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“人造人間”の迷惑  作者: 彩葉 軀
第2部
10/69

第9章 親父

「──出てこい、ゴラァ!!」


「オレらの取引邪魔しやがって…!承知しねぇぞ!!」


「安心しろ!半殺しにしてやる!出て来やがれ!!」


 怒声の響く倉庫内。

 ナワバリに勝手に侵入され、荒れる暴力団ケモノの皆さん。

 不法侵入だの何だの叫んでいるが、是非その人たちには、自分たちのしていることをもう一度見直してほしいところだ。

 そんな倉庫に──。


「んっ!?……テメェらかァ!この騒ぎはよォ!!」


 と倉庫入口の方を見て誰かが叫んでいる。


「チッ……また面倒なことに……」


 聞き覚えのある声。荷物に背を(ゆだ)ね隠れているから振り返ってその声の主を見ることはできないが、この声は……間違いない、

 正の声だ。

 足音から察知出来るのは、それ以外の警察官たちもいるということ。


警察サツか!テメェらァ!!」


警察サツがそんな派手な登場とは、なかなかやるじゃぁねぇか!あぁ!?」


「オレらを逮捕しようったって、その人数じゃ厳しいんじゃねぇのか?」


「いまここにいるのはよォ、“青王セイオウ組”と“赤帝セキテイ組”の両組の幹部を含めた27人だ!!対してテメェらは見た所数えられるくらいしかいねぇじゃねぇか!!」


「そんなんで逮捕できると思ってんのかァ〜!?」


 相手を圧倒しようと、まずは言葉で威圧する暴力団ケモノ

 だがそんなものは警察には通用しない。


「ああ……もちろんお前らも放っておくことは出来ないんだが……今は生憎(あいにく)別件があってな。 お前らの相手はしてらんねぇ」


 どうでもいい。

 口調だけでも、正はそんなことを考えていると察知出来る。

 だがそれが暴力団ケモノたちをさらに刺激した。


「おっ、オメェらァ!!こいつらまとめて、っちまいやがれェ!!」


『おおおおっ!!!』


 暴力団ケモノ側の足音が一気に動いた。

 もはや遠吠えに近い雄叫びをあげながら、彼らは警察に全面戦争を持ちかける。


「ったく……。高貴、頼んでいいか?」


「えっ!?ちょっ、何でなんですか!オレにはもう一つのターゲットに一発入れるっていう、大事な任務が……」


「それはあとでも大丈夫だ。今はこっちを相手しろ」


「……へ〜い」


 渋々、高貴はそれを承諾した。



 そこまでの一部始終を、私と父さんは息を潜めながら聞いていた。

 そして今、私たちは、これが好機チャンスだと悟った。

 父さんは私を見て一度だけ(うなず)いた。

 声は出せない。誰が聞いているかわからないから。

 私も首を縦に振って応えた。

 それを確認すると父さんは、四つん這いで前方に進んでいく。私も同じ姿勢でそれについていく。


 並べられる荷物の向こうでは、激しい戦いの音が聞こえる。完全に私たちからは注意が離れている。

 だがその時、私はまた異変を察知した。

 父さんは気づいていない。


 その戦闘音が、もう(すで)に止み始めているということに。


 これはどちらが押されているのだ……?どちらが、もう敗北寸前なのだ……!?


 私は思わず進むのをやめ、こっそり戦闘経過を見た。

 そして、その答えはわざわざ確認するまでもなかったことだったのだと知った。


 完全に、警察がこの場を掌握(しょうあく)していた。

 しかもよく見れば、暴力団の方はもう数人程しか立っている人はいない。その中でも何人かはフラフラだし、彼はまだ入りたての下っ端だろうって人もいる。

 これは暴力団の戦闘能力が低いだけ?

 そうかも知れないが、しかし今はそれだけではない。


 明らかに、警察が強過ぎる。


 しかもよく考えたら、これはまだ第一部隊だ。この先応援要請なんてされたらそれこそ一巻の終わり。もしかしたら『SHATシャット』の隊員が、また一人、また一人と増えて行くかもしれない。

 ヤバさが改めて解る。

 尋常じゃない。


 だからこそ私は急ぐことなく、どちらかというと音を消して進むことだけを意識した。華奢(きゃしゃ)な私の身体なら十分通れそうなスペースは確保されている。

 だがそれはあくまで通常運転の私。

 今みたいに、怪我はしてるし、緊張もしてるし、恐れてる、そんな不安定な私は、何に触れてしまうかわからない。

 四つん()い。

 動きが少なく、最も体力の消費も低いであろう体勢だというのに、

 神経が、その体力を削る。

 身体の芯から皮膚の細胞の一つまで認識して、

 今の私の身体の輪郭を全て把握しきっていた。


 外へ出られる裏口まで、わずか数メートル。

 対してこちらは分速1、2メートル程度だ。

 気が遠くなってしまう。

 だが裏口を開けても問題は待っている。

 警察があの赤の車が突き破った入り口から差し込む光を、荷物で遮った。

 どうせ後で持って行かなければならないモノだ。それまでの間を有効活用するのは実に理にかなっている。

 これで紛らわしい光はほぼ無くなった。

 だから次に別の場所で光が現れたら、

 そこに私たちがいるという証拠。

 そんな状況で、どう扉を開けばいい……?


 と、思っていたけれど、神はそこまで無慈悲(むじひ)でもないようだ。


 気がつくと、もう夜だった。


 倉庫内は完全に暗闇。私たちは、もう目が慣れていたけど、まだ警察たちはそうでないようで、


「仕方ない、懐中電灯エレクトリックトーチを点けろ!」


 と正が叫ぶ。

 そして、辺りを無造作に照らし始めた。

 “下手な鉄砲も数打ちゃ当たる”。そんな精神なんだろう。捜す相手が決まっている状態なら、こちらの方が効率的なのかも知れない。

 けれど彼らもやはり人間。何も考えないであちこち照らしているつもりなのかも知れないが、それでもパターンがあった。

 私たちに一番近い男は、8の字を横にした形、“無限大”の記号を描くようにグルングルンと照らしている。そのスピードも決して猶予がないわけではないので、むしろ私たちにはチャンスが回って来た。

 一歩一歩、確実に進む。彼らのライトが一瞬無くなるタイミングを狙えば、遅くないペースで進める。

 あと数回。

 あと数回それを繰り返せば、ドアに辿り着く──。


 そんな時、


 私は、ある一歩を踏み出した時に、


 私自身の血で、

 左脚を滑らせてしまった。


 そして──。


 カン──!


 不幸にも、そばにあったのは鉄パイプ。それに、私の左足のつま先は当たってしまった。


「そこだな!?」


 一人の警官が声を発した。

 同時に彼らの懐中電灯エレクトリックトーチも私たちの方に向く。まるでスポットライトを当てられたみたいに。


「チッ、バレたか……!早く逃げるぞ、希良梨!!」


 そう言って父さんは立ち上がり、駆け出した。


「うんっ!ゴメン、父さん!」


 私は思わず謝ってしまった。


「ああ、仕方ないことだ。とにかく今は逃げることだけ考えよう……!」


「……わかった!」


 私も慌てて立ち上がり、父さんが開いてくれたドアに向かう。

 背後から警官たちが逃がすまいと追って来る。

 父さんはそれに対し、今まで壁として利用されていた荷物の山を蹴り崩した。

 それの巻き起こした埃が彼らの邪魔をして、コンマ数秒の猶予(ゆうよ)をもたらした。


「こっちだ……!」


 倉庫を出て、父さんはまず街の方を指差し走った。

 街に行けば、うまくことが進めば行方をくらますことができる。もしそれが出来なくてもあえて街を走ることで、一般市民を巻き込んで、警察を思い通りに動かさせないという狙いだろう。


 しかし奴らは、やはり甘くない。

 いつもひすむ私たちの予想を超えて来る。


 私が駆け出さんとした一歩目の足を、

 誰かに掴まれた。


 高貴だ。


「ちょっ、離して……!」


 私は脚で彼の胸なり脇腹なりを蹴ってみるけど、やはり威力はなかった。


「離してやるよ……中でなァ!」


 そう言うと彼は、勢い良く私の身を倉庫内に引き戻した。


「キャアッ!」


 私は叫んだ。別の警官に取り押さえられながらも。


「希良梨っ!」


 父さんは再び倉庫内に引き返す。


「おい、お前ら!その女を絶対に離すなよ!このチャンスを逃すな!!」


 正の命令に「はっ」と短い言葉を返す警官たち。


 父さんがその警官たちの手を私から離そうとしに向かって来るが、

 また高貴が立ちはだかるのである。


「第二ラウンド……といこうじゃないですか、川上カワカミ 頼斗ライトさん?」


うるさい!どきやがれ!!」


 言いながら、父さんは拳を叩き込んだ。

 が、やはりその強固な肉体には敵わなかった。


「『どけ』って言われてどくほど、オレ優しくないんですよねぇ……」


 そう言った途端、高貴の目つきが完全に変わった。


「どいて欲しいのはこっちの方だ!!」


 彼は、そばにあった鉄パイプ──それは先刻、私たちの居場所を彼らに知らせたモノ──を握り、父さんのこめかみに向かって振りかざした。


「グゥッ……!!」


「父さんっ!!」


 私は叫んだ。それは『一人の人間』が殴られているから、という理由よりも、

『父さん』が殴られているから、という理由の方が強かった。

 殴られた箇所(かしょ)からは血がダラダラと流れる。

 それは滝の如く延々(えんえん)と流れ出て、その痛みを表していた。


「グダグダ、ウジウジ……執拗しつこい奴だ、全く……!往生際の悪い男はモテねぇっすよ?」


 本性と仮面。その2つの間、と言ったところの高貴。


「それは……ハァ……お互い様……だろ……?」


「……!調子に乗るなァ!!」


 高貴の鉄パイプの制裁が下る。

 流れる血はますます増え、その事態の異様さを物語る。


「……まあまあ、それくらいにしておけ。もう標的ターゲットの確保は出来た」


 高貴の後ろから、正がトンと肩に手を置いた。


「けど……!」


「いいからいいから。それ貸せ」


 高貴の反発に、正は笑顔を向けるだけ。

 しかし目が笑っていない。

 その笑顔に、不吉な予感がしたのは、この場の中で私だけではなかったはずだ。


 そして、そう言う当たって欲しくない予感に限って恐ろしいほど的中する、というのは相場で決まっている。


 正は「貸せ」と命じた鉄パイプを受け取ると、一歩一歩、父さんに近づきながら話すのであった。


「センパイ……もう諦めてくださいよ……。ここで諦めてくれたら検挙もしないし、この数時間の間で起こったトラブルも全てこちらで処理しますから。

 あっ何なら『センパイは亡くなった』と言うことにしておきましょうか。そうすれば、“国民名簿ソーシャルリスト”に真の名前がない今から、残りの余生を謳歌(おうか)出来ますよ」


 不気味。

 正の表情、口調、話す内容。全てを総合して出した感想がコレだ。

 その様はどこか、先刻の自信に満ち満ちた高貴に似ていた。


 そんな彼を前にしても、父さんは持ち前のネバーギブアップ精神を一切失わなかった。


「ハハハ……ったく……。お前はそんな無茶なお願いばっかする奴だったか……?ハァ……」


「……何だと?」


「……この世のどこによ……!……大事な……ハァ……ハァ……“娘”の行く末を見守らずに……自分の人生謳歌するような、ハァ……バカな“親父”がいるって言うんだ……!?

 ……お前らには、絶対に…………希良梨はやらねぇ……!!」


「父さん……!」


 彼の固い覚悟に、自然と声が漏れた。

 私もこうしてはいられない。何とかして、の警察の手を離れて、

 今度は、私が彼を助けてあげなきゃ……!


「……さっき高貴も言ってましたけど……聞こえていなかったみたいだから改めて言いますね……!」


 正は、ちょうどそのつま先が下を向く父さんの目線に入る位置までゆっくりと近づき、


 大きく振りかぶった鉄パイプを──



「……図に乗るなっつってんだろうがァ!!」



 ──ブン、と音がなるくらい勢い良く振り下ろした。


「がはっ……!!」


「父さんっ!!」


 今度はヤバイ。冗談抜きで脳震盪のうしんとうくらいなら起こしかねない状態だ。

 周囲を見渡すと、いよいよ仲間の警察官たちも若干引き始めている。能面みたいな無表情を貫いていた彼らにも恐れの感情を(あらわ)にさせてしまうほど、狂気的クレイジーなことをしているのだ。


「黙って聞いてたら調子づいたこと言いやがって…!お前に謳歌するとかしないとか決める権利はえんだよ!

 何が“親父”だ、何が大事な“娘”だ!それはお前らの中だけの話だろ!義理、ってやつだろ!こっちの事情には関係のねえことだ、そんなもんを理由にペチャクチャ喋るな!!」


 後頭部、左頬、右のあばらに、両脇腹。次々と父さんの身体を傷つける正。

 罵声を浴びせながらのその所業……恐らくこいつは、

 天性の暴力主義者サディスト……!


「だいたいなぁ……こいつら“人造人間ヒューマノイド”には生物的に“親”なんてもんは存在しねーんだよ!!知ってんだろ!?

 愛とか母性とか信頼とか、そんな甘い言葉をまとめて“親”なんて単語に集約させんじゃねぇよ!!

 血の繋がりがあって初めて“親”だ!お前にはそんな“人間”は1人としていねぇ!

 居るのは!“機械マシーン”だ!!

 こいつらは、人口増加のために、そしていずれは、我が国の軍力となるために生まれた、

 ただの!!

 “機械マシーン”なんだよ!!」


 顔面への集中攻撃。腹部へのアッパーからの、トドメの後頭部への振り下ろし。

 膝で立っていた父さんの身体も、ついに地面に叩きつけられた。

 私はもう見ていられなかった。目を開けていられなかった。

 そんな自分が、情けなくて、哀しくて、イライラした。


瓦田カワラダさん……もうその辺で……」


 警官の一人がとうとう口を開いた。

 そうだった、彼の名字は瓦田。そして彼の父は、瓦田カワラダ タケシ

 父さんの話を聞く限り、毅はあんなことを言う人間じゃないし、ましてやそれを息子に教えるなんてことはないだろうし、あってたまるか。


「うるっせえなぁ……!オレの勝手にさせろ。……コイツはオレを『裏切った』奴なんだ。……復讐にはちょうどいい機会なんだよ」


『裏切った』……!?父さんが……?

 一体、何を……?


 私の脳内での質問に答えるように、正はブツブツと話し始めた。


「オレは……あのクソ親父が気に入らなかった。いい歳こいてまだあんなちゃっちい街の巡査やってニコニコしやがって……しかも“差別はダメだ”とかふざけたことを毎回ほざきやがる……!

 それがオレの意に反したんだよ……!差別はしちゃダメだっつーんなら、その瞬間から社長とか部長とかそういうもんも無くさなきゃいけねーじゃねーか……!

 差別はあるから良いんだ!あるから世の中はバランスが成り立ってる!

 たかが巡査がそんな偉そうなこと言ってんじゃねぇよ、言うならもっと偉くなりやがれ。

 そう思ってオレは家を出て、不良ワルになって……そしたらこの男に出会った」


 倒れる父さんの身体をパイプで小突く正。


「元は不良ワルだったって言うから、この人となら一緒に仕事出来るって、そう確信したから警官になった。

 なのにこいつは!オレの期待を『裏切り』!

 あのクソ親父と全く同じことを言いやがる!

 それもそうだろうなァ、何せお前は、その瓦田 毅の教え子なんだから!!あの意志を受け継いで、“人造人間ヒューマノイド”を必死こいて守る、ただのバカなんだから!!」


 私は何故か、拳を握っていた。

 今まで一度も、そこまで握ったことはなかった。あと数分このままだったら、血が出てきそうだ。

 冷静な私の裏で、怒りの沸点到達寸前の私がいる、それだけのことだ。


「……まあコイツはもう、数時間は起き上がらんだろう……。けど、それじゃあオレの復讐は終わらねえ……」


 流れ出る血の量と、息の粗さを見て、正はそう言った。


「軽く一発……後頭部にぶち込んで、トドメを刺してから、行くことにしよう…」


 ガバァ、と、鉄パイプを持つ右手を振りかぶり、大きく白い歯を見せながら、彼は笑った。


「……じゃあな、センパイ!アンタの“娘”は、この瓦田 正が大切に、管理してやるよォ!!!」




「……そっちこそ、調子乗って油断しすぎなんじゃねぇか……?」




「あ……!?」


 父さんの、(つぶや)く程度の声に過敏に反応する正。


 その正の右足首が突然、


 何かに撃ち抜かれた。



「何っ……!?」


 そのおかげで彼はバランスを崩し、その場に後ろ向きに倒れた。


「お前……オレが拳銃奪い取ったの忘れてたろ。しかも運良く、静音装置サプレッサーの付いた拳銃を借りられた……!

 きっとそいつは何か別の特殊隊員だったんだろうな……ハァ……」


「くっ……」


 撃たれた部位を手で抑えながら父さんを睨む正。


「まだまだ……トレーニングが……足りねぇな、正。……どうせ……偉そうな顔して立ってるだけで、ほとんど……何もしてねーんだろ……ハァ…」


 言いながら、血まみれの父さんはゆっくりと立ち上がった。トレーニングどうので立ち上がれるような量じゃない。

 昔の経験と、その気合いだけで彼は立っている。

 その鬼気すら帯びる様に、警官全員、(おく)してしまい、次の行動に移ることができなかった。


「どうした……?向かって来ねえのか……?」


 こうしてわかった。

 父さんの流す血は、受けたダメージを明確にするためだけのものじゃない。ただツラツラと身体を流れるだけのものでもない。


 相手を威嚇(いかく)するためのものでもあると。


「さあて……そこのお前」


 ギロリと鋭い視線が捉えたのは、私の身体を掴んで離さなかった一人の警官。


「……オレの“娘”から……手ェ……離してくれるか……?」


「ひっ……!」


 弱くて格好悪い声だけあげて、私から手を離した男。


「おい、お前……!手を離すなと……言ったはずだぞ……?」


 しかし、ボスからの威圧も凄い。だが男は父さんの覇気に太刀打ち出来ない。

 それを見た別の勇気ある警官が、父さん及び私のもとに震える拳も放って来る。


「……フッ……!もう……せぇよ……!!」


 その男に向かって、キレのかかった蹴りを一発入れる父さん。その蹴りは、平常時のそれと遜色ない、威力の高いそれだった。

 金属製のいかにも重そうな箱に打ち付けられた警官を見て、さらに恐れおののく警官たち。


「父さん……傷は……痛まないの……?」


 私は心配のあまり訊いてしまった。

 だが、私の肩に手を置いた父さんは笑って答えた。


「こんなくらい……昔に比べりゃなんてことはねぇさ……。

 それに……年食ったからかなぁ…………力出した時の痛みが……大してねぇ。

 おかげで……全力出せるぜ……!!」


 もはや猟奇的にすら見える、真っ赤な顔が見せる笑みに、いよいよ後ずさりを始めた警官たち。


「さぁ……!逃げるぞ……キラ──」




 ──ピュン──!




 荷物の山の上から見える夜空に、

 眩い光が発せられたと同時に、


 何かの音が。


 私は、ただその光の源だけしか見ていなかった。

 その視界に、“赤”が飛び散った。

 その光が、その“赤”に、白みを帯びさせていた。


 しかしそれが(まばゆ)くて、思わず横に視界を逸らした。

 そこにあった光景に、私は瞬時、

 何も感情を抱けなかった。


 父さんが、


 左胸を、


 夜空から撃ち放たれた何かに、



 貫かれていた──。




 “赤”が、私の顔に塗られる。

 “赤”は、私が見ていた、

 父さんが倒れていく姿を、邪魔した。


 この時あった感覚は、視覚だけ。

 聴覚も嗅覚も触覚も、残されていなかった。

 それくらい、事態の衝撃が私を支配していた。


 父さんが、その場に倒れるまでの僅か1秒程度。

 その時間が、奇妙なくらい、長く感じた。



「おい、応援部隊の“暗殺アサシンヘリ”だ!」


 警官の誰かが、夜空の光を指差して吠えた。

 私の聴覚は、それによって復活した。


 ──“暗殺アサシンヘリ”。

 羽音を一切立てることなく飛行が可能な、遠距離狙撃用ヘリコプター。

 2041年にアメリカで開発され、改良に改良を重ねた結果、1キロメートル先から、いわゆる『蟻の眉間を撃ち抜ける』程の精度の緻密(ちみつ)な狙撃が可能になった──。


「誰が呼んだんだ!?」


「誰の分隊だ!?」


「とにかく助かった……!」


 いろんな声が聞こえる。私は、声のする方を追いかける癖があったのだが、今は全くそんなのは気にならない。


 私が注意を向けるのは、

 倒れる父さん──。


「……父……さん……?」


 驚きがようやく落ち着き、集中して父さんの身体を一瞥する。


 ──あれ……?

 呼吸…………して…な……い……?


「ねぇ……父さん……!!」



「オレが呼んだ」


 向こうで、高貴が何か言っている。


「呼んだのは林道リンドウ分隊。『SHATシャット』からは秋柊シュウを派遣した。……あいつの射撃精度は尋常じゃねぇ。……オレは別に何もしてなかったわけじゃねえんだ」


 高貴たちが何を言おうと、私には右から左。



「父さん……!起きてよ……!」


 もう答えは知っていた。けれど、認めたくなかった。



 父さんは、死んでいる──。



 許さない…………!

 許さない、許さない許さない……!

 許さない許さない許さない許さない許さない!!




 許さない……!殺して……やる……!!

 ここにいるやつら、


 一人残らず……!!!!



「ウァァァァァア!!!」



 私の声は、夜の海に轟いた──。

希良梨がとうとう、

狂い始めたーーー!

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