響いた色に触れた声
深々と更ける雪の積もる夜、気高く聳える雪山を息を白く登る男がただ一人。柔い雪を踏み締めまた一歩と、その音が止むその時、木々の開けた崖の上に男は脚を止めていた。雪の王国と云われる城や町、月明りに照らされた雪原に満天の星空と、岩に腰を下ろしそれらをたった一人で眺める男の様子に、この場所が彼の秘密にしたい絶景な場所なのだろう。
「美しい。今宵も何と美しい。この空に月、あの星空と。夜を見ずに陽ばかり浴びて、寝過ごす者の気が知れぬ」
夜空へ白い息を掛けながらそう呟き、夜のひとときと戯れた男は我に帰ったように立ちあがると、満足にその場所を後にした。
「あら、シア様。お戻りになられたのですね。今宵のお散歩は、いかがなもので?」
「よせ、ヒスイ。遅くなってすまない。魅入ってしまうのだ。夜は美しい」
「はあ、もう少し皆に顔をお見せになって下さい。私も、もう帰りますね」
呆れながら出ていく彼女に、置き去りにされたような彼は、書物の棚の壁から、数冊を手に取り一通り目を通したあと、その巨大な建物の最奥に位置する他の部屋等とは、一線を引くような頑丈な造りの扉や壁、そして何重にも施された魔法で囲われた場所へ入り、扉を閉める大きな音をさせて閉じ籠った。
床に足が触れる音、息を吸い込みそして吐き出す音。鼓動の音でさえ、無音に吸い込まれそうなその場所で、腕を伸ばし指を馴らすと目を閉じて、ほんの少し咳払いをして目を開けると、囁くように言葉を唱えた。それに応えるように彼が伸ばした腕の先からは、炎が燃え盛ると辺りを埋め尽くしたかとすれば、掲げた手のその向こうでは雨を降らせ、消え入る火を見終わらぬ間にそれらを凍てつかせると、また炎を放ち音が消え入ると同時に、その場は元通りに彼の音と、それすらも吸い込もうとする無音だけとなった。
そして彼は書物へ何かを撲り書いた後、部屋を出た。そしてまた数冊を手に取り、また部屋へ入って行く。その部屋の外では、遠くで爆発の起こったかのような音が、微かに漏れていた。夜を眺め夜に籠り夜と共に過ごす、これが彼の日常だった。