13
「何故、寂しさは生まれるの。どうして、私を包もうとするの。寂しさなど、願うことは無いのに。寂しさは虚しさを呼び込もうと、私を空にしてしまう。戯れれば虚しさを。戯れなければ苦しみが。眠りさえ掻き消す寂しさは、降り積もる雪よりも、私を凍てつかせる」
彼が駆けていく様子を、遠い場所で背を向けるように、セイレンは自室の窓を布で覆っていた。その隙間から差し込もうとする月明かりから逃れるよう、彼女は夜を閉ざす様に毛布に包まり顔を伏せ、窓から聞こえる物音の手を取らないよう胸に手を重ねながら。
「それでは今宵より、『夜』を現していく。先ず影を、より影にする。
我と我の影との大きな違いは、実体が在るか無いかだ」
真っ暗闇の部屋の中で、明かりを持つヒスイを含めた数人の魔法使いに囲まれながら、それ等に背を向けたシアは細い針を取り出した。自らの影と向かい合う彼は、指先にそっと針を刺し、囁きながら影へ血を垂らした。そして指先の血を掌で擦り合わせると、影を摑むように手を掛けた。
壁から引き剥がされた影は、泥の様にシアへ覆い被さった。それに押し倒された彼は、呻きながらも立ち上がったが、また直ぐに倒れ込んだ。もがき苦しむように口元の影を剥がし呼吸をするも、また覆われてしまう。そしてついに彼の意識が途絶えそうになると、影の動きも鈍くなり床に染み込むように少しづつ元通りへ戻っていった。直ぐに部屋の明かりをつけると、魔法使い達はシアへ駆け寄った。気を失った彼は、そのまま朦朧とした意識の状態が続き、二日後にようやく目を覚ました。
「…誰か、居るか?」
「ああシア様!良かった!直ぐにヒスイ様と医師を」
「…いいや、それよりも、筆と描ける物を頼む」
ヒスイ等が訪れると彼が何かを記した布が床に落ちており、またシアは眠っていた。それには、あの魔法を使った時の状況と自らの身体の現状に状態、そして最後に自分が起きるまであの魔法を禁じると、記してあった。それを見たヒスイは、医師にその布を渡し、思い詰めるようにその場に座り込んだ。彼の危惧することは当たり、あの翌夜彼の使用した魔法を試みた二人の魔法使いが、自らの影に捻り潰されるように散り散りになり、亡くなっていた。ヒスイが『夜』への研究がこれからどうなるのだろうかと考えていると、布を見た医師が声を掛けた。
「この布に記されている事柄と容態から考えますと、恐らくこの方には血が足りていない」




