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朝を形作ろうと、屋根や木々に雪に明るい色が足され、音に気配を響かせ始めたそんな時、彼は立ち上がり椅子を退かせた。月に陽が身を寄せるように、シアの目の前に陽の光が差し込むと、彼はまた右の袖を捲り、そして右腕を凍てつかせ陽に差し出した。その後も氷を纏わらせ炎を滾らせるなど、様々な魔法を右腕に施した。しかし、それらはどれも右腕を傷つけ痛みを伴うだけだった。次の日も、そのまた次の日も、右腕だけでは事足りずに左腕までも。彼が腕を差し出す日々は続いた。
「シア様?お待ち下さい。これは、何ですか。この腕はどうされたのですか!?」
久々に彼の姿を見たヒスイが、違和感を感じて腕の傷に気が付いた。その声に周りに居た魔法使いも気付き、セイレンもそれを見た。魔法使い達が覗き込む中、シアを座らせ手当てを行おうと、ヒスイは彼の両腕へ割いた植物を滴らせる様に巻き付けた。そして左腕から治癒を始めようと彼女は手を翳しながら囁いた。
「私も、お手伝いします」
セイレンはそう言って、彼の右腕へ手を翳して囁いた。しばらくして左腕には効果が見え始めたが、右腕に変化はなかった。彼女はヒスイの翳している左腕の変化を見ながら、何度も囁き掛けたが右腕の状態は変わらなかった。
「セイ、無理をするな。ヒスイに任せ…」
「セイレン様、落ち着いて下さい。私と同じようにしなくても大丈夫です。事実や現実と違って構いません。想像してください、あなたが癒やされた経験や、好きな場所や物や者。あなたが癒やされていなければ、
それは力となりません。大丈夫、心を安らいで」
シアの言葉に被せるように、ヒスイは彼女へ囁くように話した。セイレンはそれに頷き、大きく深く息をしてまた手を翳して囁いた。そうすると涼しげに滴るよう包み込まれる左腕に対して、暖かさに和むよう右腕だけでなくシアを包み込もうと、右腕からセイレンの魔法は伝っていった。