10
彼を見つけて少し驚いたヒスイだったが、寝床へ促そうと側へ歩み寄ろうとした。しかしその時彼女の目は、部屋の奥で射し込む陽の光を見ると、それへ気を止めた。射し込む陽を見つめたヒスイは、彼へ伸ばそうとした手も、彼へ歩み寄ろうとした脚も、静かにそっと引き下げると俯くようにその場を後にした。その夜、もう夜も更け明かすような頃にシアは目を覚ました。起き上がる彼に合わせるように、倒れ落ち押し退けられる書物を眺めた彼は、ただ黙々とそれらを棚へ戻す作業をした。薄暗い階段を降り、広間の窓を締め切ると明かりと暖炉へ火を灯した。そしてただ何も考えず、暖炉の側で身体を温めた。冷えていた彼の身体に、じわりじわりと滲み染み込むように温もりは伝って行った。しばらくして、うたた寝むるようなシアと辺りを温める暖炉の間に、何かが遮るような感覚に覆われた。
「ああ、申し訳ありません。起こして、しまいましたか」
それは朝になり法院へ赴き、彼へ毛布を掛けたヒスイだった。「ああ、構わない」と、ゆらりと項垂れながらシアは応えた。彼女がその場から動き、彼にまた暖炉の火が届くと、その時だった。項垂れながらシアは、何かに気付いたように顔を上げた。行こうとするヒスイの腕を掴み、目の前に引き戻すと、それに驚いた彼女に気を止めることなく今度は横へ押し退けた。
「…そうか。そうではないか!何故我は今の今まで、こんな事に気付かなかったのだ。ヒスイ、ああヒスイ。良うやったぞ!」
引かれ退かされ、そう言い放たれ、彼とのその距離に戸惑うヒスイを置き去りに、シアはまた書物を読み漁った。棚から棚へまた棚へと、法院にあるであろう書物という書物を手に取り、目を通した。しかし、彼の求めるような事柄を記したものを、見つける事は出来なかった。