練習
「サイアク」
昼休み。
人気のない体育館裏。夏樹がそこへ行くと、冬は開閉一番そう言った。
「最悪、最悪、最悪っ、最悪! マジで最悪!」
座っていた段差から立ち上がり、突っ立っていた夏樹のスネを蹴る。
「いたっ」
「夏樹が断らないからじゃん!」
「え!? 私のせい!? 自分で断りなよ!」
「俺が知らない人と話せるわけないじゃん!!」
壮大な逆ギレ。
この内弁慶め……、と夏樹は頰をひきつらせる。
「ていうか、俺そもそも文化祭とか出る気なかったんだけど。体育祭だって嫌だったのに、男女のペアダンスとかあるから、サボったら怒られると思って出たけど……相手夏樹ならサボればよかった!」
その頃、二人は出会ったばかりでまだ仲良くなっていない。今同じ状況になったら冬は躊躇なくサボる。しかし、今回はそうもいかない。
「あーもー! ほんっと最悪!! 今回はサボったらクラス全員から恨まられるじゃん! もう死ね! 夏樹が死ね! んで俺も死ぬ!!」
「リアルロミオとジュリエットしなくていいから」
「うるさい!!」
冬は不機嫌に座り直し、パック牛乳のストローをがじがじかじる。
「ていうかなんで会いに来たの? 今会ってるとこ見られたら絶対まためんどくさいことなるじゃん!! しばらく近づかないで!!」
「え……」
きっぱりと拒絶され、けっこうなダメージを受ける夏樹。
夏樹が固まっていると、冬はどんどん不機嫌になっていく。
「ねえなんでどっか行かないの? ……っ、じゃあもうい。俺が違うとこで食べる!」
そう言い残し、冬は弁当を持って立ち去る。どこか人気のない、落ち着けるところで食べるのだろう。夏樹はとっさに追いかけようとしたが、冬の言葉が足止めする。
——しばらく近づかないで!
思い出すだけで胸が痛む。今追いかけても火に油を注ぐだけだ。とにかく今は時間をおいて機嫌が直るのを待つしかない。夏樹はとぼとぼと教室に戻った。
「はいはーい、じゃあー、脚本ができたのでー、演技の練習しまーす」
委員長が声をかければ、役者が台本を取る。
とりあえず主演の二人で読み合わせということで、夏樹と冬が向かい合った。
が、
「もう一度話しておくれ、輝かしい天使。そう、まさしくあなたは私の頭上にいる天使なのだ」
「……っ…ぉ…、ロ……っ…、………てっ、……ミオ……?」
「数多の剣など怖くはない、私はそれよりあなたの瞳が恐ろしいのだ。その優しい眼差しを向けられていれば、私はどんな大軍にだって向かっていける。多くの人の憎悪によって殺されるより、あなたなしで生きながらえるほうが辛いのだ」
「……え……っ、……っ……か?」
はきはきセリフを言う夏樹とは対照的な冬。それを見た外野、ぽつりと漏らす。
「ねえ、あれ聞こえる?」
「いんや、なんにも聞こえん」
「斎藤くん、演技とか無理じゃね?」
「えー、でもビジュアルは完璧」
「そー。下手にうちらがやるより絶対可愛いよね」
はいカットー、と委員長が待ったをかける。
「斎藤くん、もうちょっと声出そ、声」
「そうだぞー、そんなんじゃ千の仮面を持つ少女になれないぞー」
「なにそれ? ていうか斎藤くん少女じゃないでしょ」
「いや、わかんないぞ。うち体育でプールないし。修学旅行のお風呂まで真相は謎」
「あ、そういやうち中学の修学旅行でさー」
そんなこんなで、女子の話題は無関係な方向へずれていく。その隙に冬はすっとクラスメイトたちの間をすり抜け、後ろの壁際でしゃがみこみ携帯をいじり始めた。冬が動いたことに気づいたのは夏樹だけ。板についたステルス行動。
結局、その日はほとんど練習せずに終わった。