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“人造人間”の迷惑  作者: 彩葉 軀
第3部
26/69

第25章 遁走

『──興土島コウドジマは、2062年に施工(せこう)が開始され、2072年に完成、島と認められた、人工の島としては世界最大級の、リゾートアイランドです!

 島のシンボル、興土海水浴場には、毎年多くの皆様にご来場頂いており、日本で最多の観光客数を誇ります!

 また、臨する太平洋の海水も利用している興土水族館には、ジュゴンのエンジェラちゃんを初めとした多くの海の生き物が飼育されています!

 一日中お楽しみ頂けるリゾートアイランド──』


 ──なのに空港は無いのか。


 収録された機械音声に対して、そうツッコミたくなる気持ちを何とか抑制して、私は大人しく、船に揺られていた。

 ちまた新年気分ニューイヤームード一色の1月3日早朝。ようやく朝日が昇りきったくらいの時間帯、私は、今日の目的の島──興土島への直行便に乗っている。

 座席は新幹線や飛行機の配列と同じで、進行方向を前にして、二つ一組で整然と並べられている。

 真ん中を突っ切る廊下側に私は座り、その隣の窓側には、今日の旅のお供と言えば失礼ではあるが、パートナーであるイヌイ 寧音ネネである。

 窓にもたれかかり、その向こうにある、地平線まで続く海を眺めている彼女の背中は、いつになく小さく見える。友人の初葉ハツバ 美雪ミユキを盾のようにして隠れている時も小さいが、それ以上に小さい。

 いつもの小ささは、幼さに似たそれであるが、今はただ、(かな)しみの小ささだ。


「……海、綺麗ですね」


 (にぎ)やかしのつもりで、私は言った。こういう空気が私は嫌いだから。

 けれど彼女から帰って来た答えは、


「私はあまり……好きじゃない」


 だけ。そんなことを言われては、会話を続けようにも続け難い。この空気の中で嫌いなものに対して話させるほど、私も(にぶ)くない。

 ひょっとすると、海に対するその負の感情も、原因は興土島、或いは、その先にある、『“人造人間ヒューマノイド”管理の島』、広楽島コウラクジマにあるのかもしれない。

 であれば、それに関して話してはいけないということは、子供でも判る。

 トラウマの残る場所に近づく、しかも到達するということには、相応の覚悟と不安がつきまとう。それを増幅させる真似をすれば、

 また彼女は荒れるかもしれない。

 触らぬ神に(たた)りなし。今はそっとしておこう。

 私はそう考え、沈黙を保ったまま、残り数十分の船旅を楽しんだ。



 港に着いて最初に思ったことは、

 ──此処、本当に島なのか?──だ。


 あの晩に、自ら傷つけた手の甲の治療の為と、年始の帰省の為に、1年ぶりに訪れた白鷺シラサギ家で聞いた話では、

 興土島は、『世界最大のリゾートアイランド』をコンセプトに造られたが、ここ数年は新都市ニューシティ化が異常的速度で遂げられ、業界によっては『小日本』と呼ぶこともある程に、大体のものは揃っているそうだ。

 過ごし方次第では、一生を其処のみで終えられるらしい。

 にしても、この景色はおかしくないか?

 私の住む街の近くに港があって、幸い其処からの直行便があったので乗って来たが、帰って来たのではないかと錯覚してしまいそうなほど酷似(こくじ)している。

 高層オフィスビル、デパートビル、住宅街に街のスーパー。行楽地の隙間に、日常に必要な建物が揃っている。

 さすがは『小日本』である。


 30分後。

 港から最も近場にあるレンタカー屋で車を借りたが、寧音さんは(案の定というべきか)運転出来なかったので、この夏に免許を取ったばかりの私が運転させられる羽目になった。

 日頃走っている道ですら恐々(こわごわ)運転しているというのに。初見の道で何も起きなければいいが。

 だが私の心配は、良い意味で裏切られた。

 つい最近造られただけあって、道が易しい。

 急な曲がり角や狭い道は一切無くて、車線が3本も4本もある真っ直ぐな道ばかりで、初心者にとってはこの上なく助かる。

 これも恐らく、リゾート地の、非日常的な空間を味わってもらう為の、新たな形のもてなしの一つであろう。


 ……なのに。

 何故に私は、こんな気まずい空間に拘束されねばならぬのだ。

 隣に座る寧音さんは、一体何が気に食わないのか知らないがほとんど喋らない。

 大体にして、運転手に目的地の一つも伝えずに、『東へ行って』なんて、何処ぞの流浪人(るろうにん)気取りかと言いたくなるような人が、彼女以外にいるだろうか。

 それで以って、この興土島に関して何も話せないのが辛い。

 寧音さんはここで暮らしていた過去があるから、何も変わらなくて退屈かもしれないが、私にとってはこんな光景、そうそう見れたものではない。

 中にはスーパーだの住宅街だの、日常的なものも目に映るが、割合的には少ない。

 リゾート地と呼ぶに足るだろう。

 そんな光景を前にして口をつぐまねばならないとは。

 嗚呼(ああ)、叫びたい。

 というか、自分は意外と沈黙に弱いタイプなのだと言うことに今、気付いた。

 そんな私は、このままだと気がどうにかなりそうだったので、


「……向かう場所って、何処か大きな建物ですか?それか、目印になる建物でも?」


 と(たず)ねた。

 寧音さんは、こちらも見ずに、ただ無表情のままで、


「……覚えてない」


 と。

 ストレスゲージがグンと上がった。

 この前一緒に帰った時はこんなに無愛想(ぶあいそう)でもなかったじゃないか。

 美雪さんから離れるといつもこの調子なのか……?

 そこで運転手職の放棄も考え始めたが、

 その時、

 ふと寧音さんか声をあげた。


「あ……!」


「何です」


 苛つきも高まり、吐き捨てるように私は応える。


「“あの人たち”……!なんで……!」


 寧音さんの言葉に、私は敏感に反応した。

 “あの人たち”……?もしかして追っ手か?

 警察?或いは裏の奴ら……!?

 サイドミラーを覗く。

 一台の一般車を挟んで後ろに走っているのは、いかにもなサングラスをかけた、いかにもなスーツを(まと)いし男の運転する、いかにもな黒の外国車。

 ヤバイ香りがする……!

 怖気付(おじけづ)く私の記憶は、そんな恐怖に輪をかけるように、今までの車逃走劇カーチェイスの情報を提出してきた。

 逃げなきゃ……!

 けど、今日は私が運転するのだ……出来るのか?

 いや、出来ないといけない。やらなきゃいけないんだ。


 私はアクセルペダルを踏んだ。

 一思いに、壊れても良いくらいに。

 前の車との車間距離が、急激に縮まったのに驚いたが、なんとか立て直した。


 寧音さんの、


「えっ……どうして……!?」


 と言う言葉は、運転に注意を傾けていた私の耳に跳ね返された。


「しっかり掴まっていてくださいっ!寧音さんっ!」


 人の話には耳も貸さないくせに、自分からは命令すると言うタチの悪さ。我ながらひどいものである。

 私が速度を急激に上げ、4本ある車線を駆使して逃走を図ったところ、案の定、あの黒の車も追ってくる。

 やっぱり寧音さんが狙いか……!?いや、或いは私の可能性もあり得る。

 ()にも(かく)にも逃げねば。ここに土地勘がない以上、我武者羅がむしゃらに逃げる他に手はないが、それでも振り切ってやる。

 時速150キロ。公道を走るには速すぎる速度だが、私の中ではまだまだ遅い。

 追っ手も平気な顔で付いてくる。

 周りの車はクラクションを鳴らしまくっているが、そんなのをいちいち気にしていられない。

 目の前がどんな状況なのか、

 私たちの乗る車が通れそうな隙間はどの車とどの車の間にあるのか、

 追っ手を振り切れそうなチャンスポイントは無いか。

 視界から入ってくる情報を(もと)に、いかに行動するのが最善かを導き出しそれ通りに動く。それをしているだけで精一杯だった。

 なので、車外のクラクションも、

 隣の寧音さんの声すらも、私は全く受け付けなかった。


 そうこうしているうちに差し掛かったのは、

 “ストレート”、“アップライト”と共に、“日本三大ストリート”に数えられる一本道、“アンフォークドストリート”である。

 約3キロに渡って交差点がない公道という、まさに“分かれ道無し(アンフォークド)”な道路。

 ビル群が立ち並ぶ。

 交通事故件数が日本最少であることで有名で、公道デビューを迎える若者が近年増加しているのだとか。


 私は弱った。

 父譲りの伝家の宝刀、名付けて“急激カーブ”を使えないから。

 別の必殺技、“ドリフト車線変更”もあるが、私の技術はまだまだ使うに足らない。

 このまま走り続けて、ストリートを抜けるまで突っ走って、カーブで宝刀を使うしかないか。

 私はそう考え、この3キロを一分一秒でも早く駆け抜けるために、さらにアクセルペダルを踏み込む。

 前の車を、ハンドルを頻繁(ひんぱん)に回して次々とかわして行く。しかしここで、私はピンチに(ひん)する。

 3車線全てを使って、並走(へいそう)している車があったのだ。

 まだまだ距離があるので、ブレーキをかけるには十分な時間はある。だがブレーキはギリギリまでかけない。

 無論、追いつかれる可能性が増えるからである。

 だがこの真っ直ぐな道の中に回り道はないし、何かを使ってUターンをするいとまも無い。

 こうして考えているうちにも、彼らは距離を詰めようと走ってくる。

 だが焦ってはならない。この状況下じゃ、一瞬の誤断ミスが命取りだ。

 動じずに周囲を見回す。


「あっ」


 思わず声が出た。横を見た時だ。

 最近話題の新型外国車、『ACW』を見つけたのだ。

 ACWは実は略称で、正式名称は『A Closed Wing』と言う。直訳すると閉じられた翼。

 その名の通り、鳥が翼を閉じたようなフォルムが特徴で、後ろに突き出た横側面が目立つ。

 私はそれを見て、本能的に作戦を考えた。

 決して安全策とは言えないが、しかしやらねばならない。

 運転手の人、ごめんなさいっ。

 その車、使わせてもらいます!


「うおおぉぉっ!!」


 柄にもなく、私は吠えた。意気込んでも払拭(ふっしょく)しきれなかった不安を完全に除去する為に。

 そして私は、車を、

 そのACWを台にして、ビル群に向かって飛ばした。

 それは何も、ビル群に突っ込むなんていうやけな作戦ではなく、


「ふっ……!」


 と声を出してしまうくらいに力を込めてハンドルを切り、

 そびえ立つビルの壁を一時的に走行するという目的のためであった。


 奇跡的な確率で成功したその作戦に、内心驚き、同時に冷や汗が止まらなかったが、それでもなんとか走り続けた。

 悪意なしに行く手を阻んでいた例の3台の車を追い抜いたのを確認し、私は再び公道に飛び移る。

 それに驚き、平静を失った車はハンドリングが滅茶苦茶になり、それによって交通がぐちゃぐちゃになった。

 そのしっちゃかめっちゃかな車の群れを置き去りにして、私はストリートを駆けていく。

 心の中で、その車たちに謝りながら、それでも仕方のないことだと割り切った。

 少しスピードを緩めて、ミラーを覗く。


 愕然(がくぜん)とした。

 そのごった返し状態の車の中を華麗に切り抜け、その黒く光る車体に傷一つつけずに、私たちを追いかけてくる、黒服の男たちを見つけた時は。


 いよいよどうしようも無くなったのではないか。

 私は諦めかけた。

 この男どもは、何をしたって振り切れないのではないか、そう思ってしまった。

 だが、心の中に居た別の私が、


 ──まだ諦めるな──


 と背中を押した。

 我に返り、もう一度前を見る。

 もうすぐ、ストリートの終着点だと言うことに気づく。

 ゴールであるカーブを抜けたら、また仕切り直せるかもしれない。

 僅かな希望を見つけ、何とかそれにしがみつこうと、私は再びアクセルペダルを踏んだ。


「ねぇ……!ねぇ、杏紅キョウカちゃん、ってば……」


 私の肩を叩きながら、何か訴えかけてくる寧音ネネさんの存在を(ようや)く知った。

 が、そんなのを相手にしている余裕はなかったので、


「ごめんなさいっ、何かあるのなら手短に!」


 と、ぶっきらぼうに言い放ってしまった。

 直後に悔いてしまったが、放ってしまった言葉を回収することはできない。

 悄気しょげる寧音さんを横目に、私は運転に注意を傾ける。


 カーブも徐々に近づき始め、このまま行けば5秒もあれば到達するであろうと言う地点で、私はまた、あるものを発見する。


 緊張をしていなければ歩行人ですら気づかないかも知れない、車一台が通れるほどの裏道である。

 ここで私は考えた。

 このままカーブに向かい、“急激カーブ”で振り切れれば万事オッケーだが、この車を振り切れるという可能性は危うくなったし、だいたいそれが決まるという保証もない。

 そこから走り続けても、この車が逃げきれるとは思えないし、文字通り島をループした末に追いつかれて完結ジ・エンドの未来も見える。

 そんなギャンブルに頼るくらいなら、

 この裏道に入って、比較的不得手な車逃走劇カーチェイスから、対人戦闘コンバットに持ち込む方が善策ではないのか、と。

 刹那的な時の間に、以上のことを脳内に連ね、結果、

 私は咄嗟(とっさ)にハンドルを切り、ビルの谷間に入り込んだ。

 レンタカーにも関わらず、その車体とビルのコンクリートの壁の間に火花を散らすくらい雑な運転である。

 隣の寧音さんが気になったのは言うまでもないが、それ以上に、この事態を切り抜けることに精一杯過ぎてそれどころではなかった。


 裏道は、距離で言えば5メートル程。

 横幅こそ狭いが、決して戦闘できなくない環境である。

 その一部を使って、私は乱雑に車を停めた。

 後ろには、当たり前のようにあいつらの車が停まっている。


「……待ってて下さい。私、ってきますから」


 場合によっては、ただカッコつけただけに聞こえるその言葉。日頃は使おうなんて全く思わない言葉が、自然に口から漏れた。

 私が車から降りると、応じるように向こうも出てきた。

 男は2人、体格は悪くない。

 だが、4人乗りの車であるのに2人で来るというのは、ただの人員不足?

 それとも……私が相手なら2人がかりでも勝てると高を括っているのか……?

 その予想を見透かすように、前の2人は、緩めの構えを取った。

 そして、白い歯を見せた。


 私の闘争本能に火がついた。


「……いいわ……ホントにってやるわよ……!なるべく平和的に解決しようと思ったけど……そうもいかないみたいだからっ!」


 拳を握りしめて、全速力で、私は向かっていった。

 敵が2人であろうと関係ない。臆していては勝てない。

 先手必勝!

 まずは拳を──!


「甘いな」


 片方、すらっとした方の男が、確かにそう呟いた。

 その言葉通り、彼は私の渾身の拳を易々(やすやす)と受け止めた。それも片手で。

 私は愕然とした。

 2年前──もう年が変わったから3年前か──私はこの拳で、警察ヤツらと闘った。

 いくらお互い疲労が溜まっていたとはいえ、全力であった。そんな状態の特殊部隊員でさえ止められなかった拳を、いとも容易に……!?馬鹿力もほどほどにして欲しい。

 と、感心している暇はない。

 私は身体を(ひるがえ)し、せめて一矢報(いっしむく)いようと、その脇腹に蹴りをお見舞いした。

 これは成功したのだが……その顔を見て、驚く、というより腹が立った。

 鋭い蹴りのはずなのに、男は、顔色すら変えず、ケロっとしているのだ。

 この感触からして、こいつは明らかに“人造人間ヒューマノイド”じゃない。

 ならこれは私の実力が足りないのか……?

 或いは、『勇戦状態ブレイヴモード』とか言う機能が働いていないからだろうか。

 いや、それもあるだろうが、それ以前に、

 彼らの戦闘術が上を行っているのだ。

 その証拠に、彼らは私に攻撃を仕掛けることはなく、まるで赤ん坊の相手でもするように、私の繰り出す攻撃を受け流し続けている。

 恐らく、今の私のような、凶器を一つも持っていない人間では勝ち目がない。

 ので、私は一旦距離を取る。

 この裏道、使い方によっては“武器の宝庫”と呼べるくらいにモノがある。

 例えば。


「はっ!」


 と気合を込めて砕いたプラスチック製のゴミ箱の破片を握れば、立派なナイフになる。しかも破片は何も一つだけ出来上がる訳ではないから、何本ものナイフを準備できるわけだ。

 私はそのうちの2本を両手に持って、再び接近した。

 ナイフがあることによって、男たちの動きが若干変わった。それまでは、私の放った拳や蹴りを、全て一度体で受け止めてから流していたが、ナイフを伴う攻撃に変わってからは、回避も少し混ぜはじめた。

 だが、私の攻撃も当たり始める。

 ナイフによって切られた空気が、腹いせのように、男の涙袋を少し切り裂いた。

 それのせいで彼らも自らの身の危険を(かえり)みたのか、とうとう、

 私の身に、強烈なボディブローをかましてきた。

 重い。コンクリートブロックでもぶつけられたような感覚だ。お陰で一瞬視界がくらんだ。

 (たま)らず後退あとずさりしたが、間髪入れずに向こうからの攻撃が。

 先ほどは不意であったが、今度は避けられる拳だ。私は右に身体を反らし、それでも間一髪であったが回避した。

 ……あれ?そういえばもう片方……!?


「ごふっ……!!」


 完全に意識から離れていた、ずんぐりとした図体の中年の男。いつの間にか背後に回られていて、身体を反らしたことによってガラ空きになっていた右の胸辺りに、その全体重をぶつけられたような重さの蹴りを喰らわされた。

 拍子(ひょうし)に吐血してしまった私の脚は力を失い、倒れかかるようにして壁にもたれた。

 大きいのを2発食らわされてしまった。

 ヤバい……視界に奴らを捉えてるのに……頭じゃ『動け』、『立て』って念じてるのに……身体が言うことを聞かない。

 奴らは一歩も動かずにこちらをじっと見下している。

 その黒いレンズの向こうの目を想像すると、だんだんむかぱらが沸々(ふつふつ)と湧いてきて、自分の物じゃないみたいに動かせなかった脚に、力が込められるようになった。

 立つのが精一杯ではあるが。

 額からツラツラと血液が流れているのを、顔の皮膚で感じ取りながら、フラフラと立ち上がり、私は彼らを睨む。


「……渡さない……!」


 と、口だけは達者である。

 しかし、応えるように細身の方が言った。


「渡してもらわないと困るんだ……でねぇと“ジュンの兄貴”と“ナデシコの姉貴”に何を言われるか……」


 気になる名前が2つ。だがその単語の末尾についた呼称が、ウラの組織の匂いをぷんぷんさせている。

 ますます手放してたまるかと言う気持ちが強まる。

 十分に回復も出来たところで、私は、


「あんたらの事情なんて……知ったことじゃないんだからぁっ!」


 と吠えながら、性懲(しょうこ)りも無く、拳と共に駆けて行く。後から考えてみれば、勝算が全く無い間抜けな行為だが、無我夢中になった私はそれすらも正しいと感じていた。

 多分戦闘に自信がある、細身の方が応戦しようと前に出たので、私はそいつに向かって、拳をふりかざそうとした。

 その時だった。



「いい加減止めろや、てめェらァ!!」



 私たち両者の動きがピタリと止まった。

 その声の主は、あの小さな少女、

 イヌイ 寧音ネネだった。


「さっきから話聞けって言ってんのによォ……勝手に白熱させやがって……てめェらの耳はタコ詰まってんのか、あぁ!?」


 間違いない、あの夜と同じだ。

 もしかして、彼女の本性……!?

 と、驚きと疑いが混じった状態で停止していると、耳のそばで、確かに男が呟いた。


「ユユ……!」


 と──。

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