第29章 家族
──神多 撫子は、根っからの不良であった。
彼女には年の離れた兄がいた。名を季伊 理司と言い、彼もまた不良だった。
撫子の記憶には、彼の、ある一不良集団の団長としての姿があった。
だがとある日、彼はケンカの中で負った大きな怪我で3ヶ月入院し、その後、足を洗った。ちなみにその後、彼はラーメン屋を始め、以降家に帰ってくることは少なくなった。撫子、実に10歳の夏である。
それから3年後、13歳を迎えたその日、彼女は突然家を出た。無論その訳は、兄に憧れ、彼がまとめていたというそのグループに入ってみたいという、唯その一つである。
だが実際、彼女はそのグループが今、何処にいるのか、誰がメンバーなのか、その他彼らに関する何も知らなかった。だから幾晩もの間捜し続けた。だが、彼女が彼等を見つけることはできなかった。
むしろ彼女は、“見つけられた”。
そのメンバーの一人、しかもリーダーであり、後に彼女がゾッコンになってしまう程の男──川上 頼斗に。
「おい……お前こんな裏道で寝てたら誰に襲われるか判らねぇぞ?……俺についてくるか?」
撫子が聞いた彼の第一声はこうだった。
彼女の抱いていた人物像とまるで違った。
が、これはこれで惚れた。
ので、彼がリーダーを成す集団、“愛流虎”に入団したのだ。
喧嘩もよくした。口も悪かった。
だが、彼ら“愛流虎”は、ある一つのことは絶対にしなかった。
差別、だ。
撫子は、不良というものは差別をして当たり前だと思っていた。自分たちこそが至上で、それ以外の人間は見下す。そんな人々だと思っていた。
だが、彼らはそれをしなかった。敬語が無かったり、気に食わなかったら拳で物を言ったりという素行の悪さもあったが、人を蔑むようなことは言わなかったし、うっかり口を滑らせてそういうことを言えばこっぴどく怒られた。アジトの奥に軟禁されたこともあった。
我慢ならなくて訊いてみた。何故にそんなに優しいのだと。すると頼斗は答えた。
俺たちは、ある一人の男の言うことを守っているだけなんだと。
名前はもう忘れたが、一人の警官が言うことに、彼らは深く感銘を受けたらしい。
何故彼らが、ある種宿敵とも言える警官の話を大人しく聞いたのかというと、それが兄にそっくりだったからとそう言うのだ。風貌がそっくりとか体型が近いとかそういうことじゃない。その人格が、彼そのものだったから、だそうだ。
それを聞いた時の撫子は、まだ14歳間近と言った時期だった。昔からろくに学校の授業も受けなかったから、語彙力も知識も想像力も乏しかった彼女は、頼斗が何を言っているのかまるで理解出来なかった。
そうやって過ごしていく中で、彼女はいろんな喧嘩に出た。初陣の衝撃的な光景は、その先ずっと彼女の目に焼き付くことになったが、回を重ねるごとに、徐々に彼女も慣れていき、気が付けば幹部クラスにまで上り詰めていた。幹部と言っても、下っ端と大差ない位置付けではあるが。
そんな彼女の初めての後輩が、当時まだ15歳であった後の夫──神多 潤である。
彼が“愛流虎”に入団した頃には、撫子の、“先輩は後輩をこき使うもの”という固定観念はキレイさっぱり無かった。が、それが潤の癪に障ったらしく、世話係を任された撫子は苦戦を強いられた。
しかし彼女は、ついぞ最後まで潤を見放すことは無かった。
その尖り方が、自分そのものだったからだ。
不良というものはこういうもので、こんなことをする、という世間に作り込まれた観念を持ち、それ通りでないと納得がいかない。
その様が、昔の自分に見えたのだ。
そして自らの先輩は、特にあの頼斗という人は、こんな扱いづらい自分であろうと、匙を投げなかった。
なのにこんな所で自分が諦めてしまえば、彼らに見せる顔が立たない。
だから彼女は、潤に最後まで付き合った。
一方の潤も、彼女のその誠意と母性溢れる接しように心を惹かれ応えていると、彼自身も気付かぬうちに、“愛流虎”の色に染まっていた。
同時に彼らの中には“愛”が生まれた。
潤はそれに気づいていなかったが、口は悪くても乙女心を忘れずにいた撫子は認識していた。
初めは、頼斗に対する気持ちこそ愛だと考えていた。だが違った。あれは敬意だ。人としての。極端な話をすれば、彼が女であったとしてもこの感情は生まれていただろう。
しかしこれに関しては敬意ではなく愛だ、言い換えるならば“恋”だと、彼女は直感的に確信した。それは潤も同感だったようで、いつしか2人は、世に言う恋仲になった。
やがて頼斗が夢の為に“愛流虎”を脱ける日が訪れた。彼は泣かなかったが、他の仲間たちは皆涙を流して見送った。
それ以降、撫子も潤も、彼と再会したことは無い。噂では警察官になったらしいが、それはそれでいいことではないか。彼が心の師と仰ぐ人と同じ道を歩むのだから。
そして、リーダーの代わりは誰になったのかというと──。
「……え?……アタシ?」
そう、撫子だ。
潤を選んだ撫子以外、満場一致で彼女を選んだのだ。
最初こそ驚いたものの、念願であるリーダーをやれるとなれば、断る理由もなかった。
しかし最初と違ったのは、“愛流虎”を自分色に染めるのではなく、頼斗が残した色を維持し続けるのが、彼女の目標になっていたという事だ。
彼女がその座に君臨し続けたのはそれから凡そ3年の間。夜な夜な集まって遊んだり騒いだりして、街からは問題視されたが見て見ぬ振りをした。
ケンカも強く、特に潤に関しては“喧嘩両成敗人のジュン”という、カッコイイ言葉を並べた者が勝ちな不良感漂う二つ名が出来上がってしまった程だ。
そうして、そんな彼らにもいつかは別れの時が訪れる。
撫子は、兄──理司にそろそろ働けと言われ、仕方なしに見つけた職に従事する為に、“愛流虎”を脱退する運びとなった。
「ほらほら、みんな泣くなよ。アタシはちょくちょく覗きに来るからさ」
と告げた撫子だったが、仲間たちに背を向け泣いていたことは紛れもない事実である。
そして、遠く離れた地(と言っても国内であるが)で働く為に飛行機に乗る、まさに直前であった。
「──撫子!!」
背後から投げかけられたある男の叫びによって、彼女は引き止められた。
振り返り、撫子はその男の名を叫んだ。
「潤っ!あんた何で……!」
「決まってんだろぉが!……お前と、一緒に行くんだよ!」
「はぁ!?あんた何を言って……!」
「アイツらに背中押されたんだよ!『行ってこい』って」
息を切らしながら、潤は訴える。
「カケルもジョウもチカハルも……みんな俺に行ってこいってうるさかったんだよ……!『後悔してるジュンさんの背中は見たくねぇ』って」
他人が「後悔するかもしれない」。それを心配するだなんて、アイツらは優しすぎる、と撫子は思った。
神多 潤という、言わば最高戦力を失うと言うのに、その最高戦力を一人間として捉え、己が未来をも差し置いてその人間の未来に気を配る。
並の人間じゃあそんなこと出来ないはずだ、と。
「……で!お前はどうなんだ!俺が付いて行っちゃ……ダメなのか!?」
潤が問うてくる。しかしここで、撫子は優柔不断になってしまう。
「こ、これはアタシが決めたことで……だからあんたを巻き込む義理なんてなくて……けど……」
俯いてぶつぶつ何かを言い続ける撫子に痺れを切らした潤は、大股歩きで彼女に近付き、問い質すようにして言った。
「俺はお前が好きだ!好きだからお前がどんな答えを出しても俺は理解する!納得する!だから!お前がしたいことを選べ!ちょっとでも本心と違うことを言いやがったら……承知しねぇからな!!」
潤の心からの言葉を聞いて、撫子の目からは、涙が溢れ出た。彼女はまた、自分の乙女心を知った。
自分はこの男を──潤を心から愛しているのだと、改めて知った。
そして号泣しながら、彼女は自らが本当に思う事を、正直に言った。
「……アタシは!……あんたに……付いてきて欲しいっ!!」
鼻水をすすり上げながら、顔をぐしゃぐしゃにして泣く撫子の頭を、潤は撫でた。
「……へっ。言えるじゃねぇかよ。ちゃんと」
潤は、屈強で華奢な彼女の身体を、力任せにではなく、そっと抱きしめた──。
──それから21年。西暦2110年のこと。
彼女は夜明けの海を眺めていた。
真冬なので、裏地がフカフカの服を2枚着て、その上にお気に入りのスカジャンを着る。更にカイロも持ち合わせるという重装備である。
そんなことをしてまで見たいものがあるのかと聞かれれば、彼女はイエスと答える。
“あの日”、この興土島に引っ越した日、彼女はその後の暮らしに大して、隣人と仲良くやっていけるだろうか、なんてありきたりな悩みを持っていた。
そんな時に、彼女はここに来て、この清々しさを知った。
人工島に面する海とは思えない程綺麗に澄んだ海水と、優しく頬を撫でる浜風。それは寒い冬でも同じで、身の凍るような冷たさを帯びながらも、自然の温かさを伝えてくれる。
あの日をとても後悔することもあった。
自分はなんてバカな男を夫として選んだのだろうか、と。
けれどそれすらも笑って吹き飛ばせそうなくらい、どうでも良くなってしまうのだ。心を洗濯してくれる。
彼女は、この海が好きだった。
ある一つの障害を除いては。
その障害とは、言わずもがな、その海の先にある島、広楽島である。
聞くところによれば、彼処は“人造人間”を隔離して保管するためにある島で、その実態を知る者は数少ない。
そして、その実態を把握している者達は口を揃えて言うらしい。
“天国の顔を持つ地獄だった”と。
しかしそう告げた者は尽く、一週間以内に殺されていることも有名である。
そんな不吉な噂ばかりある島が視界に入れば、気分を害してしまうのは当然である。
彼女は“人造人間”に会ったことはない。
いや、正しくは、
──この人は“人造人間”だ──
と意識して人と接したことがない。
彼女はこれでも40歳だ。それだけの時間を生きてきて、あれだけ多くいた“人造人間”に会ったことが無いというのははっきり言っておかしい。つまりどこかで会ってはいる。
しかし彼女が意識したことがないのは、頼斗から言われていた一言が胸に残っているからであろう。
「何かのハンディとか、自分になくて他人にある不利な点を理由にして、自分とは“別のもの”として扱うやつは、たとえそれに悪意がなくても、“差別”してるんだよ」
それはつまり“人造人間”にも言えることだろう。自分たちと違う要素で構成されていて、出来ないことも多々あるけれど、見た目も人で、コミュニケーションも取れるんだから、人として扱って何の間違いもないはずだ。
そう考える撫子は、自分が25の時に出されたある法律が気に食わなくて仕方無かった。
【“人造人間”案件基本法における“人造人間”返還に関する項】。世に言う『“人造人間”強制返還法』だ。
これに関して起こった一連の事件全てに腹が立った。
“人造人間”の返還手続きに関してのトラブル。巻波とかいう男が中心に起こしているデモ。その他も数えていればキリがない。
それもこれも、皆“人造人間”を“人造人間”として区別しているではないか。
確かに便宜上、分けて話さなければならない時もある。しかしこれらの事件に関しては、本来区別すること自体間違っているのではないかと思うわけだ。
……が、行動を起こさなかった。そんな自分が情けなかった。
若い頃の威勢は嘘のように無くなってしまった。大人になるにつれ、間違いは間違い、合っているものは合っていると真っ直ぐに言えなくなった。
年を重ねるぶん、守るものも増えていったからだ。
彼女は10年ほど前から、世間を騒がせている問題児らの保護を受け入れ、更生させている。だが彼等は、十分働けるようになっても神多家を出て行こうとはせずに、そこに居続けているのだ。
彼女と潤は、彼らを家族として養っているのだ。
こうして、撫子には守るものが増えた。
撫子自身の力だけではどうにも動かすことの出来ない力に負け、彼らの立場が脅かされることを考えると、思ったことを言うのを憚ってしまうのだ。
そんな弱くて小さい自分を忘れる為にも、彼女はこの朝、この海を訪れたのだ。
そんな悩みをすべて受け入れてもらった末に、そう言えば潤たちの朝食を作ってないことを思い出し、踵を返し帰ろうとした。
その時だった──。
「……?あれ、何だ……?」
何か、浮かんでいる。見たところ、そこそこの大きさはある。
視力の悪い撫子であったが、それが何であるのかは、彼女にもすぐに判った。
「……人……!?」
脱力しきった、人──女の身体であった。
それを見て、誰でも判るのは、その危険性。
その女の身体をそのまま放置していた場合何が起こるのかは、頭のあまり良くない彼女にも判ることであった。
撫子は慌てて砂浜を駆け、水に濡れる服など気にせずに、その女の身体のもとへ。
波に揺られ、何かに引かれるように浜へ揚がってくるその身体を抱える。
冷たい。固い。重い。アイスブロックを抱いたような感覚だ。
下を向いている身体を返し、顔を見る。
幼い。小学生くらいに見える。よく見ると身体の大きさもそれくらいに思える。
その顔を一瞥して、撫子は何かに気付く。
女──女の子は、所々に傷を負っていた。その大きさはまばらだが、額から破けた服から覗く脚まで、身体全体にそれらはあった。
そしてその中の、比較的深い傷から覗くその骨に、違和感があった。
光沢がある。夜明けの陽の光が反射して、光っている。
骨は普通光らない。だからこれは──。
「──“人造人間”……だな」
その女の子を連れて帰宅し、すぐに潤に見せた。こういう時は、さすがに夫として頼れる一面を見せる。
彼が“人造人間”と判断した理由もやはり、その妙な質の骨だった。
「“堅構骨”とか言うやつだろう。少なくとも人間じゃない。この手のことは、“あいつ”のがよく知ってるはずだから。近々連れて行ってやろう」
傷を負っている部位に包帯を巻いたり、ひどい所には応急処置をとったりしていると、
突然、女の子は目を開いた。
「よかった、大事なかったか……!」
安堵する撫子たち。
対して女の子は、
「……?ココ……何処?」
と、うっすら開いた状態の目で、神多家の内装をぐるりと見る。
「……ココは、アタシ達の家だよ」
優しく話しかける撫子。
「……誰?」
「神多 撫子。……あんた、海を流れて来たんだよ。けど無事でよかった」
「海……。そう……なんだ」
他人事のような反応を見せる女の子。
至極穏やかな彼女の反応が変わったのは、
処置を施していた一人の男が、最もひどい傷のあった右手首に触れた時だった。
「!!……触らないでっ」
蘇生から間もなくて、過敏な動きも出来なかった彼女が、嫌悪する物を身体になすりつけられた時のように、その男の手を慌てて払い除けた。
触るな、と言われてしまったが、治療をしなくてはいけない男は、潤と撫子に判断を求める。
すると潤が包帯を受け取った。
「……悪ぃが、君の身体は傷ついているんだ。特にその部分はひどいんだ。……知らない野郎に触られるのが嫌か?なら、ウチのカナメを呼んでやる。ちょっと待ってろ」
恐らく2階にいると思われるカナメという若い女を呼びに行く為に潤は立ち上がったが、
「大丈夫っ!……これくらい、自分で治す」
と、その善意を拒んだ。
「しかしだな……」
対応に困る潤を手で制止して、
「……あんた、何かされたのか……?」
と問いかける撫子。
「……あの島で、何かされたのかい?」
「……!やめて……!言わないで……!」
やはり、と撫子は思った。
この子は間違いなく、興土島という島で、“天国の顔を持つ地獄”を見てきた、否、何らかの形で体験した娘なのだ、と。
「落ち着け。……だが話を聞かせてくれないか?アタシらはお前さんの味方だ。誰にも言わないし、言った奴は許さない。約束する。だから聞かせてくれな──」
ドッ……!
潤は、その音に驚いた。
撫子がその娘にされたことを見て、驚いた。
娘は、撫子の腹部を、かなりの力で殴り、そのまま放り飛ばした。
「執拗いんだよテメェら!馴れ馴れしく触れたり話しかけたりしやがって!次何かやったら、マジでぶっ飛ばすぞ!」
また驚いた。
今まで大人しく、言うならば淑女であったその娘では有り得ない口調で激昂したからだ。
「くっ……あんたねェ……!」
一方、殴られた撫子の血は騒ぎ、無意識に拳は握られていた。
「何だよ……戦ろうってのかよ!?」
突っかかる娘。
売られた喧嘩は買おうと、撫子も立ち上がった。
「止めろお前ら!」
「うるせェェェ!」
娘が2度目の攻撃を与えんとした時、周りにいた男たちが、それを抑えた。単なる力にかけては、彼らが数人集まった方が強かった。
「テメェら……!どきやがれ!おれはそこの女を殴るん……だ……!」
やはりまだ、彼女の疲れは取れていなかったようだ。急に力を入れた反動か、娘は突然、泣き疲れた赤ん坊と同じように眠りについた。
カッとなって応戦しようとした撫子もハッと我に帰り、自分の行おうとしていたことに気付いてやや反省し、萎縮した。
「……こりゃかなり厄介な家族になりそうだ。近々なんて呑気なことも言ってられないな。……撫子、明日空いてるよな」
さっきまでの激情とは一変し、スヤスヤと寝息を立て眠る娘を見て、潤はそう言った──。
──翌朝。撫子と潤、そして娘、更に付き添いのカナメとアカネは、朝一番の直行便の船に乗った。
そして向かった先は、A市の中心街。俗に、“雲盛街”と呼ばれている街だ。
観光客で賑わう街であるが、彼らは無論、その観光を楽しみに来たのではない。その繁華街を外れ、伽藍とした通りを抜け、彼らはある家に向かった。
「やあ……と、ボクは君一人だと聞いていたんだが、ジュン。随分と大所帯のようだね」
ドアベルに呼ばれ、潤たちを迎えたのは、白衣を着ており、髪型はめちゃくちゃの、いかにもハカセ的な格好をした男であった。
「いいじゃねぇか、お前ん家広いだろ。こんなくらい、狭くも何ともならないだろ?キョウスケ」
「そういう問題でもない気がするが……まあ入ってくれ。茶でも淹れよう」
言って、そのキョウスケと呼ばれた男は、潤たち5人を、家の中へと招き入れた。
撫子の聞く限りでは、夫、潤と、この男──白鷺 京助は、家が隣になったという理由で知り合ったらしい。
年齢は京助の方が下であるが、上下関係など気にしなかった潤は、彼がタメ口で話すのを、何とも思っていなかった。
興土島に移り住んでからも、潤は時折京助と連絡を取り合い、偶に撫子を連れて遊びに行くこともあった。なので撫子も彼とは顔見知りの関係なのである。
そんな彼らの間に遠慮などという言葉はなく、まるで我が家のように堂々と白鷺家に上がり、早速本題に入る。
京助は娘が“人造人間”であることを聞かされた途端に、少し見せてくれ、と、まだ眠ったままの娘の身体を抱きかかえ、潤たちを居間に置き去りにしたまま、2,3時間帰って来なかった。あともう1時間帰って来なかったら、潤は痺れを切らしていたろう。
「……なかなか面白いことが分かった」
と京助はその言葉とは裏腹な真顔で言うので、気になった潤は問い詰めた。すると、まず彼女について分かっている事を聞かせてくれと、質問に質問を返してきたので、潤と撫子は、昨日あったことをありのまま伝えた。
話を聞き終えると、
「なるほど、繋がったな……」
と呟き、そしてこう告げた。
「彼女は恐らく、“二重人格”状態に陥っている」
「“二重人格“……?」
潤は京助を見たまま、撫子はソファに横たわる娘を見たまま言った。
「しかもただの“二重人格”じゃない。推測だが彼女は、元の人格を失いつつある。それに合わせるように、身体も変化しているんだよ」
京助の言っていることが理解出来ないので顔を顰めた2人。それを前に、京助は白衣の胸ポケットからリモコンを取り出し、天井に向けながらボタンを押した。
すると、居間の白い壁に映像が投影された。
人の骨格のようなものが映っている。
「彼女のレントゲン。さっき撮らせてもらった。最近のレントゲンは映像が鮮明でね。お陰で判ったことなんだが」
自慢とも取れる一言は聞き流し、2人は話に聞き入る。
「骨──“堅構骨”が縮んだ跡がある。理解に苦しむと思うから、順を追って説明するが」
京助は潤たちの方に向き直る。
「“人造人間”の成長進度は、それぞれの生活に左右される。何を食べているか、どんな運動をしているのか、睡眠はどのくらい摂っているのか。
その生活の情報は全て電脳に記録され、その後、その情報に基づいた成長をするように、各部位の“堅構骨”に指令が行く。
指令を受けた“堅構骨”は、中にある特殊な物体、“液骨柱”を必要なぶんだけ伸ばすんだ」
何とかついていく撫子と、既にショート寸前の潤。
「彼女の骨は元々もう少し長かったんだろう。だが“二重人格”になり、本来の彼女を失いつつある中で、別人格に合わせて身体も変化しているんだ。
自分はこんな“人造人間”で、身体はこんなだ。電脳の情報と実際の事実との相違を無くすために、身体は変貌を遂げているんだ」
「……つまり」
撫子は、まとめにかかる。
「この娘は、本来の身体じゃなくて、別の人格に合わせて身体が変貌しているんだな?」
そういうことだと、京助は端的に答えた。
「“人造人間”だからこそ起こりうる特殊な事態だ」
さらに付け加えた。
その時、タイミングを見計らったかのように、娘が目を醒ました。
「あっ、あんた……!大丈夫かい?」
思わず手を伸ばす撫子だが、それを見て、
「ひっ……!」
とその手を避けられ、それによって我に返った。
今、自分が彼女に触れるのはよろしくない。ここは……、
「カナメ、アカネ。アンタらに任せるよ」
撫子は、その付き人2人に仕事を譲った。
二人もそれに応える。
まずは、
「……ねぇ。あなたの、名前を教えて……?」
優しく問いかける。作戦が成功したのか、或いは日を経て落ち着いたのか、娘は少し躊躇ったような素振りを見せてからこう答えた。
「……ネネ」
「ネネ、か」
「確信した」
潤の隣で、京助がうんうんと頷く。
「“二重人格”の特有症状だ。名前が違う。彼女の元の名は金子 結由。ネネなどと間違えるのは有り得ない」
「……何故知ってる?」
「電脳に情報があった」
「……親は?」
「……親……?」
居る居ないという問題以前に、親という言葉を知らないようだ。
その後も色々問いかけてみたが、これと言った情報は得られなかった。
だが終始彼女に漂っていたのは、
あらゆるものに対する、不安。
その不安を解消させようと、撫子は噤んでいた口の封を切って訊いた。
「……あんた、アタシらの所に来るのはどうだい」
その言葉に、まだボーッとしている頭を動かすことも出来ず、娘──ネネは、
「……うん」
と、提案を飲む返事をした──。




