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そして彼はまた、数冊の書物を手に取った。いつものように部屋に向かう。思い出したように振り返ったそこには、彼を見つめ微笑み手を振るセイレンが居る。それに少し頭微笑み、シアは部屋に入った。扉が閉まり音が響き終わると、彼女は窓を見て立ち上がった。そして月明かりに照らされながらその先を見つめると、瞼を綴じた。それからは以前のように、時間は過ぎて行く。しかしいつもより少し早く、彼はセイレンの下へ来た。



「そなたの願いは、ここでないと叶わないか?」


「いいえ、シア様が居られる場所であれば。見せたいものがあるのです」


「そうか。それならば、場所を移そう。我も、そなたに見せたいものがある」



そして彼はセイレンを連れて、雪の積もる山へ向かった。シアは彼女の手を引き、今まで歩いた事の無い程の険しい道程を、雪に戯れながらセイレンは歩いた。彼に連れられなければ、生涯歩くはずの無かったであろうその道が開けると、彼女は目を見開いた。



「···凄い。凄いわシア様。夜空も星も月も、城も町もみんな。こんな景色は、初めて」


「良かった、そうであろう?良い景色であろう。夜空が、こんなにも近いのだ。城へこの手を翳せば、このようになる。しかしあの星へこの手を翳せば、覆えてしまうのだ。恐らく途轍もなく大きく、そして輝いているのだ。あの星もその星もそれぞれに、紛れもなく。どれほど伸ばしても手の届かないその場所で、今この時も存在しているのだ。触れられない程離れているその場所で、美しいと見える程に輝いているのだ」



岩に腰を下ろし、夜空に指を指し息を掛け、彼が話す横顔を彼女はじっと見つめていた。二人が夜空に浸った頃、シアが思い出した様に慌てた。



「ああ、申し訳ない。話が過ぎたな。そなたの願いを、聞かせてくれないか?」


「はい」と、返事をしたセイレンは立ち上がり、辺りにゆとりがある場所へ行くと、胸の辺りで手を組み瞼を閉じて祈る様に囁いた。そうすると、小さく丸い雪玉を現したかと見えたそれは、兎に様変わりすると彼女の周りを飛び跳ねる様に駆け回った。



「凄い···、凄いぞセイ!動いているではないか。生きているではないか!どうなっているのだ」


「そ、そのように言われると、とても嬉しい。ああっ、いけません!」



驚きながらシアが兎に触れようとした時、彼女がそれを止めようと叫んだ。しかし彼女の声も間に合わずシアが兎に触れてしまうと、それはただの雪となり崩れてしまった。



「···本当は私も触れたいのですが、これ以上はどうにもできなくて」


「···、もう一度生み出す事は出来ないか?」



彼は崩れた雪に触れながら少し考え、俯くように話すセイレンを見て問うと、少し頷くとまた祈る様に囁き兎が飛び跳ねた。シアはそれへ指先を伸ばすように掌を定めると、何かを呟いたあとに囁いた。彼の手から放たれた白い光は、兎へ染み込むように吸い込まれた。そのまま雪に埋もれるような兎へ彼は歩み、両手で雪ごと包み込むように手に取ると、セイレンへ差し出した。



「大丈夫、触れてやれ」



その言葉に彼女がそっと手に取ると、崩れる事なく飛び跳ねた。雪兎に触れた事に喜ぶ彼女に、シアが安堵しているとセイレンは彼の方を見た。



「シア様。やっぱり凄いです。私にはどうしても叶えられなかったのに」


「凍てつきを与えたのだ。それはいつの時かその兎を凍らせ、ただの氷にしてしまうだろう。しかしその時が来るまで、何かに触れ何かに触れられ、何かと触れ合える。何かに触れると崩れ、何にも触れられず、何にも触れる事が出来ないなど、哀れであろう」


「シア様、今の魔法はまだ使えますか?」



「勿論だ」と彼が答えると、セイレンは解き放つ様に数十にも及ぶであろうもの雪兎を生み出した。それに少し驚いたシアだったが、両腕を振り放ち魔法をかけた。



「嬉しい。本当に嬉しい。シア様、ありがとう!」



雪兎に囲まれ戯れながら雪に塗れて喜ぶセイレンに、シアの目は彼女を見つめ、彼の中で聞こえる声は一つの色。その色は響くように彼の心を染めていった。彼女は彼と目が合うと、それを見つめたまま歩み寄った。



「シア様。私は、セイは、あなたを好いています。私の願いはもう、あなたに抱き締めてほしい。ただ、それだけです」


「それは、許されるのか」



彼はそう言ってセイレンの手を取り、彼女を抱き寄せた。




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