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新学期

チョークが黒板を滑る音。

数学の授業、教師の言葉が耳を通り抜ける。

冬は、じっとノートに鉛筆を動かしていた。

夏樹は思う。絶対板書なんてしていないと。どうせアニメの絵でも描いてるんだろう。それかオリジナルの呪文で気に入ったワードがあればメモしているか。前に冬のノートを見せてもらった時はそんなんばっかだった。

——ああ、可愛いなあ、もう!

ノートに集中している冬は、無防備そのもの。今うしろから抱きついたりしたらびっくりするだろうなぁ、やってみたいなぁ、可愛いだろうなぁ。

あれから、夏休みの間、二人は一度も会っていない。

いつもなら日に五回は冬からメールが来るのだが、どういうわけかほとんど音沙汰なし。二学期が始まって一週間たったが、まだ一度も話していない。

夏祭りのことを思い出す。

——あの冬くんは可愛かったなぁ、今も可愛いけど。

思えば、最初に会った時から冬のことは可愛いと思っていた。いや、クラスが一緒になったときから、すっごい美少年がいるなー、とことあるごとに見ていた。

——どうしよっかなー、もうお昼に会いに行こっかなー、どうせいつものところでご飯食べてるだろうし。

二人は、教室ではまったく話さない。というか、冬が人と話すこと自体まれだ。人から声をかけられても必要最低限の返事で済ませる。そのせいで周りからは神秘的なキャラだと思われていた。しゃべると精神年齢が七歳だと即効でバレるだろうが。いや二歳かもしれない。

まだかまだかと待ち構えると、時計は遅々として進まない。

ようやく、四時間目が始まる。

現代文、担任の授業だ。

壇上に三十過ぎの女教師が立つ。

「えー、この時間は、以前、ホームルームで決まらなかった文化祭の担当決めに使います。なので、長谷川さん、よろしく」

「え、あ、はい!」

それまで前の席の友達と話していた茶髪の女子、委員長なのだが、は突然呼ばれて上ずった返事をする。慌てて前に出た。

「じゃあ、この前出し物はロミオとジュリエットの劇に決まったので、とりあえず役決めまーす」

黒板にロミオ、ジュリエットと、役の名前を書いていく。

「あ、ちなみにー、主役二人は」

そこで、長谷川はくすくす笑う。それと同時に、何人かの女子も声を噛み殺して笑った。

「女子で話し合って、なっつんと斎藤くんにしようって話になったんですが、それでいいですかー?」

「え!? ちょっとそれ聞いてないんだけど!?」

「あー、なっつん以外の女子で話し合って決めたんですが、それでいいですかー?」

「ええ!?」

女子(夏樹以外)は異論はないようだが、男子勢は納得いかないよう。当の冬はと言えば、いつも通り無表情で頬杖をついていた。

「別にいいけど、なんでその二人?」

前の席にいた男子が尋ねる。

それを聞いた女子勢は、数人で目配せし、うちひとりが立ち上がった。

「その二人付き合ってっから」

「マジで!?」

「うん、ちょいちょいファミレスで飯食ってんの」

「マジかよー……」

その男子は、明らかにしょぼくれた様子で髪をいじりだす。それを回りの男子が励ましていた。

「元気出せって」「どうせお前に東雲さんは無理だって」「そうそう」と、途中から慰めてるんだがとどめなんだかよくわからないことを言われていた。

「いや、別に付き合ってるとかじゃないから!」

「え? そうなん? まあいいじゃん、斎藤くんうちのクラスで一番美形だし」

「そうそう」

落ち込んでいた男子が目に輝きを取り戻して夏樹のほうを見、委員長は黒板に役者の名前を書きだした。

ロミオ、東雲。

ジュリエット、斎藤。

「いや、せめて逆にして!?」

「いや、絶対こっちのほうがいいから。なっつんにヒロインとか絶対無理」

「なんで私ここでもディスられてんの!?」

まあ、逆に普段から冬に罵倒の限りを尽くされているせいで、あまりダメージはなかった。悪口の類は言われ続けると耐性がつく。悲しい慣れだった。

その後も夏樹は抗議を続けたが、結局提案は覆らなかった。

かくして、二年D組の出し物は男女逆転ロミジュリに決まった。

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