焼肉
練習を重ねるにつれ、冬の声量も少しずつマシになっていき、
文化祭前日には、名優とまではいかずとも、客席から声を聞き取れるまでにはなっていた。
「よーし、明日は本番! みんな、がんばるぞー!!」
「「「おー!」」」
かけ声に合わせ、拳をあげるクラスメイトたち。
冬も、周りに合わせて小さく拳をあげる。まあ、ここで合わせないとそっちのほうが悪目立ちするという打算からなのだが。
「斎藤くんも頑張ったねー、声めっちゃ出るようになったじゃん。明日がんばろうねー」
「ああ、はあ……」
「ほんっと、上達度ならなっつんよりずっと上だよ。明日期待してるねー」
「はは……」
「おお、マジ斎藤の女装神だわ。明日写真撮らせてくれよ、待ち受けにするから」
「いや、はは……」
男子生徒に肩をばんばん叩かれ、冬は一瞬無表情が崩れそうになる。
なんとか気を引き締め、教室を出た。
電車に乗り、駅につく。近くの個室がある焼肉屋に入り、どっとため息。
「おまたせー。あれ? まだ頼んでないの?」
遅れること数分、夏樹がやってきた。冬の向かいに座り、メニューを見る。
バンッと、冬がテーブルを叩いた。
「ああ、もう! ほんとマジ最悪!!」
「ええ、急にどうしたの?」
「急にじゃないし! ずっと言ってるし!!」
ふてくされ、テーブルに突っぷす。
「……もう、ほんと休もうかな……」
ぽつりと、呟き。夏樹はメニューを置き、迷いながらも、そっと手を伸ばし、冬の頭をなでた。
「せっかく頑張ったんだから、あと二日だけ、ね?」
「……好きで頑張ったわけじゃないし」
「ああ、うん、ほんっと機嫌悪かったもんね、配役決まってからずっと」
「ほんと、もうやだ……」
最後にとんとんと頭を叩き、メニューに戻る。チャイムを鳴らし、手短かに注文。
届いた肉を夏樹が焼き始めると、冬がよっこいせと身体を起こした。
「……隣、行っていい?」
「うん、いいよ」
ゾンビのような足取りで席を移動してくる。それからぐったりと夏樹にもたれかかった。腰に手を回し、肩に顔をうずめる。
「お肉焼けたけど?」
「……食べさせて」
少々窮屈ながら、夏樹は自分の脇の下から顔を出す冬の口に肉を入れる。
もっしゃもっしゃ噛み、ごくんと飲み込んだ。それから冬はずるずる身体を引きずり、夏樹の足の間に座る。いわゆる膝抱っこの態勢。さすがにちょっと動きづらいが、頑張ったご褒美だと、夏樹はその態勢のまま冬の口に肉を運ぶ。
「……飽きた。野菜」
「はいはい」
しばらく野菜を食べ、また肉。そして今度は米。やがて満腹になったのか、小さく首を横にふる。
「……あのー、さすがにこの態勢じゃ食べれないんですけど」
言うと、冬はじとっと夏樹を見てから、またずるずる動いて夏樹の足の中で猫みたいに丸まる。そのまますやすや寝息を立て始めた。
「……どこまで自由なのよ」
呆れ混じりに呟き、そっと冬の頭をなでる。冬は気持ち良さそうに夏樹の手にすり寄ってきた。
最初はただ横になっていただけの冬だが、夏樹が食べ終える頃にはガチ寝に入っており、そのままたっぷり二時間寝た。夏樹は足が痺れて帰りはおばあちゃんみたいな歩きかたになっていた。それを冬が腹を抱えて笑いながらからかっていた。
——まあ、冬くんが元気になったらならいいけどね!
最近、自分の保護者感が増している気がする夏樹だった。




