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シアが話を始めるとヒスイは片手程の書物を開いて、それへ彼の話を記していった。和かに話すシアの話は、とても笑って話せるようなものではなかった。聞きながら想像するヒスイは、想像すればする程に恐れを感じたが、それを笑って話すシアの表情が、掻き消していった。そして話し終わると、彼は懐から花を取り出した。
「どうしようにも、お前もあの魔法を試す事になるのだろう。その前に一つだけ、思い当たるようにしておけ。自分を肯定する、大事な人を。我はそれを強く思う事で、この花へ辿り着いた。この色の音が、我を導いてくれた。恐らく我とお前とでは、聴こえる色が違う。だから試す前に、思うようにしろ」
ヒスイはそれを記すと書物を閉じて「はい」と、一言だけ微笑みを添えて答えた。シアは話し終わると、自室へ戻り眠りについた。彼が居なくなった後、ヒスイは殴り書かれた物を手に取ると、一枚ずつ丁寧に目を通した。そして読み終えると、それをまた『夜』へ書き足していった。
「シア様は、本当に現れるのかしら」
約束の夜、自室で小さな蝋燭に明かりを灯して散りばめ、部屋に飾った彼の花をセイレンは見つめていた。そして今か今かと待ち望む今を待ちながら蝋燭へ火を足していると、花の方から何かが降り立つ様な足音が聞こえた彼女がその方を見ると、そこにはシアが現れていた。セイレンが彼へ駆け寄り抱き着くと、シアは彼女を抱き締めた。いつものような寒空の下でもなく、陽の光を気にして影で覆うことも無い。言葉は無くただ触れ合い口づけ二人は二人の初めての時を、その晩に過ごした。
「もう朝を迎えようと陽が見える。我はここには居られない」
「もう朝?まだ朝は遠いところ。ほら、こうすればここは私たちだけの夜」
「分かった。セイが望むなら叶えよう。ここを我らだけの夜として、朝など近付けぬ場所にしよう」
戯れる二人の時に、従者の声と陽の光が二人の夜をこじ開けた。慌てて二人は衣類を纏い、セイレンは朝に応えるように返事を返し、シアは影に追いやられるように部屋の隅へ後ずさった。部屋の夜が過ぎ去るように、彼はセイレンへ手を振り影と共に裂かれた空間へ消えて行った。彼女はシアが見えなくなるまで見送り手を振り続けた後、部屋の扉を開けた。
そしてその日、セイレンが窓際で陽の光にうたた寝ていると、白王が部屋を訪れた。何処と無く荒々しく開かれた扉に、セイレンは驚いて目を覚ました。