31
「良い知らせだ!先日会った樹の国から、お前との婚姻を結びたいとのことだ。実に喜ばしい!」
「何を言っているのお父様!私にはシア様が居ます。彼以外と結ばれるならば、死を選び全てを失った方がより良い。絶対に私は嫌よ」
「お前がどう言おうと、どう思おうと何も変わらぬ。あの化け物よりも、
遥かにあの騎士の方が紳士だ。今後、樹の国との連携を深める為にも、お前には受け入れてもらう。感謝しろ。相手が騎士だということにな」
白王が笑いながら部屋から出ていくと、セイレンは泣きすがる場所を探して辺りを見渡した。しかし従者には何も出来ず、彼女は部屋を出て母のリアリに詰め寄った。
「どうにかしてお母様。私は、私は絶対に嫌なの。どうかお願い」
「どうにも出来ないわ。しっかりしなさい。貴女は、王女なのよ。私の後は、貴女が女王になるの。あの男にも、王という権力がある。そして樹国の出。自国を引き入れ、始めに必ず力のある法院を潰しに掛かるでしょう。シア様の事で、幾らでも文句を言える。しっかりしなさい。貴女にしか、守れないものもあるのよ。あの騎士も、良い男だったじゃない」
「おかしいわ。私には、そんな力は無い。こんなの変よ。私は絶対に受け入れません」
「好きにしなさい。もう恐らく、結果は変わらないわ」
リアリが話し終わるのも待たずに、セイレンはまた部屋を飛び出した。そして上着を羽織ると、その足で法院へ向かった。
「シア様は!?何処に居られますか!お願い、今直ぐにお会いしたいの」
慌ただしい雰囲気に、日頃とは違うセイレンの様子に、作業をしていた魔法使い達は顔を見合わせた。そして騒ぎに気付いたヒスイが出てくると、セイレンは彼女に駆け寄った。
「ヒスイ様、彼は何処?お願い直ぐに会わせて」
「シア様はまだ就寝なさっています。陽が落ちるまで、お待ち居ただけませんか」
「お願い。今直ぐに会わせて。貴女が邪魔をするなら、勝手に探します」
「邪魔など…、分かりました」
ヒスイは魔法使い達に窓を覆うように指示すると、シアを起こしに上階へ上がって行った。広間には明かりが灯り、急に夜が訪れた。そこへ寝ぼけながらシアが現れると、セイレンは直ぐに駆け寄った。
「どうしたセイ。つい先程まで時を共にしていたのに。もう会いに…」
「シア様、お父様は私を隣国の者と結ばせるつもりです。いえ、もう結ばされた様なもの。直ぐにお相手が、来るはず。私をさらって下さい。
私と二人で何処かへ行って、死が別つまで二人きりで。私は貴方が居ればそれで良い。王女である以上、私は愛してもいない者と結ばされてしまう。どうかお願い、私と二人で遠くへ逃げて。セイの願いを、叶えて下さい」
涙を枯らしながらすがるセイレンの言葉にシアの目は覚め、少し考えを巡らせた。そして周りに居る魔法使い達の視線に気付き、別室へセイレンを促そうにも彼女は「今直ぐに」と、縋るばかりでその場を動かなかった。それ等を後ろから聞き、そして見ていたヒスイの瞳には、怒りで満たされシアの返答次第ではその怒りに身を奪われるであろう状況だった。
「セイ、その願いは叶えられない」
「どうして?」
「我は、この法院の頂だ。魔法の源で在り、礎で在り率いている。魔法使いは多々居るが、我は自分がそれ等とは異質な事も理解している。此処に居る者達に、まだまだ伝える事も多々ある。それに現状、白王は不安定だ。大きな力の一つとして、我は彼も支えたい」
「私だけを。私だけの為には、全てを捨てれないということですか。私は貴方の為に、全てを放棄する覚悟で居たのに。貴方の覚悟は、それ程にも無いと。あの誓は、その程度の物だったのですね」
「待て」と引き留めるシアを振り払い、セイレンは法院から出て行ってしまった。呆然と立ち尽くすシアだったが、疲労と眠気に起こされるように魔法使い達へ作業に戻る指示を出すと、自室へ戻って行った。その頃城では、セイレンの部屋を従者が整えていると、そこへ白王が入ってきた。
「隅々まで整えよ。近日来客があるやも知れんからな。何だ、この花は」
シアが渡した花を見つけた彼は、鼻で笑いそれを窓の外へ捨てると、花は風に飛ばされ森の茂みへ埋もれて行った。城に戻ったセイレンは、従者や白王に魔法使い等を無視して部屋へ入り、着替えもしないままに眠ってしまった。陽が落ちた頃、シアは言葉の整理も気持ちの整理も落ち付かないまま、セイレンに会おうと狭間に入った。しかし花を頼りに彼が出た場所は、彼女の傍ではなかった。雪の冷たさに驚きながら辺りを見渡すと、そこは城から少し離れた茂みの中だった。シアは雪を蹴り飛ばした後、セイレンが居るであろう部屋の窓を少し眺めて、花を握り締め帰って行った。