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それからしばらく、彼女は法院へ姿を見せなくなった。それをシアや法院の者達は不思議に思いながらも、それまでのように彼等の夜は過ぎていた。
「セイレン様、どうされたのでしょう。体調を崩されたのかしら」
「確かに、気掛かりではある。ヒスイ、近い内に城を訪ねてくれ」
「御自分で、お訪ね下さいませ」
丁寧にそう言って、苛立ちながら出て行ったヒスイだったが、また直ぐにその場に戻り、彼の殴り書きの書物を鞄に詰めた後、シアイを小突くように見て帰って行った。扉の閉まる音が響いた後、彼はいつも通りに数冊の書物を手に取り、奥の部屋へ入ろうとした。その時不意に振り返り、誰も居ない部屋を見た彼は、窓から差し込む月明かりのその先を見た。
「どうして私が、行かなければならないのです」
雪の降り積もる町中を、書物の重みを感じながら歩きそう呟いたヒスイの心持ちは、また穏やかではなかった。その穏やかでないことにも苛立ちを感じていたその時、彼女は思いついた。しかし、その思いつきと共に聞こえた色に、耳を閉ざすように書物を取り出した。
「シア様、やはり私が城へ伺いますね。お手間を止めさせるのも、良いことではないので」
「いや、構わぬ。お前の言った通りだ。いつも彼女は我に会うために、此処へ来ていた。それに、我も応えよう。お前が纏めよう書物も、届ける頃合いだ。苦労を掛けさせてすまない。感謝している」
彼女に対してシアが返した答えに、ヒスイは前日に正解を勧めた自分を、心底で声を殺して罵倒していた。そんな彼女はただ、「分かりました」と言った。微笑みながら自分を労う彼の言葉に、嘘や偽りが無いことを知っている彼女は、纏めた書物を破り捨てようかと纏めることなど出来ないと言ってしまおうかと、嘘や偽る事柄ばかりに思いを巡らせる自分を、ただただ恥じていた。