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“人造人間”の迷惑  作者: 彩葉 軀
第2部
9/69

第8章 争闘

「………見ぃつけた……!」


 満面の笑み、いや、“満面のほくそ笑み”のまま男はそう言った。

 その不気味と言う他ない笑みに私が恐怖するのは、まだ少し後のことである。


「NHFW-1000……。元所有者は皆木ミナキ 和真カズマ。5年前に突如姿を消し、現在まで失踪状態……。ご苦労さん」


 男は言う。そして私は恐怖する。

 その目に。


 彼の目は、死んでいた。

 けれど、生きていた。

 死にながら、活気に満ち溢れていた。

 死んだ目で、虚空(こくう)を見ているように感ぜられ、

 生きた目で、私という獲物を見ていた。


「おい、コウキ……!勝手に行くなと言ってるだろう……」


 光の差し込む搬入口の辺りから、別の男の声が聞こえる。大ボス感たっぷりのその声は、奇妙なことに、聞き心地が良い、そんな気分がした。


「ゴメン、マサシさーん!けど見つけちゃった時に、飛ばずにはいられなくて」


 飛ばずにはいられなくて……!?

 まさか、搬入口のそばから十数メートルは離れているこの車の上まで、飛んできたっていうのか……!?

 この空間は屋根が低い。車の天井ルーフに人ひとりがかがんで乗るのがやっとというところだ。

 その条件の中でここまで飛んできたということはつまり、

 この男は放射線を描くように飛んできたのではなく、

 飛行機の如く、()()()()()飛んできたということになる。

 しかも一回で。


 放射線を描くように飛んで来たとしてもただ者ではないが、今回の場合は更に、だ。

 これはいよいよ万事休すかもしれない。


「……君で合ってるよね?NHFW-1000」


 男は(たず)ねてくる。

 そんなやつ知らない、とシラを切りたい所だが、生憎(あいにく)それは出来ない。

 自らの額に、最大の証拠が(あらわ)になっているのだから。

 だから私は無反応を貫いた。言葉も出さない。うんともすんとも言わない。


「……その冷や汗は……そういうことと認めるね」


 冷や汗まで確認してくる。やはりただ者ではない。


「やっぱり合ってたよ!マサシさん!コイツで正解だ!」


 かがみながらの体勢だが、それでもわかる高身長に見合わぬ無邪気な態度に、気持ち悪さも一周回って普通に感じた。


「そうか」


 マサシと呼ばれる男は短く返した。

 さっきよりも近づいて来ている。

 彼一人ではない。彼の他にも複数いる。


「そいつらを見張っとけ。すぐに行く」


「了解!」


「お前ら……いったい誰なんだ」


 唐突に、隣にいた父さんが問うた。

 すると男は、「お」と彼を見て反応した。


「これはこれは。海凪カイナ サトル。いや」


 一拍置いて男が発した言葉により、父さんは彼らの正体を掴んだ。



川上カワカミ 頼斗ライト、さん」



「……!……お前……その名を何処で……!!」


「そりゃだって有名ですもの。『たかが“人造人間ヒューマノイド”のことなのに躍起(やっき)になって、挙句(あげく)同僚殴って出て行って、行方をくらましたヤツがいる』って」


 それを聞いて私も確信した。

 そんな話、聞ける人の方が少ない。と言うより、一般市民は聞けない。つまりは──


「……お前、警察サツの人間だな……?」


 父さんがそう言った。

 だが当の本人は、うーん、と顎に人差し指を突き、考えるような動きをとった。


「警察には所属してるんすけど……」


 かと思うと、彼はまたこちらを向き笑うと、

 こう言った。


「人間、ではないっすよね」


 人間ではない。その言葉が意味することを、私たちは簡単に把握し、そして驚愕(きょうがく)した。


「お前……!」


「……イイねぇ」


 彼の口角はさらに上がる。それはその笑顔を、より猟奇的(りょうきてき)なものへと変貌(へんぼう)させた。


「“このコト”を打ち明けた時の……愚者バカどもの反応が、……オレは大好物なんだよ〜……!………そうさ!オレは!」


 大きく息を吸い込み、何かを宣言するかのように彼は叫んだ。


「“人造人間ヒューマノイド”さ!!」


 ハハハハハ、と高らかに笑い声を上げる男。

 だがはっきり言って、最初以上の驚きは私には無かった。と言うより、私の驚きは恐らく異質だ。

 隣にいる父さん含め、“このコト”を告白された多くの人が抱く驚きの理由は、

『何故まだ“人造人間ヒューマノイド”が存在しているのだ』と言うことに違いない。

 しかし私の驚きは、

『“人造人間ヒューマノイド”ってなんて精巧(せいこう)に造られているんだろう』だ。

 少々ズレているということは、私自身よくわかっている。

 前者の場合、“人造人間ヒューマノイド”『かもしれない』という予想が、『だった』という確定事項に変わったことの衝撃があるが、私はそんなことどちらでもイイのでさしたるインパクトはなかった。


「おい、コウキ……!それは言わない約束だろ。あとでチクっといてやる」


「それもしない約束っしょ!?」


  搬入口の方から、()き詰められた車の間をかいくぐってようやくこちらに着いた、マサシと呼ばれる男。

 その周りには、マサシについて行くのがやっとで既にやや疲れ気味の警官と思われる男たちがいた。

 マサシは父さんの方を見ると、

 深々と頭を下げながらこう言った。


「ご無沙汰ですね、川上センパイ」


 そのゴツゴツした背中を、アルマジロのようにくるっと丸めるマサシ。

 その姿を見て、父さんが発した言葉は、


「……やっぱりお前か」


 だった。


「知り合い……?」


 私は(たず)ねた。


「……瓦田カワラダ マサシ。『“人造人間ヒューマノイド”課』時代のオレの後輩で、」


 父さんは、マサシの顔をもう一度見て、言った。


「オレの恩人、瓦田カワラダ タケシの、実の息子だ」


「父のことはその子にも伝えているんですか?」


 正は父さんに問う。父さんは、うむ、と頷いた。


「なら話は早いですね。いちいちあれこれ説明する手間が(はぶ)けて幸運ですよ」


 正は自身の目の前の虚空に向かってスッと手を出した。


「ひどいことはしないさ。ただ君の身柄が欲しい」


 そう言う彼の目は、完全に死んでいた。血が通っていなかった。

 さっきの誰かさんとは大違い。


「それは無理な相談だよ、正。そばにそんなヤツ、連れてたらよ」


 その時、父さんが代わりに答えた。

 彼は車の天井の上に未だ乗ったままの男を指差している。


「一体そいつは、何故まだ“こっち”にいるんだ?」


 それを聞いた正は、


 ──折角(せっかく)、自分の父とセンパイの関係を話さずに済んでラッキーだったのに──


 そんな風な表情を見せた。

 彼はそのまま父さんにアレコレ話そうとせず、

 私の方を見て問うた。


「キミ……“人造人間ヒューマノイド”は、政府の『“人造人間ヒューマノイド”保護権管理課』に渡されたあと、その先どうなるのか、は聞いてないのか?」


 そういえば聞いたことがない。

 確か私が“父さん”と呼ぶこの男に連れられるようになったのも、元はと言えば、その先が怖くて逃げて来たからだ。

 私はふるふると首を横に振った。


「ふうん……。センパイ、まだまだいい親、出来てないっすねぇ。こんな年頃のお嬢ちゃんなら、知っていて当然の情報なのに」


「……コイツに教えるのは、少々可哀想(かわいそう)だったからな」


 父さんの答えに、


「なぁるほど」


と、少々彼を下に見始めたような態度で応える正。


「お嬢ちゃん……キミ……いや、キミたちは、本来、ある“島”に行かなければならなかったんだ」


 “島”。

 その漢字一文字で、私の中に心当たりが一つ生まれた。


「……『広楽島コウラクジマ』……!」


広楽島(コウラクジマ)』。2052年に工事が開始され、2063年に初めて一つの島と認められた、太平洋、日本の排他的経済水域にギリギリ入っている人工島だ。

 元から人を住むことを前提として造られておらず、人間に有害な影響を及ぼす危険性のある実験や、猛獣を管理する為の場所。

 その為に島の大きさは670平方キロメートルで、紫外線を99.9%カットする特殊加工のガラスで覆われたドームの中に、人工の自然環境が整っている。


 しかし、2083年の【“人造人間ヒューマノイド”案件基本法】の設置の際に、それら本来の目的を取り払い、“人造人間ヒューマノイド”の生活区域として設けた。

 人工ドーム内の世界は、自然(あふ)れる住宅街で、何不自由ない生活を送ることが可能で、かつ国家公務員として従事でき、一人の“人間”として最低限の待遇を受ける。


 小学校に通い始めるそのさらに前にテレビで観たそんなことを、何故かふと思い出した。

 これは私の身に危険が迫ったから……?

 それとも──。


「なぁんだ、知ってるんじゃないか。……そう、広楽島(コウラクジマ)さ。……だがな」


 正は、何故か私に同情に似た目を向けてくる。


「もう一つ、選択肢がある」


「選択肢……?」


「そうだ。……キミたちのその身体は、とても屈強にできている。その特別な身体を」


 彼は言いながら、コウキの肩に手を置いた。


「こうやって、少々危険な職に使えば、素晴らしいことではないか?」


 ──はぁ……?

 言っている事が理解出来そうで理解出来ない。

 この男は何を言っている?


「……おい、正。オレはそんなこと聞いた覚えはェぞ」


 隣で父さんは言う。彼はその意味を把握したようだが、私には何が何のことだか。

 すると彼は、私にも解るような端的な言葉で、それを表現してくれた。


「……コイツらを!国家的軍事に遣う!そんなことは、断じて聞いた覚えはェ!」


 軍事……?つまり……戦争……!?


「そうでしょうね。コレはあなたがああして出て行ったあとに決められたことなのですから」


「……そんなことだろうなとは思っていたよ。でなきゃここまで血眼(ちまなこ)になって捜すほどのことでも無いしな」


 父さんは珍しく冷静だった。

 この5年間、彼が怒るところは何度か見たが、それらは(ほとん)ど、感情に任せて、どちらかというと暴れると言った方が正しい、そんな怒り方だった。

 けれど今は、感情を(たかぶ)らせることはあっても、無闇に突っ込んだりはしていない。

 ほんの(わず)か、一瞬しかないであろう隙を、静かに探っている。

 これがこの人の真の姿……。

 根っからの、“闘う男”の姿。


「……希良梨。アイツはあんな『選択肢』なんて言ってオブラートに包んで言っているが、実際のところ、お前らにそんなものはねぇよ」


 父さんはこちらを見ないままそう言った。

 サラッと衝撃発言を。


「恐らく広楽島(コウラクジマ)に住むってのは事実だろう。だが永続ではない。いずれそうやって軍事的職業に強制就職させられる。

 それからこれも恐らくだが、あのコウキって男はその例外。きっと警察の特殊部隊って言われるようなくくりの中の何かに属してる」


「さすが川上さん!その通りっすよ!」


 コウキが何故か興奮気味になって言う。


「オレは警察庁の特殊“人造人間ヒューマノイド”急襲部隊、通称『SHATシャット』の!遊賀ユウガ 高貴コウキ!またの名を!“早飛びの”ォ〜〜!」


「あれこれ喋りすぎだ!」


 正が高貴の頭をバシッと叩いた。いて、と高貴はスイッチを切られたスピーカーみたいに、急に喋るのをやめた。


「まったく……。これだからお前は連れて来るのに困る……」


 (あき)れる正。

 そして彼は、その額に手を当て『やれやれ』という風に俯いた。


 その時だった。

 父さんがズボンの腰ポケットにずっと入れていたロングタオルを取り出し、

 正と高貴を囲むように立ち、彼らばかりに気を取られていた、黒スーツの警察官の一人の足元を狙って、飛ばした。

 あまりの不意打ちに、その警察官は脚を(すく)われて転んだ。

 父さんは、その男の腰ポケットに一丁の拳銃が仕込まれてあるのをずっと知っていた。

 計算なのか、(ある)いは偶然なのか、その拳銃が腰ポケットを脱け出し、

 幸運にも、父さんの下に滑り込んできた。

 まるで拳銃に、意思が宿っているようだ。


「……そんなやつを連れているお前に、ウチの“娘”はやらねぇ……!」


 拳銃を握り、あろうことか、かつての後輩にその銃口を向ける父さん。けれど私は止めることができず彼は、

 2発、

 弾丸を放った。


 正は恐らく、父さんが銃を握ったところまでは認識出来ていただろう。

 けれどだからと言って、動けるわけではない。


 父さんが銃を握り、そのトリガーに指を当て、弾を放つまでの時間は、余程(よほど)特殊な訓練を受けていない限りは、反射神経でどうこう出来るレベルではなかった。


 だが。



 ──カン……! カン……!──



 と、何かに跳ね返る音とともに、弾丸は勢いを失って下に落ちた。


 正と私たちの間に障害はなかったはずだった。

 だがその瞬間に、障壁は出来た。


 遊賀ユウガ 高貴コウキという名の、

 “人造人間ヒューマノイド”の障壁が。



「──あ〜あ、折角の特注スーツが……これ結構高いんですよ?」


 高貴は穴の空いた特殊服を見て落胆(らくたん)する。


「あ〜らら、おまけに血まで……。くぅ〜、てぇ……!」


 右胸、そして左脇腹の穴から、ドクドクと流れ出る血液。見ているだけで痛い。


「すまん、高貴。助かったよ」


 正は素直に礼を言う。

 一方、私はと言うと、

 ただただ唖然(あぜん)としていた。

 しかし父さんはもう、隣にいなかった。


 私と同じように、開いた口が(ふさ)がらない状態だった警察官たちの(ふところ)に入り込み、

 車と車の狭い空間の中で、

 一人ずつ、丁寧(ていねい)すぎるくらいに、それでいて素早く、倒していた。

 彼の思考の中では、高貴がそうして守りに走ることなどお見通しで、むしろそうされないと困るところだった。

 そうすることで彼らの視界を奪い、周囲の警官を掃除すること、それが彼の狙い。

 その(あかつき)には、


 彼ら2人と、りあう。

 そのつもりなんだろう。


 しかし、私でも予想できた父さんのその魂胆に、無論2人も気づくワケで──。


 父さんが、数人配備されていた警察官たちをほぼ無傷で倒し切った刹那(せつな)

 高貴が、その拳で、父さんの背後にあった車に叩きつけるように彼を殴った。


「父さんっ──!」


 私は叫んだ。そして彼のもとに行かんとした。

 けれどその瞬間、そばにいた正に肩を掴まれ、捕獲された。


「……ゲット」


「くっ……!」


 私は思わず歯を(きし)ませた。

 自分の情けなさに。


「希良梨!」


 父さんが叫ぶ。


「高貴、足止めを頼む。……それじゃ先輩。

 お先です」


 正は、若手サラリーマンが出社する際のようにどこか軽いノリでそう言うと、私を無理矢理、搬入口へと誘う。


「待てっ!正ィ!!」


「おーっと、川上さんの相手は、オレですよ」


「チッ……!どきやがれ!」


 私たちを追おうとする父さんと、それを通せんぼする高貴。

 二人のやりとりを見送るしかない私。

 だが私は、逃げなければと思う一方、あることに気づいた。

 父さんは『どけ』とか『そんなことはさせない』ということを、キツイ言葉で言うことはあっても、

 彼らの身なりや風貌そのものを、一切罵倒しない。

 ましてや高貴が“人造人間ヒューマノイド”であることを、驚きはしても、罵ることは無かった。

 たとえこんな窮地(きゅうち)に立たされても、


 ──“差別だけは絶対にするな”──


 今、敵として立ちふさがる男の父が、自身に教えてくれたその言葉を忘れることは無いようだ。


 ──ん?そういえば……

 なんで彼らは、私たちの敵なんだっけ……?

 逃げる。る。そのことに気を取られ過ぎて、そのことを忘れていた。


 私たちの敵である理由。

 それは私たちが逃げる理由と同じだ。

 そしてそれは、そうしないと私が彼らに連れ去られてしまうからだ。

 なぜ連れ去られてしまうのかというと、

 私が、

 最後の“人造人間ヒューマノイド”だからだ。

 一般市民として暮らす、唯一の、

 “人造人間ヒューマノイド”だから──。


 そうだ……。私は“人間”として、この5年の間、父さんと暮らしてきた。

 隠れながら、人目を避けながらだけど、楽しかった。働いて、汗をかいて、その後に飲むジュースは格別で……。


 けれど今、私は思い出し、再確認した。


 私は“人造人間ヒューマノイド”だ──!!



 ──搬入口まで、私は大人しく正についていった。その間も父さんは必死に抵抗し、一方の高貴はまだ余裕(よゆう)綽々(しゃくしゃく)と言った様子だった。

 どうやら彼ら警察は船の出港を遅らせていたようで、港と船の搬入口を繋ぐ通路橋はまだ架けられた状態。その通路橋の港側の方には、金属製の(さく)が張られた状態だった。


「……まずは一旦、皆木家に立ち寄る。……お父さんとお母さんに、ちゃんと謝るこったな」


 正は言う。その顔は見えていないから定かではないが、たぶんそんなこと、警察署に連行する間の一行程くらいにしか思っていないんだろうな。

 私の右側に立っていた正は、私の右手を引き先導する。

 その身体は、隙だらけだった。


 ──しめた──!


 いつだったか父さんが嬉しそうに笑い言っていた言葉が、私の思考の中で響いた。



「……そんなことになって」


 言いながら、私は肘を鋭角に曲げ、


 正の脇腹にそれを突っ込んだ。



「たまるもんかァーーっ!!」


 思わず叫んでしまった。

 心の声を。



 さっきから見ているだけだったから、きっと反撃してこないだろう。

 そんな風にたかをくくっていたに違いない。

 正は、私からの予想外の攻撃に驚き、痛みによってバランスを崩し、通路橋のガードレール前でつまずき、そのまま真っ逆さまに海へと落ちていった。

 その際に漏れ出た彼の叫びは、実に格好の悪いものだった。



「正さんっ!!」


 それが聞こえたのだろう、私の背後で高貴の叫びが。


「お前……!よくも高貴さんをっ!」


 彼は父さんの相手という役目を放って、一目散に私の方に駆けてきた。

 私はそれに一瞬恐れを抱いたが、その直後、再び自分に言い聞かせた。


 ──私は“人造人間ヒューマノイド”……!

 生まれながらに、骨は強く出来ている……!

 反射神経とそれに伴う身体能力は劣っている、確実に。

 けれど今、こちらに凄まじい速度で突撃して来るこの男の攻撃を……!!


 受け止めることくらいは、出来る──!!



 ──グォン──!!



 それはまさしく、鉄と鉄のぶつかり合う音。

 その鉄製の骨を伝って来た骨導音は、少なくとも素の人間同士の身体じゃ出せない音だった。



「くっ……!痛い……!!」


 私の口から反射的に出たのは、やはりそんな言葉だった。

 父さんと暮らすことになる2日前、私が経験した怪我よりも(はる)かに痛い。

 さっき轢かれたときと同等だ。

 高貴の放って来た拳を受け止めた左腕だけに痛みは止まらない。

 それを支える左肩、さらには首を通過し、脳天の一番てっぺんまで響き渡っている。


 しかも高貴は、その拳をジリジリと押し出して来る。

 私は今、港を背にして立っている。

 その中で、その力に押されて後ずさりしてしまえば、さっきの正の二の舞になってしまう。

 それは断じて御免だ。


 私は何とか脚に力を込めて踏ん張ろうとする。

 しかし──。


「ハッハハァーッ!“人造人間ヒューマノイド”同士だから(かな)うと思ったのか!?だとしたら浅はかだったなァ!

 同じ条件下で過ごして来たなら判らなかったが、オレとお前じゃ日頃の過ごし方が違う!

 お前はあくまで“一般市民”!『SHATシャット』の特殊訓練を受けて来たオレに、敵うはずないだろう!?」


 ──全くもってその通りである。

 私みたいな華奢(きゃしゃ)な“女の子”が、この男のような“兵士”に太刀打ちするなど、あり得るはずが無いのだ。


 力に加えて、そうした言葉や気迫の圧でさらに私の力を弱めようとする高貴。

 だが弱気になってはいけない……!!


「……たとえ……!」


「ん……!?」


「たとえ……可能性が低くても……!」


 ──ジリッ……!


「その可能性を……引き上げてくれる“要素”があるのなら……!私は……諦めない……!!」


 ──ジリジリッ……!


「あなたに完全勝利しようなんて……これっぽっちも考えてない……。そんなこと、出来そうも無い……!けど……!」


「なっ……!?」


「諦めなきゃ……何かに繋がる……!」



 ──言葉というものは不思議だ。

 そんなヒーローじみたこと、心の底じゃ思ってなんかないのに、口に出すだけで、

 潜在的な力が私の何処かから溢れ出て来る……!

 言葉を口にし始めた瞬間から、

 私の中の“力”が、私を助けてくれている……!!


「……そうでしょ!?父さんっ!!」



「ああ、その通りだ!希良梨っ!」


 船の中で、父さんの声が響いた。

 しかも耳をすませてみれば、エンジン音のような音も聞こえる。

 それは私から見て右、高貴から見て左側から近づいて来る。

 高貴は慌てて、それの正体を確認した。


「げっ……!いつの……間に……!?」


「たとえばこうやって……!!」


 驚きの声が漏れた高貴の身体を、


「次の攻撃までの、時間稼ぎになるっ!!」


 一台の車が突き飛ばした。



「グオッ……!!!」


 あれだけおしゃべりだった高貴もこれには何も言えず、そのまま彼の姿は搬入口から見えなくなった。


「よくやった!希良梨!」


 彼は満ち溢れんばかりの喜びを(あらわ)にして私を褒めた。その姿は、テストで100点をとったときとか、運動会で好成績を残した娘を()める時の父親そのもの。


「存分に()めてやりたいところだが……生憎(あいにく)時間がェ……!とにかく早く乗れ、希良梨!」


「わかった!」


 幸い、脚は無事だったから、今度は自力で飛び乗ることができた。


「ねぇ、この車って……!」


「ああ、さっき白鷺のヤツに盗操作ハックしてもらった囮の車だ」


 やっぱり……。この真紅の車はそうだ。


「この際、作戦をどうのってのはもう良い。最終的に優先されるのは現場の判断だ」


 そう言って、彼はアクセルを踏んだ。と同時にブレーキも踏んで、発進を防いだ。


「このまま船の窓から飛び降りるっ!!」


「ええっ!?」


 結局そうなるの!?



「……川上 頼斗ォ!!」


 大声に反応して視線を前方に向けると、既に高貴が復帰し、私たちの乗る車を通すまいと立ちふさがっていた。


「アンタらを通すわけにはいかない!その女を引きずりおろしてでも、連行つれていかなきゃなんないからなァ!!」


「そりゃあこっちだって同じだ!!大事な“娘”なんでな!守る義務ってもんがある!」


「来い!川上 頼斗!その車を受け止めて、アンタを殺してでも止めてやる!!」


「……いちいちいちいち名前で呼ぶなァ!」


 ブレーキペダルから父さんの足は離れ、車は発進した。

 アクセルペダルを踏まれ続けた車は、プルバック式の安価なミニカーのオモチャのように急速な速度上昇を遂げた。

 しかしそんな自動車を前にしても、高貴は一切腰を引かない。

 本気で受け止める気だ……!


 そして──。


 車は突っ込んだ。

 高貴の腹部に。


 一瞬、彼の身体は後ろに傾いた。

 しかしすぐに立て直すと、地面がすり減るのではないかというほどの激しい火花を散らしながら、その足で耐えている。


「……グッ……!!ウオォォォォ!!!」


 (うな)る声が聞こえる。


 だが所詮(しょせん)は車と人間の戦い。

 勝てるはずもなく──。


 ジリジリと押されながら体力を奪われ続け、最終的に彼の身体は、ボンネットに乗せられる状態となった。


 その様は、先刻、

 この一連の事件の発端となった事故の時の、私の様子とリンクした。


 やがて車は船の端へと辿り着き、


 窓を突き破り、



「──しっかり掴まってろよ──!」


 宙に浮いた──。




「──大丈夫か…!?希良梨…!?」


 突然だった。

 今までみたいに、誰かに優しく揺すり起こされるような感じではなく、

 二度寝の状態から叩き起こされるみたいな、

 そんな感覚だ。

 それはまだ、私の中に確かな意識があったからで、それが幸なのか不幸なのかは曖昧(あいまい)なところである。


「う……うん。お陰様で……ね」


 私はそう言った。お陰様なのは事実である。

 この人の危険極まりない運転が無ければ、こんなのに耐えられるはずがない。

 っていうか、この強靭(きょうじん)な鉄の骨を()ってしても意識を失いかけるのに、

 言っちゃ悪いが、普通の骨しかないただの人間の父さんが何故耐えられるのだろうか。

 筋肉の差……?

 精神力の差……?

 皆目(かいもく)見当はつきそうにない。


「……よかった。……さぁ、間髪入れず次行くぞ」


 容赦(ようしゃ)ない父さん。

 まあ容赦なんてしている場合じゃない環境だからだけど。


 ギュンッとスピードを上げる車。

 軽く首を打ち付けそうになった。


「ここからはまた作戦に戻ろう。港から少し離れて、適当な所で別の車に乗り換える。

 ただ作業はさっきと変わらない。白鷺に自動車個別記号カーコードを伝えて、囮の車に出てもらう」


「……わかった」


「それが出来れば……家に帰ろう」


「……そうだね」


 改めて決意を固める私たち。


 だが、世の中はそんなに甘くないということを改めて知らされる事態が。



 パンッ──!



 何かの、破裂音。


 それは、

 スクラップ目前状態の真紅の車の、

 右前輪のパンク音、だった。


「チッ……!」


 パンクだけにとどまらず、右前輪は完全に制御が効かなくなった。

 思った方に行かない。スピードが出ない。


 それに加えて。


「センパァイ……」


 びしょ濡れの正が、眼前に立った。

 その右手には拳銃が。


「逃がしはしませんよ……!」


「……執念深しつこい奴らだなぁ……!」


 思わず(つぶや)いた父さん。


「センパイも判ってるでしょう……?職業柄、ってヤツですよ」


 フロントガラス越しに聞こえる大声で正が叫ぶ。

 加えて気がつけば周囲に、父さんの手によって瞬く間に脱落した警察官たちが、復讐に燃える目でこちらを見ながら立っていた。

 更には──。


「ハァ……ハァ……。正さん……ってば……!助けて……下さいよォ……!!」


「ああ……すまんな、そこまで頭がいかなくて。……というか、お前も助けてくれなかったじゃないか」


 高貴が後方に立っていた。復活して、息を切らしながらも正とそんなやりとりを交わしているが、目つきが明らかにさっきと違う。


「チッ……囲まれた……!」


 そんな彼ら警察を一瞥(いちべつ)し父さんはそう言った。

 だが、四方を囲まれたようではなかった。


「父さん、こっち見てよ!」


 私は助手席からそう言った。

 私の左にある、輸出物を詰め込む為のものと思われる倉庫を指差して。


「……なるほど、よし!」


 父さんは何やら作戦を思い立った……ようだ。

 ニヤついたその顔には、妙に自信が溢れているように感じ取られた──。




 ──ガッシャアァァン!!!!



 ボロボロの赤い車が、鉄製の、強固なはずの倉庫のシャッターを突き破る音だ。


 ──倉庫の中に一旦飛び込んで、体勢を立て直す。

 そこに、迷って入って来る警官たちの拳銃を奪い、完全に再起不能にしてやる。

 もし高貴とりあうことになったら、

 希良梨、お前は逃げろ──。


 突っ込む前に父さんが伝えてくれた、これからの作戦だ。


 ──私だけが逃げる──。


 そんなこと、本当は拒否したかった。その場で。

 けど、まずは従う。

 その時に拒否したければ、それを示す。


 共に戦う、という方法で。



 タダでさえボロボロな車は、

 突入した先にあった荷物の山に、その暴走を止められた。

 ガラガラ……と舞い上がった瓦礫(がれき)が落ちる音がする。

 その中、私と父さんは車から降り、

 すぐに別の荷物の陰に隠れた。


「父さん……!」


 思わずそんな声が漏れる。何故なら、

 脚の傷がいつの間にか開き始めていたからだ。


「おい……大丈夫か……!?」


 囁き声のはずが、少々声が大きくなってしまった父さん。


「う、うん……。何とか走れ──」




「誰だァ!派手な登場じゃねぇか、あぁ!?」


 私は思わず、声を止めてしまった。


 ガラガラと割れた声。

 似たような声が倉庫内のあちこちから聞こえる。


 それで確信した。


 ここは、


 暴力団そちらの人の、


 密貿易現場だと──。

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