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「いつの間にか私はあの人と、共にあるものと思っていたのね。愚かね。何て愚かなの。許すだの許せないだの、何て愚かなのかしら。私が居ないとあの人は困るけれど、それは私が望む関係とは違うのね。ひと目会えれば良いと思っていたこの日まで、私は勘違いをしていたのですね。いつの間にあの人を、私のもののように」
苦しみに悲しみが追いつき、痛む胸を安らげようと、彼女は身体を寝かせた。苦しみから遠ざかろうと人から離れ、悲しみを押し流そうと流れる涙を拭いながら、三度の朝に法院の者に顔を見せ、九度の夜に部屋の窓へ明かりを灯した。
「初めて目を奪われてから今に至るまで、私はあの人を好いていたのですね。いえ、奪われてなどいないわ。ただ私が、全てを差し出していただけ。ただ、それだけだったのですね。それは、許されるのでしょうか。それだけならばこれからも、許されるのでしょうか。また私の夜に、彼の夜を紡ぐ事は許されるのでしょうか」
十二日目の夜、彼女は元の日常に居た。ヒスイがいない間に積み重なる殴り書きの書物へ、法院の皆が掛かってしても解けずにそれは彼女の机に置かれていた。それは彼女にとって自分が居ない間も、彼の日常は崩れていない事の証明書だったが、自分の場所を示す様なそれ等に彼女は揺らぐ事など無かった。夜の欠片に触れるように書物を手に取ると、扉の開く音がした。
「身体は、どうだ?」
「心を配らせてすみません。もう、大丈夫です。明日からは、こちらに赴きます」
「そうか、良かった」
「シア様、あの様な時間に彷徨くと、不審者と思われても仕方が無いですよ。お気をつけ下さいませ」
「気付いていたのか。意地の悪い」
「朝外を見て、あんなにも雪が踏みならされていれば、誰でも気が付きますよ。でも、心配りに感謝致します」
そう言って微笑み、彼女は書物を一冊鞄に詰めて帰って行った。そして彼等の夜は、夜へ戻った。