ファミレス
二年前くらいに書いたやつです。前使ってたアカウントで投稿したものですが、気に入ってるやつなのでこっちの垢で再掲。
某ファミレス、四人席に高校生の二人組が向かい合って座っていた。一人は長い黒髪の女子で、背も胸もでかい。顔はそれなりに可愛いほう。もう一人は小柄な少年で、儚げな雰囲気の、こちらは同性でも思わず息を飲むほどの美少年。その少年が口を開く。
「やっぱりさー」
くるり、と開いたノートの上でペンを回した。
「中世ヨーロッパで一番気をつけなきゃいけないのは病気だと思うんだよね」
「ふーん、そうなんだ」
教科書に目を落としていた女子、夏樹は適当に相槌を打つ。ろくようぐいす藤原京、とかなんとかぼそぼそ言っていた。定期テスト前、夏樹はいつもこうやって猛勉強する。それでも欠点ぎりぎりか、ぎりぎりアウトなのだが。
対して向かい合う少年、冬は万年成績上位者の優等生。今回も余裕があるのだろう。ノートは完全に落書き用だ。クラスで唯一の友達、夏樹に個人レッスンを頼まれているのだが、今はその夏樹が年表の暗記を始めたため、暇をしていた。それで話を振ったのだ。話を振られたほうはたまったものではないが。
「中世ってさ、古代ギリシア・ローマの文明が失われた時代なんだよ。だから当然医学も衰退してる。その上戦争ばっかりで内政は滞りがちで衛生面は最悪。だからジェンナーがワクチン発明するまでは疫病だらけだったんだよ。だからやっぱり異世界に転生することを考えるなら医学の勉強が最優先だと思うんだよね」
転生しないから安心して、そう言いかけたが、ぐっとこらえる。
冬は、中世ヨーロッパ風ファンタジー世界に憧れている。憧れているだけには止まらず、「もしある日突然、向こうに召喚されてもいいように」と本気で異世界へ行ったときのための準備をしているのだ。武術を習い、世界史と中世ヨーロッパ時代の文化を学び、異世界で役立ちそうな知識の収集に励んでいる。それをなまじ優秀なスペックで行うため、結果は上々。武術は免許皆伝とまではいかないが、師匠から街のケンカでならまず負けることはないとお墨付きをもらい、歴史のテストは満点か、それに近い点数を連発。図書館でめぼしい本をほとんど読み、頭に入れてしまった。
あとはもう召喚されるのを待つだけだ。
待っていても一向にその時が来ないのだが。
というか来るわけがないのだが。
ずずずー、とストローで飲み物を吸い終わる音。
「夏樹ー。オレンジジュースとってきてー」
「……まあ、私もコーヒー飲み終わったとこだし行くけどね?」
二人分のコップを持ち、ドリンクバーでおかわりをついで戻ってくる。コップを置くと、冬は嬉しそうにストローをさした。
「夏樹、よくそんな苦いもん飲むよね」
「冬くんも飲む? 眠気さめるよ?」
「別に俺眠くないし」
ジュースの入った透明のコップを両手で持ちながらなんとなしに外を見る。もう日は暮れ、ちらほらと街灯が灯りはじめた。遠くでジリジリとセミが合唱している。
「……って、ああ! もう七時じゃん! やばい、お父さんに怒られる!!」
冬は急いで荷物をまとめる。
「あ、あの、夏樹、明日は!?」
「ああ、うん。じゃあ明日もお願い。またね」
「うん! じゃ、明日!」
にこぱっと笑い、手をぶんぶん振って店を出て行く。その姿が見えなくなってから、そういえばお金もらってないなー、と思い出す。夏樹が二人分払うことになったが、ドリンクバーだけなので大した出費ではない。授業料だと思っておく。
しばらくひとりで問題集を説いていると、携帯が鳴った。冬から食い逃げについての謝罪のメールだった。追求するつもりはないので今度ジュースおごってと返信しておく。
二人が仲良くなったのは体育祭がきっかけだ。応援合戦の時、男女でペアを組んでダンスを踊るのだが、身長差で組んだ結果、男子で一番小さい冬と女子で一番でかい夏樹が余ったのだ。身長差がありすぎて逆にちょうどいいんじゃね? というクラスメイトの発言でペアを組むことになり、その時から少しずつ話すようになって、今では連絡先も交換している。ちなみに、冬と連絡先を交換しているのは夏樹だけだ。変わり者の冬は逆に人気とかそういうことはなく、普通にぼっちだった。この件についてからかうと、「俺はレア度が高いんだ!」となぜか胸を張っていた。懐かれて悪い気はしないが、もう少し私意外の人間と付き合ったらどうなんだと思った夏樹だった。