君がいないと、息が出来ない
銘尾 友朗さまの『春センチメンタル企画』参加作品です。
君とはずっと幼馴染という立場で、友達以上でもそれ以下でもなかった。
息をするみたいに隣にいるのが当たり前の存在。それだけだったのに。
卒業式が終わっての帰り道。私はとぼとぼと通い慣れた道を歩く。
もう、この道を歩くのも最後。ううん、歩くかもしれないけれど、制服で高校生という私が歩くのはこれで最後。
そして、君とこの道を歩くことはもうない。
私の横を制服の男子が追い抜いて行った。少し先には三人、塊になった女子がじゃれあいながら歩いてる。楽しそうだったり、別れを惜しんでいたりしながら、みんな私を追い越していく。
私だけが、取り残されているみたい。
違うね。取り残されていたいんだ。
君との高校生活という夢の中で、まだまどろんでいたい。浸っていたかった。
けれど夢は泡みたいにぱちんと弾けた。
卒業式の後、告白されていた君の姿を見た時に。
夢が弾けて、初めて気が付いた。私、君のことが好きだったんだ。
隣にいる時間が好きだった。気兼ねなく笑いあえる空気が好きだった。
呼吸のように当たり前のものがなくなってしまったら、こんなに息苦しくなってしまうんだ。
ぽろりと滴が落ちた。周りに見られたくなくて、うつむく。
どうしよう。
喉の奥にこみ上げてきたものが詰まる。
苦しい。
「……って……て」
後ろの方から、声が聞こえる。
君の声に似ている気がするなんて。ほんと、重症だ。
「待……よ……待てって」
声はだんだん近づいてくる。
誰を呼んでるのか知らないけど、うるさいな。私は今それどころじゃないのに。
「おい!」
乱暴に肩を掴まれて、私は顔を上げた。まばたきをして、涙をひっこめる。
後ろには少し怒ったような顔の君がいた。
「なんで先に帰っちまったんだよ」
唇をとがらせて、君の声が私を責めている。
意味が分からない。
「なんでっ……て……」
胸に詰まったものが邪魔をして、私の声はかすれていた。
「だって、お邪魔でしょ。彼女はどうしたの?」
君の周りを確認するけど、頬を染めて告白していた、あの子の姿は見当たらない。
「断った」
「なんで? だって、あの子可愛いっていつも言ってたのに」
馬鹿話の中で、時々君の話題に上っていたあの子。美人で、顔が小さくて、うちの学校のアイドルだった。
その子からの告白を断るわけなんてないと思ってた。
「あれは、単なるミーハーっつうか。芸能人を可愛いって言ったって本気で好きなやつって殆どいねぇだろ。あれと一緒だ」
「芸能人が向こうから言い寄ってくれたら、普通オーケーするよ」
「他に好きな奴がいなけりゃな」
ズキンと胸が痛んだ。君は、誰か好きな人がいるんだ。
「馬鹿。そんな顔すんな。わかれよ」
わかれって何を?
私が傷つく資格なんてないって、そういうこと?
「そっか。そうだよね」
「なんでそこで、そんな泣きそうな顔するんだよ」
「してないっ」
君の声はいっそう不機嫌で、私こそどうして君がそんな顔をするのか分からない。
そんな熱のこもった瞳で、私を見るのか分からない。
「ガキの頃から一緒なのに、言わないとわかんねぇのかよ」
ちっと舌打ちをしてから、君が背筋を伸ばした。すうっと息を吸い込む。
「好きなやつはお前だ!」
空気が震えるような大きな声が、私の気管を塞いでいたものを吹っ飛ばした。
吹っ飛んで、真っ白になった。
息苦しさがなくなって、肺いっぱいに空気が入る。
急にたくさん入ってきた空気にあえぎ、私はパクパクと魚みたいに口を開け閉めする。
うそ、ほんとに?
「返事は?」
「すっ、好き、好きですっ」
反射で答えた声は、恥ずかしいくらいに上擦っている。頭のてっぺんから足先まで、熱くてふわふわした。
なにこれ。
君への気持ちで満タンになって、入りきらなかった好きがあふれてくる。
「君が、好き」
あふれた想いが、自然と口からこぼれ落ちた。
「よっしゃあ」
ガッツポーズをとった君の姿を、私は信じられない思いで見てる。
どうしよう。泣いてしまいそう。
道を行く学生たちが、何事かと私たちを振り返っている。
「しゃあねぇな」
好奇の視線の中、君はぶっきらぼうに手を出してきた。
えっ? となった私の手をさっと取って歩き出す。
「離すんじゃねぇぞ」
繋いだ君の手が思いの外、温かくて大きくて。
君の背中へ、私は「うん」とうなずいた。
君とこの道を今までみたいに歩くことはもうないけれど。
これからの私たちがこの道を歩くのかもしれない。
さようなら、私の片想い。
こんにちは、私と君の両想い。
君という空気を得て、私は今、息が出来てます。