた。

 して、2時間後。

 細い路地裏、冬は絶望の表情で座り込んでいた。

「十円玉が……っ、足りない……!!」

 その言葉に、夏樹は首を傾げる。

「なんで十円玉? 五百円玉でも良くない?」

 その言葉を聞いて、冬は大きくため息。

「夏樹、本当にアホだね」

「君には言われたくないよ」

 夏樹の言葉には取り合わず、冬は説明をはじめる。

「問題です。十円玉は銅貨。では五百円玉は?」

「は?」

「五百円玉の材質は?」

「……銀?」

 答えを聞いた冬は、さらに大きなため息。

「一円玉はアルミ、五円玉は黄銅、十円玉は銅、五十円、百円は白銅、五百円玉はニッケル。で、中世ヨーロッパの貨幣は銅貨、銀貨、金貨。十円玉は銅だから、両替屋に行けば同じ重さの銅貨と変えられる。まあ、手数料は引かれるけど。でも、他の小銭は互換性のある貨幣がこの世界にはない、だから通貨としての価値があるのは十円玉だけ。わかった?」

「わからん」

「あほ」

 罵倒し、冬は夏樹に恨めしそうな目を向ける。

「夏樹が常に十円玉を千枚くらい持っていたら」

「私が悪いの!?」

「はーあ……」

 なおも沈む冬。これはしばらく放っておくしかないと判断した夏樹はその隣に腰掛け、なんの気無しに路地の左右を見渡した。すると、向こうから三人の男が近づいてくるのが目に入った。男たちは二人を見ると、口笛を鳴らし、ニヤケ面で近づいてくる。

(うーわ、ナンパだ)

 即座に察した夏樹がどう断ろうかと考えている間にも男たちは近づき、ついには声をかけた。冬に。

「は?」

 声をかけられても、なんと言っているかはわからない。冬は気怠(けだる)そうな目をし、夏樹に水を向けた。

「なにこの知性のかけらも感じられない人たち。羽虫?」

「似たようなもんだよ」

 若干、プライドを傷つけられた夏樹はぶっきらぼうに返す。その時、男のひとりが冬の手をつかんで抱き寄せようとした。夏樹は咄嗟に助けようとするが、その前に冬が動いていた。

 足を一歩前に出し、男の右足の裏にかけ、同時に自分の左腕をつかんでいた男の手に右手を優しく重ねる。そのまま外に手首を返し、下に降ろした。男は踏ん張ろうとしたが、足をかけられているのでうまくバランスが取れない。そのまま地面に倒れ込む。そして倒れた男の顔面をサッカーボールよろしく冬は蹴り付けた。一瞬で男は意識を失う。

 今になって夏樹は思い出す。目の前の美少年が、普段から異世界に行くことを夢見、その時のために武術の腕を磨いていたことを。

「冬くん、ほんとに強かったの!?」

「今まで俺のことなんだと思ってたの?」

「小ちゃい、華奢、色白い、綺麗、かわいい」

「死ね」

 仲間がやられたのを見て、他の男たちはナンパのことなど忘れて殴りかかってくる。

 冬の攻撃。チンピラたちは財布をドロップした。

 一日中異世界料理を堪能し、冬は満足顔で宿に戻る。

「そういや、この宿っていつお金払ったの?」

「なんで はじまりのやど でお金払うの?」

「ん?」

「は?」

 互いに顔を見合わせるが、これ以上ファンタジー世界に論理的な説明を求めても無駄だと夏樹は引き下がる。

「それはそうと、これどうやって日本に戻るの?」

「なんで戻るの?」

「ん?」

「は?」

 やはり会話は成り立たなかった。頭を抱える夏樹に、冬は熱弁をふるう。

「だって! まだ(いにしえ)のドラゴンも復活させてないし、魔王倒してないし、ダンジョンで大冒険だってしてないんだよ! なにより魔法も見てない! こんなんで異世界に来たって言えるの? ちゃんと全部堪能しないと!!」

「私は早く帰ってテスト勉強しないとまずいんだけど」

「別にいいじゃん。どうせ足掻いたって点数あがらないんだから」

「返す言葉もないわ」

 実際、前回の点数も勉強したに関わらずぎりぎり赤点だった。あと二点で補習を免れたと思うと惜しくてならない。

「まずは言葉だね。翻訳魔法がかかってないとか、この世界の設定不親切すぎる」

「設定ってなに」

 もうコンニャクでも食べてろと思う夏樹だが、冬は早々にメモに向かってこの一日で覚えた単語を書き出す。熱心な顔を見ていると、夏樹も声をかけにくい。

(まあ、なるようになるか)

 本日何度目ともしれない嘆息。もうどうにでもなれと、夏樹はベッドに飛び込む。

 こうして、異世界漂流一日目は終わる。

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