第35章 真実
──陽の光も差し込まぬ、廊下の奥。
人の少ない旧校舎の中でも、このような場所には誰も来ない。
そんな場所から、ある女性の激昴する声が。
「何で……なんで……アナタがここに来たの!?よくも……私の目の前にいけしゃあしゃあと!」
怒鳴るその女性──花理崎 菜那の感情の矛先は、
彼女の眼前で、壁を背にして、追い詰められたように立ちながら、口をへの字にして菜那を見つめる女──坂巳根 莉央に向いている。
『口をへの字に』と表したが、それは不服とか疑問とか反発に基づくものではない。
返す言葉もないくらいの反省、それ唯一つだった。
「…………」
「……っ……!」
対する菜那は、第三者の目から明らかなその反省の意にも、怒りに支配された状態故に気付けない。
今の彼女にとって莉央は、眼前で、許諾されることのない黙秘権を行使し続け、口を噤むその顔には、問うてくる者を嘲笑うかのような表情を浮かべ続ける女、なのだ。
「アナタは……私がここに居ることを知っていたから来たの……?……いや、聞くまでもないわ、そうでしょうね!そう決まってるわ!
“人造人間”が全部回収されてから6年経つって言っても、私たちのようなサークルなら国中にごまんとある筈よ!その中から、偶然ここを選ぶ事なんて有り得ないわ……ましてアナタのような、お金持ちの場合はね!」
勝手な独断から生まれた持論と罵声を、雪辱を晴らさんとばかりに浴びせ続ける菜那。
しかし依然、莉央は涼しい顔。且つ沈黙。
菜那の感情を、怒りを、それが更に刺激した。
「何故……“人造人間”も嫌いなアナタがっ!自分の所為で命を絶った人の友人がいるところに会いに来るの!?
私は……!それを知りたいのよ!!」
荒い息と共に、鼻からは鼻水が垂れてくる。溢れる涙に呼応するように。
そのグシャグシャな顔が、菜那がいかに怒りと悲しみを、その身体に蓄積していたのかを物語っていた。
しかし、その悲憤に満ちた問いに対しての答えは、あまりに不適応な言葉だった。
「……ごめんなさい」
その時点で、菜那はようやく感づいた。
目の前の“元・女帝”が、自らに対して、懺悔しようとしていることに。
そして、だからこそ、彼女の怒りは収まらなかった。
自らの親友を快楽的に殺すような悪の権化だと思っていた女が、今、眼前で謝意の眼差しを懸命に向けてきた。
それが意味するのは、
『謝れば済む。それでいいのだろう』という厄介事を適当に対処する、そんな心情か。
或いは、心底からの誠意溢れる陳謝の心か。
どちらにせよ、彼女の怒りは止まらない。
「……謝らないでよっ……!なんでアナタが謝るの……?アナタが謝るのなら……!私はいったい、何にこの気持ちをぶつければいいのよ!」
叫びながら菜那は、傍の壁を拳で強く殴った。
その遣り場のない彼女の怒りを鎮めようと、莉央が口を開く。
「……今更許してとも言わない。私が、あの娘を殺したのは、紛れもない事実。過去。……けど、あなたに知っておいて欲しい事があるの」
「……何よ……」
「……信じ難いことだと思うけれど……
……私は指示に従った。それだけだってことを、アナタに……っ!」
莉央が言い終わる寸前、
菜那の拳は、彼女の顔面の数ミリ前に存在した。
しかし、その拳を止めた者がいる。
「──アナタは入って来なくていいって言ったでしょう……!?杏紅!」
「菜那。……私はあなたに、人を傷つけることなんてして欲しくない。だから止めただけよ」
そう言って杏紅──私は、彼女の拳を押し戻した。
「それに、怒るのはまだ早いわ。彼女は何か言おうとしている。それを聞いてからでも、遅くないんじゃない?」
「…………杏紅がそう言うなら」
「……ありがと」
拳を握るのをやめた彼女に対し、私は素直に微笑した。
「……あくまで私は第三者として話を聞かせて貰うわ、莉央さん。けど、おかしな所があったら、私も口出しする。それでもいい?」
「構わないわ。……私は罪を償おうとも滅ぼそうともしていない。ただ、判っておいて欲しいだけなの」
話に聞いていた人物像とは大違いだ。
彼女の声色に、気の強さだとか、傲慢さとか言ったものは微塵も感じ取れない。
あるのはただ、服従心と謝意。
「……私は確かにお金持ちと言われるに足る名家に育った。坂巳根家は、世界に通用する力を持つ企業を100年近くの間、動かしてきた」
語り始める莉央を、菜那は目が血走っている状態で睨む。
「……けど時代は変わる。特にデジタル化の進むこの時代、100年も前から続く会社の考え方や理念は、そう長く保たなかった。そして10年前、あの会社は辛うじて経営出来る、と言えるレベルまで堕ちたのよ」
「……何が言いたいの……?」
「……そんな会社が今も経営されている、ということの違和に気づいて欲しいの」
「……?」
私と菜那の頭には、クエスチョンマークが浮かんだ。
「堕ちた会社はやがて見放され、逆にのし上がってきた会社にその目が向いていく。にも関わらず、あの会社が未だ第一線に居られる理由があるの」
「……何よ」
「……非公表で、あの『サニレゾン』という名の会社は、
『トレイル・ブレーザー』の傘下に入ったのよ」
『トレイル・ブレーザー』。名前は聞いたことがある。
ショッピングやサービス全般から不動産、人材派遣にその他何でも、この会社に備わっていないものは無い、今や世界を牛耳っていると言うに相応しい会社だそうな。
「その『トレイル・ブレーザー』のご令嬢、一人娘が」
莉央の口から出たその名は、私たちの知る、莉央に最も近い存在と言える者のそれだった。
「横英 花蝶──本名、界坂 花蝶よ」
その名を聞き、私たち二人は驚いた直後、
──やはり──という感想に至った。
やはり彼女は、それまで君臨していたトップの座を奪われ、無冠の女王と化しただけの人間ではなかった。
「『真の支配者は、表立ってあれこれ指示をするものではなく、影武者の裏で指示をするものである』。
理解に苦しむ花蝶の父のそう言う思想の下に彼女は育った。
そしてその生き方を本格的に始めよう。意気揚々と入学した中学校には、彼女に相応しい影武者となる人間が居なかった」
「そこにアナタが、選ばれたというのね」
私が先にそう言った。
「……そう。父がうまく言いくるめられた。営業部から社長の座に登り詰めたっていう花蝶の父は、嘸かし口達者だったのでしょうね。
それまでは、インドアが好みの田舎少女だった。けど花蝶よりも目立つ人格を作るために、人より多少良かっただけの身体でモデルにさせられたり、いかにもお嬢様と言われるような口調にも変えさせられた」
「……じゃあ」
菜那が口を開く。
「“コト”の発端……あの発言も、花蝶の言いなりだと……?」
「そうよ」
「……納得いかない」
「何が……?」
菜那の瞳には、凄まじい強みがあった。
かつて屈した女に対し、今は決して屈しないと訴えかけているような、鋭い強さが。
「アタシ、覚えてる……目に焼き付いているもの。あの時のあなたの表情と語気には、誰かに操られてただけとは思えぬ何かがあった。己の信念も少なからずあった。……そうでしょう?」
彼女はまだ、莉央を信じていない。
莉央が隠していることを暴こうと、必死に努めている。
一方、莉央は、瞬時戸惑ったような顔を見せ、そして俯いた。
数秒の沈黙の後、彼女は口を開く。
「……私は演技が下手だったのね。あの時は確か、ドラマを二本抱えていた筈だったけど……」
「……花蝶が操っていたなんて嘘ってこと……?」
莉央の言葉を聞き、妙な喪失感を憶えた私が呟いた。
しかし彼女は慌てて、
「違うわ、杏紅ちゃん。それは断じて嘘じゃない。事実よ。この場で神に誓える」
「じゃあ何?」
まくし立てるように菜那が問い詰める。
「……“人造人間”が嫌いだった。だから私は、あの話を釜井先生にして欲しくなかった」
「だったら何故……!」
不可解だと言わんばかりに、菜那が唸るように声を出した。
「……あのサークルに来たのよ……!?
私たちのいるあのサークルは!“人造人間”が嫌いなやつの来る場所じゃない!
もしそうなら帰れ!」
折角鎮火しかけていた彼女の怒りが、再びごうごうと燃え出した。
「違う!」
「違う違う違うって煩いわよっ!」
彼女は最早、前すらも見えていない。彼女の視界は、怒りによって濁り切っているに違いない。
だから私は、その濁りを、ちょうど身体の汚れを落とす水のように洗い流す役割を持つ、魔法の言葉を叫ばざるを得なかった。
「そうやって怒っても!雛乃ちゃんは笑ってくれないよ、菜那!」
赤い炎を出してしまいそうな程に、憤怒に支配されていた菜那の荒かった鼻息が、平静を取り戻し始めた。
「彼女には複雑な理由がありそうだわ……ね?聞いてあげましょう?」
「……ありがとう、杏紅」
母親のように、私は優しく言った。
しかしその内心は、辛かった。
菜那だけでなく、私にとっても特別な友人の名に、『ちゃん』などと言う、いかにも他人行儀な呼称を付随させなければならないことが。
私は、菜那も雛乃も、知っている。性格も好き嫌いも、口癖さえも。
けど、私が雛乃を知っているのは、菜那にとって、否、この坂巳根 莉央にも共通して、おかしい事なのだ。
私は、愛翠 杏紅なのだから。
「……私が“人造人間”を嫌うのは、花蝶の理由のような、彼等を卑下するそれじゃない」
そして彼女の口から出た一言は、私たちの、彼女に対する観念の範疇では、些か想像するのが困難なものだった。
「私は“人造人間”を愛してる。愛するが故の、嫌悪なのよ」
その言葉の意味の理解に向かい、全神経が仕事をした。その間だけ、私たちの世界は、時間経過を止めた。
「……花蝶の影武者として生きることを命じられた時、私はある事実を共に伝えられた。
“人造人間”と私が、切っても切れない関係にあると証明する事実を」
「……それは何?」
何方かと言えば、この件に関しては私の方が興味を持っていた。私はのめり込むように聞き入っていた。
「私は、父の本当の子でなかった。ある家から、坂巳根家の跡継ぎとして養子に入れられたの」
「……まさか」
莉央のその事実だけで、私はバックグラウンドを全て把握できたかもしれない、とそう呟いた。
「あなたの本当の親の元に、代わりに送られたのが、“人造人間”だった、ってこと?」
「……大方当たっているわ」
「……大方?」
「……代わりに送られた、というのは、政府から送られた、っていう意味でしょう?杏紅」
私は頷く。
「そうじゃない。……サニレゾンが経営危機に陥る危険性を考慮した父は、
坂巳根家に元々いた“人造人間”の子供を、私と交換したの……」
「……!?どうして、そんなこと……」
「経済的上位層の人間は、花蝶のように“人造人間”を忌み嫌う傾向が強いの。不妊症だった母……いえ、義母、と言うべきかしら。彼女を妻に持つ義父は、“人造人間”を子に持っていたから、毛嫌いはしなかった。
しかし、いずれ守ってもらうことになる富豪は、きっとその“人造人間”を嫌う。その所為で傘下に入れず、そのまま経営難のサニレゾンは倒産、なんて事になってはならない。
致し方なく、義父はまだ2歳の我が子と、信頼出来る社員の子を交換したの」
「…………」
「…………」
私たち二人は、沈黙していた。
筆舌に尽くし難い彼女の義父の葛藤と苦悩は、私たちには何故か痛烈な程に判った。
社長である以前に、一人の父。父である以前に、一社を仕切る社長。天秤にかけようにもかけ難い、しかし、どちらかは必ず捨てなければならない二択を迫られた時は、本当に苦しかったろう。
「……私がその事実を聞いた時、私は会おうと必死に努力した。その人に。けど、どんな手段を用てしても、彼女の足取りは掴めなかった」
その言葉に、今度は菜那が敏感になった。
「会おうとした、って……あなた、法律に逆らおうとしたってこと?【強制返還法】に、アナタは刃向かってまでも、その人との再会を果たそうとしたの……?」
失敗を犯した、そんな顔の莉央。きっと彼女は、その“人造人間”の正体は明かすまいとしたのだろう。
だが彼女は、墓穴を自ら掘ってしまった。
「その人は誰……?」
詰問する私。対して彼女は、何か迷ったような素振りを見せた後、しぶしぶと言った面持ちでこう答えた。
「……菜那、あなたには信じ難い事実がもう一つ、ここには隠されている……それでも貴女は、聞きたいの……?」
「そうやって言い渋って時間を稼ごうとしても無意味よ……勿体ぶった素振りなんてしないで、早く言いなさい……」
違う。言い渋って時間稼ぎなんてしていない。
菜那にとって2度目の怒りの鎮火が訪れ、奇妙な、しかし既視感のある沈黙に包まれる中で、私は、またあの瞬間が起こる気がしてならなかった。
そしてその不吉な予感は、やはり的中するのであった。
しかし、私の予期せぬ形で──。
「……私の真の名は皆木 莉央。菜那、貴女が幼い頃に別れた、皆木 姫花さん……彼女が私の代わりよ」
「……!?」
絶句したのは私だ。至極当然のことだろう。
まさかこの女の口から、
かつての私の名が出てくるなど、夢にも見なかったのだから。
そして、時同じくして菜那は、怒りを通り越して呆れながら言った。
「……いい加減にして欲しい……!アナタって女は……どれだけ人を嘲り馬鹿にすれば気が済むの……?
その言い方じゃ、私の友人……親友に皆木 姫花が居た事は承知の上なのよね?
その上でそんな事を……!平気な顔して言えるの……!?」
「……こればかりは、貴女の言うことに返す言葉も見つからないわ。証拠が無い……貴女に確実に信じて貰える証拠となる物が。
DNA鑑定もしていない、誓約書のようなものもない……本人も──」
「居ないって言うんじゃないでしょうね!」
突然、菜那が吠えた。
「居ないなんて言わないで……!……居ないって言うと……私はあの娘を……失ったように感じてならないの……!あの娘はどこかで生きている!アタシに会いたいから!絶対!
だからアタシもあの娘を信じる!んで!会って言ってやるのよ、『バカ』って!」
その言葉を、菜那が涙を目に浮かべながら言った事を聞いて、私も涙を溢れさせそうになった。
菜那……あなたの言う『バカ』は、今あなたの目の前に居ると、喉元でその言葉を留めることが、途方も無く厳しいことに思えた。
私は、その名前を捨てる時も苦しんだ。
皆が私を、徐々に忘れていくことを恐れて。
姫花が希良梨を殺す──。
あの感覚は、未だに忘れられない、身体に焼き付いているし、きっとそれはこれからもそうだろう。
しかしあの時、今のこの状況になる事は、危惧するどころか見当もしなかった。
もし違えば、私はどうしていたろうか。
己の正体を、やすやすと明かせない苦しさ。
かつての親友と呼べる者を前にして、別の自分を演じ続けることの苦しさ。
これ程までに辛いとは、想像もしなかった。
いや、出来なかった。
「……本当にごめんなさい。……こうして謝っても意味が無いのも判ってる。けど……私は貴女に対して、事実を話し、謝り続けることしか出来ない……」
莉央の声が、だんだんフェードアウトして行って、やがて囁くような声になった。
その様を見て信じざるを得なくなったか、或いは単に疲れたのか、
菜那は腫らした目元を腕で擦ると言った。
「……アタシにも、確たる証拠は無い。アナタの言っていることが嘘八百だと言える理由も無い。
……だから今は、仕方なくアナタを受け入れる。無根拠な叱責も非難もしない。時間と体力の無駄だから」
彼女の声色に、いつもの明るさは無かった。諦念だけが込められた、低い声。
その声の主は、踵を返し一歩踏み出したところで止まり、目だけを莉央に向けて、戒めるように言った。
「けど、アナタが少しでも妙な動きをしたら、どんな状況だろうとアナタをサークルから追い出すわ。
これ以上、アナタの餌食は作らせない……私が見張っている……雛乃もね」
彼女は去っていく。
その背中は、未だ見ぬ程に逞しかった。
私が、それを追いかけることもなく、ただ目だけで送っていると、莉央が声をかけてきた。
「ありがとう……貴女が居てくれたから、菜那に話を聞いてもらうことが出来た。……貴女にだって、どうしろと命令はしない。莉央と同じ側に立ってもらって構わない。私は、それ相応のことをしてきた──」
「勿論よ。……私はあなたを信じきっている訳じゃない」
言葉を遮り、私も声に鋭さを持たせた。
「冷静さを欠いた怒りほど無価値なものはないから、あなたの話を大人しく聞いただけ。
……友達の友達は、つまり私の友達。友達の痛みは私の痛み。
菜那の痛みが癒えるまで、私もあなたを許すことはないわ……!」
「……理解したわ……」
そう言い、後から立ち上がったはずなのに、何故か私の前を歩いて行く莉央。
「貴女たちの傍に居られる……それだけで満足よ……ありがとう」
莉央はそう言い、菜那の後を追うように、やや速い歩みで、研究室に向かった。
私はその背中に迫るように歩く。
その最中、私は考えていた。
──莉央の過去の事実を聞いた時は、驚きに心を支配されたが、気を取り直して悠然としてあれこれ確認してみると、合点のいくことは多々ある。
私の記憶が正しければ、確かに我が真の父──皆木 和真は、社長に重宝されていた風だった。
社長の趣味だと言うゴルフやらサイクリングやらにしょっちゅう駆り出されていた。その間、私は友だちと遊んだり、或いは母親に連れられ買い物に行き、ソフトクリームを食べるのが楽しみだった。
何回があった夫婦喧嘩の原因もそれだった。よくある『仕事と私、どっちが大事なの!?』というアレに近い。
喧嘩してから、1週間くらいギスギスしていたことがあった。その年は家にいない時間が特に多くて、温厚で滅多に怒らない母──光李が感情に訴えたあの夜は、今も克明に脳裏に焼き付いている。
それくらいの関係なのだから、自らの家の盛衰の運命を握る重要な決断の相手に選んだのも納得がいく。
更にもう一つ、私が莉央の言うことを肯定できる理由がある。
彼女と私が交換されたと言う年は、私たちが2歳の年──2098年。
私が生まれてからその年までの約2年間に撮られたと思しき写真が、紙媒体にも、フレームアルバムにも無かったのだ。
それだけを言うと、あまり写真を撮りたがらない家庭なのではないか、という仮説も成り立つ。
しかし私がそれを否定出来るのは、皆木家のリビングには、運動会の時や、ピクニックに行った時などの写真のデータが入った、白縁のフレームアルバムがあったことが確実だと言えるからだ。
さらに言えば、光李が、だいたい半年毎ぐらいのペースでデータの整理をしていたのも覚えている。
そんな人間が写真嫌いなわけがないし、仮に本人が映ることを嫌っていたとしても、私を撮ることに対しては厭わなかった人だろう。
にも関わらず、写真の一枚も残っていないのはあまりに不自然。何か理由があると踏んで間違いない筈だ。
そしてその理由と言うのが莉央の語るそれだとするなら、全て繋がる。
以上が、私が莉央を全否定出来ない理由である。
彼女の言うそれは、決定的証拠がない以上は、どうやっても仮説としか呼べない。そこで終わりだ。
しかしそれを全て事実として受け入れたならば、
彼女は、私たち“人造人間”よりも遥かに、
操り人形として、生きてきたに違いない──。
──研究室に戻った時、私は結局、莉央と一緒に入ることになった。
あんなことの直後だ。気不味いのが当然。
私が戸に手を掛け、開くまでの時間。秒にも満たないその刹那が、有り得ないほど長く感ぜられた。
それを克服して、私が戸を開いた時、中はやけに盛り上がっていた。どんちゃん騒ぎとか揉め合いとかとは別種の、例えるなら会議のような盛り上がり方であった。
「どうしたんです?何だか盛り上がってますけど」
私は思わず訊ねた。そしてその直後に気付いた。
私たちから見て部屋の奥、ちょうど虹際さんの座る席の隣で、またも深刻そうな顔つきをしている菜那に。
「おかえり〜、杏紅」
そう言って答え始めてくれたのは、美雪さんだった。
「絢君がね、こんなチラシ持ってきてくれたんだけどさ〜。……何でも“人造人間”に縁のあるその会社が、見学に来ないかって話が、その子の親伝いで来てるのよ」
言って彼女がチラシを差し出すので、私はそれを手に取り、莉央と共に見た。
開始一行目で、仰天した。
そこに記されてあった文字は、
『トレイル・ブレーザー 見学員募集!!』
だった──。




