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異世界で奏でる協奏曲(コンチェルト)  作者: マスオカヨースケ
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第6話

「いや~、今日も大成功だったな!」

「相変わらず美味しい所は、最後に全部アンジュに持っていかれたけどね」

「もう、シルさんったらいつも意地悪な言い方するんだから…」


 平時より幾分か高いテンションで、ローディ、シルヴェーヌ、アンジュがそんな会話を繰り広げている。

 大成功のうちに興行を終えた一座は、広場からほど近い宿酒場で祝杯を上げていた。


「セージさん、遠慮しないで食べて下さいね?この料理もすっごく美味しいですから」

「あぁ、ありがとう……」


 三人のテンションに付いていけず俯いていると、隣に座るクリスティーネから料理を勧められる。どうも俺は飲み会というのが苦手で、こういう場で親睦を深められた試しがない。親睦を深めた後なら素直に楽しめるのだが。

 そんな俺を気遣って、年下の少女は少し減った杯に酒を注ぎ足してくれた。飲み会は苦手だけど、可愛い女の子にお酌をしてもらいたがるオッサン達の気持ちは分かる気がした。男ってやつは現金な生き物なのだ。


「く、クリスティーネは何か飲む?」


 女の子の、しかも横文字の名前なんて呼んだことがないので、思わず声がひっくり返ってしまった。恥ずかしすぎる。それでも何とか相手を気遣う姿勢を見せなければと俺は言葉を返した。ただでさえ今日の公演では俺は何の役にも立っていないからな。


「クリスです」

「へ…?」

「わたしの事は『クリス』って呼んでください。親しい人はみんなそう呼ぶんです」


 上目遣いでニッコリと笑いながら言われ顔が熱くなるのを感じた。こんな笑顔を見せられたら、同世代の男なんかは間違いなく恋に落ちるだろうな。年下にそういう興味がない俺でも一瞬クラッときてしまった。


「ほら、呼んでみてください!」


 ほらほら、と言って更にずいっと顔を寄せてくる。ニコニコしながらも有無を言わさない妙な迫力に、俺は思わず仰け反った。どうやらきちんと呼ぶまで許してもらえそうにない。


「ち、近いっ…分かったから。く、クリス」

「はいっ!えへへ…」


 ただ名前を呼んだだけなのに嬉しそうにはにかむクリス。そんな顔をされたら勘違いしそうになるので勘弁して欲しい。


「ちなみに私の事は『シル』って呼んでね」


 それを聞いていたシルヴェーヌがウインクしながら会話に参加してくる。クリスとは違った大人の魅力に、さっきとは別の意味で体温が上がってしまう。ウインクが様になる人なんて初めて見たな。


「分かりました、し、シルさん…でいいんですね」

「うん、合格!…と言いたい所だけど、敬語も禁止よ」


 うふふ、と意地悪な笑みを浮かべながらシルさんが詰め寄ってくる。正直クリスの件でいっぱいいっぱいだったが、止められない流れを感じて俺は早々に対抗するのを諦めた。

 この際だから、言うべき事も言いたい事も全て吐いてしまおう。酒の入った今なら言える気がする。


「いきなりは難しいですけ…難しいけど、善処するよ」


 そうして杯をグイッと一気に煽ると、勢いに任せて続けた。


「それから…マクレイン座長にローディ、アンジュ、シルさんにクリス。俺、基本的になんの取り柄もない人間だけど、できる事は何でもするから、どうかよろしくお願いします」


 これが、これまでの人生でずっと集団生活に馴染めなかった俺の、精一杯の意思表示。役に立たなければあっさり切り捨てられる。そんな経験からきた焦りの言葉だ。

 多分、ここに来てから一番ハキハキと喋れた気がする。ただ名前を呼んで挨拶しただけだけど、俺としては120点の出来だ。俺、頑張った。

 だが、そんな俺の一世一代の口上を聞いたマクレイン一座の皆はポカンとしている。あれ、なんか間違えた!?


「ふふっ…あははははっ!」


 突然、シルさんが堪え切れないと言ったように笑い出した。思わぬ展開に、俺は激しく動揺した。多分、頭の上には無数のクエスチョンマークが出ているだろう。


「ちょっと姉さん、あんまり笑うと失礼ですよっ」

 

そう言うクリスもちゃっかり笑っている。時折垣間見える彼女のエスっ気が怖い。


「ごめんなさい、急に改まっちゃうから何なんだろうって思ったんだけど…」

「へ?」

「セージ君は色々と細かい事を気にしているみたいだけど、座長が決めた事だから私たちは反対したりしないわよ」


 シルさんはそう言ってドキッとする笑みをこちらに向けてきた。それに相槌を打ちながらマクレイン座長も続いて口を開く。


「ふふ…。そういう事だ。色々と遠慮や戸惑いはあるかもしれない。だが、心配せずとも次の興行からはしっかり役に立ってもらうからな。気にしないでいいぞ」


 その言葉に、今度は俺がぽかんとしてしまった。だから言ったでしょ、と言わんばかりにアンジュがドヤ顔をしている。もう一々可愛いなほんとに。


「それに、役に立たないなんて思わないわ。初対面の女の子に、あんなに情熱的な曲を披露できるんだもの…ねえ、クリス?」

「ええ姉さん。あれは本当に素敵でした!」

「ちょっとシルさん!?クリスまで!?」


 姉妹がアンジュをからかい出すとまたテーブルが騒がしくなる。励ましてもらったのにお礼を言いそびれてしまったが、そんな事を言えばまた笑われそうだ。あれだけ苦手だったはずの集まりに、俺は初めての感情を覚えて心まで温かくなるのを感じていた。


 ――ただ一つ、ローディだけが笑顔を見せず複雑そうな表情でこちらをじっと見ているのだけが気になった。後で裏に連れていかれてシメられたりしないよな……?

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