第63章 宣戦
「──海凪 希良梨は…………私ですが?」
私は、「嘘を吐くな」と言われたのでそう答えたまでに過ぎない。
しかしその言葉は、彼女──夜川 涼美にとって到底真実として受け入れることなど出来ないだろう。
事実、私がそれを告げた途端、彼女の口の震えはピタリと止まった。
「…………何を……言っているの……!?」
彼女は、とてもか細い、小さな声でそう私に尋ねた。
「何って、そのままの意味以外に何もありませんよ」
私は、端的にそう返した。
「……信じられない?」
「信じられるわけないでしょう!?偽名を使って生きてきたって言うの!?あり得ない……ましてやアンタみたいな能力を持っているなんて報告にも無かった!アンタの理解に苦しむ能力は、一朝一夕で手に入れられるモンじゃないわ!」
一転、激怒する涼美。至極当然の感情だ。
なので、私はある行動に出ることにした。
私は徐ろに歩み寄り、彼女の項にそっと手を触れた。
「ちょっと、何する気!?」
「動かないで、大丈夫」
逃げようとする彼女の動きを制止する。
「私は、あなたの”記憶”を見せてもらった。……その御礼を、あなたにしてあげるんですよ」
「はぁ!?……ちょっ、言っている意味わかんな──」
「少し、クラッとしますよ……!」
その時、私は彼女の電脳に、私の”記憶”を流し込んだ。
言い例えるなら、“3人目の私”が生まれた、あの夜の“記憶”を。
実を言うと、この所作が出来るかどうかは、直前まで全く判らなかった。
“神童機”に宿る能力の1つ、“敵知機”は、相手のデータを知見できるが、相手に知見させることが可能かどうかは別問題だったから。
結果から言えば、それは可能であった。
“記憶”を読み取るのと逆の要領で、“記憶”を読み取らせる──言い換えるなら“共有”する。
4年前の“あの夜”の中に、当惑している涼美の姿が映る。この瞬間、彼女が私の“記憶”を“共有”している証拠だ。
やがて夜も明け、1日ほど間を置いてから、私は目覚める。
そして、その瞬間を迎える──。
「──判りましたか?」
全てを見せ終えた私は、彼女の項からゆっくりと手を離した。
全ての事情を把握した彼女に、表情は無かった。
「……少し頭を捻ればわかりそうな事なのに……判らないものね。
“人造人間”は人間の形をした機械……配線さえ上手くいけば、
顔を交換しても生きていける」
「……けど思いつかなくて当然。……こんなことをしたのは後にも先にも、私だけだと思います」
「……それならいいけど」
そう言ったあと、今まで全く緩まなかった涼美の口が、
不敵に綻んだ。
「フフフフ…………アハ……アハハハハハッ!」
彼女の不穏な高笑い。
それを聞いて、私の胸は激しく騒いだ。
──どうして……?単なる実力も、“記憶”を読んだから戦術も全て把握しているって点を考えても私が圧倒的優位にいるのに……。
それ以上の何かが……彼女にはあるっていうの──!?
疑心が渦巻く。不安な気持ちを孕んだ冷や汗が、額をつらつらと流れ始める。その不快な汗が、動揺する心を嘲るように煽る。
たった数秒のうちに、状況が状況ならどうということはないはずの笑い1つで、
私たち2人の“心の”形勢が一気にひっくり返った。
まだ私に知られていない何かが涼美にあるのか、そう考えた私は再び、彼女の項に向かって手を伸ばす。
しかしその瞬間、涼美は明るくこう言い始めた。
「この際だし……もう後先考えている場合でもないわね……!」
その言葉が聞こえた途端、
私の腹部に、痛みが走った。
「ワタシはまだ……戦うことにするよ……!」
涼美の腕が、私の腹を、貫いていた。
「これは私の……最期の宣戦布告よ──!」




